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​礼拝メッセージ
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20240609(創1:26/Ⅱコリ3:18等)霊的成熟①神のかたち
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●原稿

【6/9】

創世記1章26節
コリント人への手紙第二3章18節、他

「霊的成熟①神のかたち」

今回から、霊的成熟についてのシリーズでメッセージをさせていただこうと思います。月に一度の午後の学び会で『霊的成熟を目指して』を読み始めましたので、その日は、午前の礼拝でも関連の聖書箇所を詳しく見つつ、私なりに解説を加え、別のみことばも紹介したりしたいと思います。そのことで、理解の助けになればと願っています。読書会のある日に関しては、このようなスタイルをとらせていただきます。

他の週は、やはり聖書を順に読んでいく講解説教の方がバランスがいいと思いましたので、使徒の働きの余韻もまだありますし、パウロの手紙を読んでいきたいと思います。ローマに着いて、兵士の監視のもと二年間自分で暮らしたパウロは、そこでエペソ書、ピリピ書、コロサイ書、ピレモン書を書いたようです。これらは獄中書簡と呼ばれます。まだ絞りきれていないのですが、ここから、祈りつつどれかを選ぶことになると思いますので、今後の礼拝メッセージのためにどうぞお祈りください。

さて、今日は本の内容としては前回のものになりますが、「神は人をご自身のかたちとして造られた」ということ、それを回復していくのが霊的成長、霊的成熟だということを復習も兼ねて見ていきたいと思います。

<神のかたちとして 創世記1:26>
創世記1:26にこうあります。「神は仰せられた。『さあ、人をわれわれのかたちとして、われわれの似姿に造ろう。こうして彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地の上を這うすべてのものを支配するようにしよう。』」神のかたち、神の似姿ということです。このことばの背景、文脈を見ていきましょう。

創世記1:1にこうあります。「はじめに神が天と地を創造された。」私たちの信じる神さまは、天と地を造られたお方です。新島襄という人はこのみことばと出会ってクリスチャンになったそうですね。これが聖書の書き出しであり、キリスト信仰の大前提となります。ここから、七日間で世界が造られた様子が描かれていくわけですが、文字通り七日間で造られたのか、それとも長い時間が意味されているのかには、クリスチャンの間でも議論があります。一章では第一日、第二日という表現がリズムよく繰り返されていくわけですが、この「日」と訳されたヘブル語の「ヨーム」ということばには、二十四時間の「一日」という意味だけでなく、長い期間という意味もあるという指摘もあります。太陽が登場する14節以前から使われているこの「一日」という単位が何を表すのか、はっきりしたことは分かりません。一般的に考えられている数万年とか、そういう期間を指すのかもしれない。しかし、その考え方だと、第三日、つまり第三の区分では動物の糞や死骸なしで植物だけで、数万年なら数万年、世界は成り立っていたことになります。自然界とはそういうものではないので、やはりこの「一日」というのは文字通り二十四時間のことなのかもしれません。もしくは、これは世界が造られた様子を、創世記の著者(モーセ)が神さまから七日に分けて啓示されたということかもしれません。様々な解釈の仕方が提言されていますが、何にせよ、聖書は科学の教科書ではないので、そのような観点から私たちが欲しい情報が載っているわけではありません。わからないことはわからない、としておくしかないと思います。

それでも、聖書が明らかに主張していることがあります。力強く主張していることがある。それは、この世界は神が造られたということです。神さまが、目的をもってこの世界を造られた。このことだけは、聖書ははっきりと、明確に語っています。1章1節の「天と地」という表現は、「天と地の間にあるものすべて」という意味です。両極端のものに挟んで、その間のもの全てという意味をあらわす表現が聖書にはよく出てきます。つまり、神がこの世界の全てを造られた、ということです。自然環境だけでなく、私も、あなたも、ということですね。人の創造については26節以降で詳しく描かれていきます。

