高槻だより 2026
<2026年10月>
10月31日は宗教改革記念日です。マルチン・ルターが当時のカトリック教会に反抗(プロテスト)したところから、プロテスタント教会が生まれました(実際にはルターだけでなく、さまざまな潮流がありました)。私たちも「聖書のみ」「信仰のみ」「恵みのみ」という精神を大切にしていきましょう。
同時に、聖書のみを標榜するプロテスタントには、自分の聖書解釈を絶対視してしまう罠があることも弁えましょう。宗教改革者たちが論敵を抹殺したなどの歴史も覚えつつ、絶対的な神さまの前に、それを信じる私たち自身のことは相対化していく姿勢が大切だと常々思わされています。原理主義的な暴力が蔓延していく時代ですが、信仰の確信が深まることと、自らを相対化していくことは、決して矛盾しないことのはずです(イエスさまの「柔和さ」や「へりくだり」とも通じます)。聖霊が私たちをつくり変え続けてくださることを祈りつつ。
<2026年9月>
このところの長雨や台風により、千葉県をはじめ各地に大きな被害が出ています。被災された方々に、神さまの慰めと励まし、助けが豊かにありますようにお祈りします。また、信頼できる団体を通して献金を捧げるなど、私たちにできる支援をしていきましょう。
災害を神さまからの罰だとする言説がなされることがありますが、全く違います。地震はプレートのずれ、台風は大気の状態によって発生します。そこに「神さまがこの地域の人々を罰するために災害を起こした」といった意味を読み込む必要はありません。むしろ神さまは、罪によって歪んでしまったこの世界と、そこで苦しむ人々のために心を痛めておられるお方です。
聖書も、災害や不幸に遭った人を「何か悪いことをしたからだ」と単純に結びつけることを戒めています。イエスさまも、災難に遭った人について、それが他の人より罪深かったからではない、と語られました(ルカ13章1〜5節)。
私たちが目を向けたいのは、災害によって苦しんでいる人々です。神さまは、その苦しみに寄り添い、助けを与えてくださる方です。私たちも祈り、また自分にできる具体的な助けを通して、被災された方々と共に歩んでいきたいと思います。
<2026年8月>
朝晩は幾分過ごしやすくなりましたが、まだまだ暑い日が続いています。みなさんの健康が守られますように。
熱中症は気がつかないうちにかかります。それを回避するためには適度に水分を補給し、体に潤いがあることが大切です。私たちの心もまた、「生ける水の川」と呼ばれる聖霊によって潤いを保っていく必要があります(ヨハネ7:37-39)。日々、聖書のみことばに触れ、聖霊の満たしを求めて祈りましょう。
祈りは神様との対話です。神さまに語りかけるだけでなく、その答えに耳を澄ませていくところまで含めて祈りです。神さまとのよき交わり、語らいの時を大切にしたいですね。生活の原動力はそこから生まれます。
<2026年7月>
暑い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。心も体も、みなさんの健康が守られますように。
「神よ あなたは私の神。/私はあなたを切に求めます。/水のない 衰え果てた乾いた地で/私のたましいは あなたに渇き/私の身も あなたをあえぎ求めます。/私は あなたの力と栄光を見るために/こうして聖所で あなたを仰ぎ見ています。」(詩篇63:1〜2)
ダビデにとって、今いる荒野は聖所でした。礼拝の中心地である神殿から離された場所で、孤独と絶望が襲いかかってくる中、彼は荒野で神を求め、礼拝を捧げました。
私たちも、それぞれが置かれているそのところで神さまを見上げ、賛美を捧げていきましょう。神のことばを思い巡らせ、味わいながら、主との祈りのやりとりを続けていきましょう。
<2026年6月>
サッカーのワールドカップが開催され、各国の代表チームが熱い試合を繰り広げています。日本代表は強豪国であるオランダと引き分けた上、危険な行為への警告(イエローカード)もなかったということで、6/20現在1次リーグのグループで2位を守っています。ぜひ決勝トーナメントに進んで欲しいものです。
選手たちはこの舞台で戦うために日頃から自分自身を鍛錬します。ベストなコンディションで試合をするために、自分を律し、ここに焦点を定めて数年間準備をして来たのです。
パウロは、キリスト者の生活も似たようなものだと記しています(Ⅰコリント9:23-27)。自分自身が福音を受け取り続け、また人々に福音を分かち合っていくためには、自分の霊的なコンディションに気をつけることが大切だというのです。
プロテスタント教会は「聖書のみ」を大切にしてきたので、カトリック教会のような「修練」の習慣がありませんが、それらは本来、霊的成熟/成長のために有益なものだと見直されてきています。日常の中で、祈ったり聖書を読むために、意識的に時間を取り分けるところからまずは始めていきましょう。
<2026年5月>
5月24日はペンテコステです。約束通り聖霊が来てくださったことをお祝いします。旧約聖書においては限られた人にしか与えられていなかった聖霊が、今はイエスさまを信じるすべての人のうちに聖霊が住んでおられます(Ⅰコリント12:3)。
聖霊はいのちの水の川にたとえられます(ヨハネ7:38、エゼキエル47:5,9)。溜まってよどんでいく水ではなく、あふれ流れていく川です。過去に受けた恵みを思い返すのは大切なことですが、そこにとどまるのではなく、前を向いて進んでいきましょう。個々人の話だけでなく、教会としての歩みにも同じことが言えます。聖霊に満たされ、進んでまいりましょう!
<2026年4月>
改めて、イースターおめでとうございます!主の復活を心からお祝いします。イエスさまはよみがえられ、今も私たちと共におられます。しかも、私たちもこの復活を味わうことができます(未来だけでなく、今この時も!)。聖書が語るこの希望をしっかりと確認していきましょう。揺るがない希望を与えられていることは、先行きの見えない世の中を歩むための確かな力です。
主の復活はイースターの時だけでなく、毎週、礼拝で祝われるものです。週ごとに、新しい気持ちで主の復活をお祝いしていきましょう。
<2026年3月>
あっという間に三月も半ばを迎えました。梅の花が綺麗ですね。
世の中の動きの速さと複雑さに驚かされます。アメリカとイスラエルによるイランへの攻撃は、ロシアのウクライナ侵攻とどう違うのかと問われると、答えに窮します。一方で、1978年のイラン革命以来、独裁政権に苦しんできたイランの人々は喜んでいるという知らせもあります。簡単にジャッジができないもどかしさを覚えますが、人の命が失われていることだけは確かです。この状況に神さまのあわれみがありますように。主の祈りを改めて祈らされています。
10年後、いや5年後の世の中すら予想できませんが、振り返ったら地の塩・世の光として用いられていた——。そんな私たちの歩みでありますように。
<2026年2月>
寒い日が続いていますが、いかがお過ごしですか。もう二月も半ばを迎えようとしています。毎年、この時期はあっという間ですね。
今日は衆院選の投開票日です。政治的な考えは人それぞれですが、「神さまの御心がこの地にも行われるように」と祈る思いにおいて、私たちは一つにされています。結果に心が揺れることがあっても、歴史を導かれる主に信頼し、為政者のためにも祈りつつ、希望と平和を求めて歩んでいきましょう。どうか主の守りと平安が皆さんの上にありますように。
<2026年1月>
主の年2026年、本年もよろしくお願いいたします。久遠キリスト教会の今年の年間聖句はヨハネ3章16節「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」でした。関西集会では昨年末より「みこころが『地で』行われる」ということを教えられていますが、神が「世を」愛されたという表現にも通じるものがありますね。今年一年、このみことばに導かれていくことが楽しみです。共に歩んでまいりましょう!