1章1節でもう一つ大事なポイントは、「創造した」を表す「バーラー」という動詞です。主語が神さまのときにしか使われていない特別な動詞です。他の誰でもない、神がこの世界を造られたのだということです。あなたを造られたのはこの神さまなんだ、偶然なんかではない、神さまご自身が、目的をもってあなたを造られたのだという力強い主張です。私たちは自分の存在価値とか、存在意義がわからなくなるときがあります。そのような時代や社会の風潮がある。でも、誰が何と言おうと、聖書は、神があなたを造ったと宣言します。目的をもって、意図を持って、神があなたを造られた。そのことを忘れてはなりません。

このような前提の上で、26節です。「神は仰せられた。『さあ、人をわれわれのかたちとして、われわれの似姿に造ろう。こうして彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地の上を這うすべてのものを支配するようにしよう。』」ここに「われわれ」とあります。神さまはただお一人の方なのに、なぜ複数なのでしょう。これには二つ答え方があって、一つは立場の高い人を複数で表現することがある、というものです。例えば、アブラハムやダビデが複数形で表現されている箇所があります(創世記24:9〜10、第一列王記1:43など)。英語などのヨーロッパ言語にも「尊厳の複数」という表現方法があるそうですね。そしてもう一つの答え方としては、神さまが三位一体のお方だからということになります。どちらにせよ、「われわれ」と書いてあるからと言って、これは神さまが複数おられるという意味ではありません。これは聖書全体から判断してもそうなります。

神さまはは、人を「神のかたちとして」、「神の似姿に」造られました。それはつまり、神の人格に似たものとして造られたという意味になります。関先生の本の説明によると「人格とは、自分で考え、判断し、選択する主体」ということです(p.24)。考え、判断し、選択する自分自身ということですね。神さまが造られたこの世界を支配するように、そのために「われわれの形として造ろう」ということだったわけですが(ここで言われる「支配」とは、いつも繰り返していますが「管理する」「仕える」という意味です)、この神さまの御思いを反映する人格。神さまの考えを反映させて考え、神さまの判断の仕方を反映させて判断し、神さまがなさる選択を反映させて選択できる人格に、人は造られたということです。

そして27節。「神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして人を創造し、男と女に彼らを創造された。」この短い節に、創造した(バーラー)ということばが三回も出て来ます。神さまが主語の時にしか使えない特別なことばだと言いましたが、人の創造に際して、どれほど神さまの思いが込められていることでしょう!「男と女に」造られたということについては、2章でアダムとエバとして語り直されていきますけれども、1章でもそうだし、特に2章で明らかなのは、神さまから任された仕事のために、人には助けが必要だということです。男性と女性は脳の構造が違うそうですが、男女の違いに限らず、そのように自分とは全く違う人の助けが、神さまから与えられた使命のためには必要なんですね。神さまから与えられた使命のためには、自分とは全く違う人の助けが必要なんです。その上で28節、神さまはこの世界の管理を人に委ねられたのです。創世記一章にはなんと多様で美しい世界が描かれていることでしょう。神さまはこの世界の管理を人に委ねられたのです。神のかたちとして造られた人に。

<聖霊は私たちの「神のかたち」を回復させる>
しかし、人は罪を犯しました。創世記三章です。神のかたちが壊れた。人は神さまの心で考えたり判断したりできなくなった。私たちの罪の現実のもとはここにあります。詳細は午後に本で読むことになりますが、今はそこからの回復、神のかたちの回復こそ、霊的成長・霊的成熟ということの意味なんだということを確認していきましょう。神のかたちが壊れているところからの回復です。

私たちはもともとは神のかたちに造られているのですが、罪によってそれは完全に損なわれています。だから、本来の神のかたちがわかりません。モデルが必要です。神のかたちのモデルはイエスさまです。コロサイ1:15に「御子は、見えない神のかたちであり、すべての造られたものより先に生まれた方です。」とある通りです。この方と同じ姿に、つまりイエスさまと同じ人格に私たちを成長させてくださる、回復させてくださるのが聖霊の働きです。

ちなみにこのみことばは、イエスさまは私たちと同じように造られた存在ではないということを示しています(コロサイ1:15)。イエスさまは造られたものではない。私たちが造られる前、天地創造の前からおられたお方です。イエスさまが「先に生まれる」というのがどういうことか、聖書は語っていないので詳細は分かりませんが、イエスさまは被造物ではないということは大事なポイントです。

話を戻しますけれども、「私たちはみな、覆いを取り除かれた顔に、鏡のように主の栄光を映しつつ、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられていきます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。」(Ⅱコリント3:18)とあります。聖霊は私たちを「主と同じかたち」に変えてくださる。もともと神のかたちに造られている私たち、しかしそれが壊れたままでいる私たちを、もともとの在り方に回復させてくださるということですね。

ローマ12:2にはこうあります。「この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい。そうすれば、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に喜ばれ、完全であるのかを見分けるようになります。」この世、つまり神を知らず、主を信じないという生き方ではなく、神に喜ばれること、何が良いことで完全であるのかを見分けて選び取っていく生き方がある。そのために自分を変えていただきなさいというのです。以前の翻訳では「自分を変えなさい」となっていましたが、ここは受け身なんです。変えてくださるのは神さまです。聖霊です。だから、「変えていただく」なのです。

霊的成長・霊的成熟とは、神のかたちの回復である。そして、聖霊がそれをしてくださるということです。

<御霊の実。イエスの人格>
聖霊が私たちをつくり変えてくださる、回復させてくださるとは、言い換えれば御霊の実が実るということです。ガラテヤ5:22〜23「御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、 23  柔和、自制です。」これは九つの実があるのではなくて、「実」という単語は単数形です。愛はあるけど喜びはないとか、平安はあるけど寛容はないということはないんです。これらすべてをひっくるめて一つの実なんですね。

実が実るのには時間がかかります。「桃栗三年柿八年」とはよく言ったものです。そもそも、成長も成熟も回復も、時間がかかることが前提です。プロセスなんですよね。結果だけ、現状だけを見て、自分はダメだと思うのではなくて、子が親に似てくるように、弟子が師匠に似てくるように、時間をかけながら、私たちは変わっていく。御霊の実が実っていくんです。九つバラバラの実だったとしてもドキッとするのに、これ全部ひっくるめてだなんて、そんなそんなと思います。でも、聖霊が徐々に、徐々に私たちを回復させ、この御霊の実を実らせてくださっていく。具体的には私たちのことばや感情に御霊の実が実っていくということだと思います。

イエスさまは「わたしのもとに来て、わたしから学びなさい。」と言われました(マタイ11:28-29)。イエスさまから学ぶんです。神のかたちのモデルであるイエスさまから、学ぶんです。イエスさまのもとへ行って、イエスさまから学ぶんです。ただ外面だけ真似るのではなく、イエスさまと一緒に過ごしながら学んでいく。似せられていくのです。聖書のことばを通して、祈りを通して、礼拝を通して、イエスさまと過ごしながら似せられていくんです。だから時間が必要です。時間はかかりますが、それでも確かに変わっていく。変えられていくんです。それが聖書の約束です。

<受肉した生き方>
霊的とか聖霊の働きというと、浮世離れした感じや、何か信仰の中だけ、教会の中だけのことというイメージがあるかもしれません。でも、そうじゃないんです。イエスさまが人として来られたように。イエスさまが人としてこの世に来られ、私たちの間に住まわれたように。私たちもこの世でイエスさまに似せられた人格を生きるのです。だから成長が必要。成熟が必要なんですよね。実際にこの世で生きていくというプロセスが大切です。Ⅰヨハネ4:20にこうあります。「神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。」目に見えない神を愛するということと、目の前の隣人を愛することは矛盾しません。私たちは目に見えない神を信じているからこそ、目の前の現実、目の前の人々に仕えていくんです。家族や友人など近しい人ほど、これは難しいことかもしれません。

目の前の人も、同様に「神のかたち」に造られた人です。神さまを信じ敬うのであれば、神のかたちに造られた目の前の人のことも愛していくことができるはずだし、聖霊はそのように私たちを導かれることでしょう。

だから、この成長とか成熟は人間わざではありません。私の熱心、自分の熱心でなされることではないですね。どこまでも聖霊のみわざです。主のみわざ。そこにお委ねしていく。お任せしていくのです。

<みことばの約束>
そして、大事なことは、そのような成長はすでに始まっているということです。そして神さまは必ず私たちをそのように導かれます。第一テサロニケ5:23〜24にこうあります。「23  平和の神ご自身が、あなたがたを完全に聖なるものとしてくださいますように。あなたがたの霊、たましい、からだのすべてが、私たちの主イエス・キリストの来臨のときに、責められるところのないものとして保たれていますように。 24  あなたがたを召された方は真実ですから、そのようにしてくださいます。」ここ、以前の翻訳では「きっとそのようにしてくださいます」となっていました。しかし、ギリシア語の未来形には曖昧なニュアンスはありません。神さまは必ずみことばを実現してくださるのです。だから、私たちは、これを楽しみにしていけばいいんですね。私たちを成熟させ、成長させてくださる神さまのみわざを、ありありと見させていただこうではありませんか。 (Ⅰテサロニケ5:23-24)

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私たちに生き方を教えてくださる主イエス・キリストの恵みと
私たちを成長させ、回復させてくださる父なる神の愛
そして、私たちのうちに御霊の実を実らせ、人々に、この世界に仕えることをさせてくださる聖霊の満たしと励ましが
今週もお一人お一人の上に豊かにありますように。
アーメン

 

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【6/2】

使徒の働き28章1節〜31節

「主を証しする旅路」

とうとう、使徒の働きも最後の章になりました。2022年の6月から二年に渡ってこの書を読みながら、弟子たちが聖霊に満たされ、イエスさまの証人として福音を伝えてきた様子を見てきました。ざっと振り返りますけれども、弟子たちが聖霊を受け、彼らによって福音が広げられていくことは、イエスさまが約束されたことでした。使徒の働きにはその実現の様子が書かれています。エルサレムからユダヤ、サマリア、そして広く異邦人世界へと福音は広げられていきました。後半は特にパウロに焦点が絞られ、彼が宣教旅行を繰り返しながら福音を伝え歩いた様子が記されます。パウロは小アジアからギリシャまでを行き来しながら異邦人世界で福音を語り、教会が生み出されていったのです。
 

しかし、パウロは各地でユダヤ人たちの反対を受けました。救いが異邦人にまで広がっているということは、つまり人は律法を守ってユダヤ人のようにならなければ救われないのではない、ということです。律法を持たない異邦人にとっても、律法を守るユダヤ人にとっても、救いはイエス・キリストを信じることにのみよるのです。しかし、それでは自分たちの優位な立場が崩れてしまうと考えたユダヤ人たちは、パウロを迫害しました。各地のユダヤ人たちだけでなく、エルサレム教会すらパウロの扱いに困ってしまいます。しかし、パウロや、またペテロも、異邦人がイエスさまを信じて救われたことを証しし、エルサレム会議において、異邦人が律法を守る必要はないということが共通認識として確認されたのです。
 

その後も、パウロの宣教旅行は続きました。そして彼は御霊の示しによってローマに行くこと、そこでも主を証しすることを決意しました。
 

一方で、彼は異邦人世界にばかり目を向けていたわけではありませんでした。彼は自分の同胞であるユダヤ人を愛していましたし、自らもユダヤ人として生きていました。エルサレムの教会とは別の教会を各地に立ち上げたということではありません。異邦人の教会とユダヤ人の教会が主にあって一つであることを表現するために、彼はローマとは逆方向でしたがエルサレムに戻ります。異邦人諸教会からの献金を届けるためでした。しかし、その最中に彼はエルサレムで暴動に巻き込まれ、ローマ軍に保護されるような事態になってしまいました。それでも彼は総督や王たちの前で証しをし、逆にこの状況を利用して、ローマまで送ってもらうことになったのでした。
 

先週は、パウロのローマへの船旅の場面でした。ローマに行くことは神さまから与えられた使命だったわけですが、そのためには、多くの人の協力が必要だったことを見ました。神さまのための働きだからと言って、自分の力や熱心だけで成し遂げることはできないんですよね。私たちも、多くの人に助けられながら信仰の道を歩みます。人から助けられ、そして、私たちもまた人を助けながら、歩んでいくのです。パウロはマルタ島に上陸した時も、そこで出会った人々を助けます。では、さっそく今日の箇所に入っていきましょう。

 

<マルタ島での出来事>
1節、彼らはマルタ島に上陸しました。二週間もの間、地中海を漂流しましたが、イタリア半島の先のところまで来ていたわけです。私たちも、嵐のような日々を過ごしながら、気がつけば目的地の直ぐそばまで来ていたということがあります。神さまは嵐を取り去るのではなく、嵐の中でも共にいて守ってくださるお方です。2節、「島の人々」が親切に出迎えてくれましたが、ここには「バルバロイ」という単語が使われていて、ギリシャ語を話さない人たちという意味です。つまり、ことばが通じないのでした。しかし、それでも彼らは火を焚いて一行をもてなしてくれました。3節には、パウロが枯れ枝を一抱え集めてきたとあります。自分も相当疲れているのに、進んで人々に仕えているパウロの姿を見ます。

 

さて、3節、焚き火の熱気のためにまむしが這い出してきたとあります。パウロが抱えていた薪の束の中に潜んでいたということでしょうか。このヘビはパウロの手にかみつきました。それを見て島の人達は、パウロのことを人殺しだと言い合います。パウロが囚人であることは島の人達にも分かったのでしょう。その上で、正義の女神の罰を受けているからには、きっとこの人は人殺しなのだというわけです。しかし、パウロはまむしを火の中に振り落として何の害も受けませんでした。普通であれば、毒が回って命を落とす場面です。しかし、荒れ狂う海がパウロの命を奪えなかったように、まむしの毒もパウロの命を奪うことはできませんでした。パウロには神さまから与えられた使命があったからです。その使命がまだ終わっていないからです。イエスさまは天に昇られる前に、弟子たちはその手で蛇をつかみ、たとえ毒を飲んでも決して害を受けないと言っておられました(マルコ16:18)。神さまから与えられた使命、召命を全うしていくために、不思議な形で、奇跡的な形で、私たちの命は守られます。同時に、使命を終えて召される時が来るということもまた、厳粛な事実です。
 

さて、パウロは以前にも「この人は神さまだ」と言われて、無我夢中でそれを否定したということがありました。第一次宣教旅行中のリステラでの出来事です(14:14-18)。今回はそのような描写が見られません。彼らがギリシャ語を話さない人々だったので、その時にはわからなかったということでしょうか。何にせよ、この場面で印象的なのは「人からの評価はあっという間に変わる」ということです。それこそ、あっという間に180度変わってしまうのです。それでも、パウロはその人たちに丁寧に仕えていくということです。人殺しだと誤解され、逆に神さまに違いないという誤解もされ、言葉も通じない。あっというまに態度を変える人たち。そんな状況でも、パウロはその時、その時、周りにいる人たち、目の前の人たちに仕えて行くのです。マルタ島の人たちはパウロの使命には関係がありません。放っておくことだってできたと思うのです。しかし、ただただ、目の前の人々に仕えていくパウロでした。
 

7節から、パウロが島の長官プブリウスの父や、島にいたほかの病人たちを癒した経緯が記されます。「発熱と下痢で苦しんで床についていた」というのは、医者であったルカの診察です。間違いなく、確かに病気だったのです。しかし、パウロは彼に手を置いて祈りました。そしてパウロを通してプブリウスの父は癒されたのでした。神さまがあらわしてくださる奇跡、癒しの奇跡があるのです。これがいつもなされたらどんなにいいだろうと私たちは思いますよね。ただ、聖書には癒しの奇跡と同時に、どんなに願っても癒されなかったケースも記しています。まさにパウロ自身が、どんなに願っても癒されなかった人でした。パウロは神さまからの語りかけを受けました。「わたしの恵みは、あなたに十分である。」それを聞いてパウロは、神の恵みがあらわされる私のこの弱さを誇るようになりましたと言っています(Ⅱコリント12:8-10)。聖書から奇跡の話を取り除くことはできません。癒される奇跡、そして弱さをも誇れるようになるという奇跡、これもまた奇跡ですよね。どちらも神さまがなさることです。
 

パウロはマルタ島の人たちから深く尊敬されるようになりました。彼らに対してイエス・キリストを宣べ伝えたという話は載っていません。言葉が通じないですから、それは無理であったことでしょう。しかし、パウロは自分にできる精一杯のことをしました。相手のために祈ることには力があります。あなたのために祈りますねと、私たちも目の前の人々のために祈っていくものでありますように。
 

彼らは、船出のために必要なものを用意してくれました。すべてを失って、体ひとつで命からがら海から上がってきたパウロたち一行には、文字通り何もなかったわけですが、神さまはパウロがローマに着くことができるように、マルタ島の人たちを用いて必要を満たしてくださいました。先週から話していますが、パウロの旅はこのような人たちがいなければ成り立たなかったのです。福音を伝えることも叶わない、言葉の通じないような人々であっても、神さまの助けを届けてくれる大切な存在として用いられている。私たちはすぐに役に立つかとか、スムーズに事が運ぶかとか、そういう視点で、状況であったり人を判断してしまいがちですよね。それらも大切な視点ではあると思いますが、そうでなかったとしても、そこにも神さまの恵みはある。神さまの助けがあることを覚えておきたいと思います。

 

<11節 ローマへ>
マルタ島で三ヶ月過ごした後、パウロたち一行は同じくマルタ島で冬を過ごしていた別の船に乗せてもらう形で出発しました。前の船と同じく、アレクサンドリアから来た船でした。その船首についていた「ディオスクロイの飾り」というのは、ギリシャ神話のゼウスの双子が飾られていたということです。先ほどからの話で言えば、パウロの旅がこのような異教の船にも助けられているということですね。私たちも、クリスチャンが圧倒的少数の社会にあって、他宗教の方から助けてもらっているということがきっとあるはずです。感謝して、祝福を祈って差し上げるということが大事ですね。それと同時に、自分自身としては、天地を造られたまことの神が、私を導いておられるということの確信が揺るがされることがないようにしたいですね。

 

マルタ島から、シチリア島のシラクサへ、そこからイタリア半島のレギオンへ。レギオンは長靴型のイタリア半島の先端部です。とうとうイタリア半島に着きました。そこから南風に乗ってプテオリの港に着きました。プテオリのクリスチャンたちのところに七日間滞在したというのは、よく百人隊長が許したなと思いますが、相当信頼を得ていたということでしょう。その後、ローマからも出迎えの兄弟たちがやって来ました。アピイ・フォルム、トレス・タベルネ、それぞれローマからまだ距離がある場所ですが、そこまで迎えに来てくれる人たちがいたのです。ローマにも教会があって、パウロはすでに「ローマ人への手紙」を書き送っていました。ローマの教会はパウロによって生み出された教会ではありませんでしたが、コリントで出会ったアキラとプリスキラがローマ出身なんです。ローマ書の最後には彼らにもよろしくという表現がありますので、二人はすでにエペソからローマに帰っていたことが分かります(ローマ16:3)。おそらく、このアキラとプリスキラがパウロを迎える準備をしていたのだと思います。
 

15節に「パウロは彼らに会って、神に感謝し、勇気づけられた」とあります。つまり、パウロにも多少なりとも心細さがあったということです。旅が終わりに近づく中で、どっと疲れが出たということかもしれません。ここまで鋼のような信仰心で、神さまだけを見つめて歩んできたパウロですが、心身ともに彼は疲れていて、励ましを必要としていました。このことも、パウロを身近に感じさせます。そして、これまでそうだったように、この時はなおさら、信仰の友との交わりが彼を元気づけました。
 

このようにして、彼はローマに到着したわけです。

 

<17節>
ローマで、彼は兵士の監視付きではありましたが、一人で生活することを許されました。三日後、彼はユダヤ人の主だった人たちを呼び集めました。これはローマのクリスチャンたちというよりも、ユダヤ人コミュニティーの長老たちですね。彼らにこれまでの経緯を話しました。彼らは、「私たちはあなたについて、ユダヤから何の通知も受け取っていません。あなたの教えについて、あなたから直接聞きたいと思っています」とパウロに伝え、日を改めて大勢でやって来ました。そこでパウロはスイッチが入ったんですね。神の国のこと、モーセの律法と預言者たちの書、つまり旧約聖書がイエスについて語っているのだということを、朝から晩まで説明しました。これまで、ユダヤ人に語る時にはどこででも邪魔が入りました。でも、今回は違います。ローマ兵が見張っていますから、暴動や騒ぎが起こることはありません。囚われの身だからこそできることだったと言えるでしょう。それはこれから二年もの間続くことになります。誰からも邪魔されず、パウロは心ゆくまで福音を語り続けました。

 

しかし、パウロの話を聞いて、24節「ある人たちは彼が語ることを受け入れたが、ほかの人たちは信じようとしなかった」とあります。そして、互いの意見が一致しなかったと。これはパウロが一方的に語っていたのではなく、パウロと、聞いて信じた人と、そして聞いても信じない人たちの間での語り合い、議論があったということですね。ユダヤ人はよく議論・ディベートをするそうです。そうやってお互いの意見を語り合い、聞き合うのが得意な人たちです。じっくり語り合ったなら、意見が一致しなくても、お互いを尊重できるはずです。しかし、ここでは彼らが中途半端なところで帰りかけた、帰ろうとしたのです。対話に期待せず、話し合いを諦めてしまった。
 

そこでパウロはイザヤ書を引用して言いました。「まさしく聖霊が、預言者イザヤを通して、あなたがたの先祖に語られたとおりです。」と。神さまは預言者イザヤに言われました。 「26 この民のところに行って告げよ。/『あなたがたは聞くには聞くが、/決して悟ることはない。/見るには見るが、決して知ることはない。』」と。それはなぜか。「27  この民の心は鈍くなり、/耳は遠くなり、目は閉じているからである。」気になるのはその後です。「彼らがその目で見ることも、耳で聞くことも、/心で悟ることも、立ち返ることもないように。/そして、わたしが癒やすこともないように。 」つまり彼らが信じる事がないように、神さまが彼らを癒すこともないようにと、なぜ、そんなことを神さまは言われたのでしょうか。
 

まず、神さまはすべての人が救われることを願っておられますので(Ⅱペテロ3:9)、これは「滅んでしまえ」ということではありません。そして、パウロがローマ書にすでに書いていたように、福音の広がり方として、福音はまずユダヤ人に語られるのです。しかし、彼らが頑なになって、頑固になって、福音を受け入れない。だからこそ福音は異邦人に広がる。そして、それを見てユダヤ人もついには福音を信じるという神の計画があるのです。パウロはそれを確信していました(ローマ9章〜11章、特に11:25-29)。ですので、「彼らが信じることがないように、癒されることもないように」というのは期限付きなのです。その後、彼らが頑なになったからこそ全世界に福音が広がりました。そして今、イエスこそ救い主であったと信じるユダヤ人は増えて来ています。
 

それなので、28節もパウロによるユダヤ人たちへの最後の通告とか、諦めの言葉ではないのです。いよいよ、福音は異邦人世界に広がっていきます。しかしそれから後、ユダヤ人も主イエスを信じる時がきます、私はそのことを確信していますということなんですね。

 

(ちなみに、27節の「〜することがないため」という接続詞をどこまで反映させるかということについては少し議論があって、一部の翻訳では「彼らが目で見、耳で聞き、心で理解し、悔い改めることがないように。わたしが彼らを癒やす」となっています(Complete Jewish Bible)。ユダヤ人も将来的にはイエス・キリストを信じて癒やされる、救われるということを踏まえるなら、そのような翻訳も可能でしょう。)

<30節〜31節 大胆に述べ伝えた>
使徒の働きは、パウロが大胆に神の国を宣べ伝え、主イエスのことを教えたという表現で終わっています。31節に「少しもはばかることなく」とありますが、ここは以前の翻訳では「大胆に」ということになります。「大胆に宣べ伝えた」という表現は、これまでも使徒の働きの中でたくさん出てきました。議会に連行されたペテロとヨハネが大胆に語り(4:13)、迫害の中でも大胆に語らせてくださいと祈った弟子たちがそのように語り出し(4:29,31)、パウロとバルナバが大胆に語り(13:46、14:3)、その後もパウロは大胆に語り続けてきました(18:26、19:8)。パウロはローマに着いても大胆に、少しもはばかることなく福音を伝えたのです。使徒の働きは、聖霊を受けた弟子たちが復活のイエス・キリストを大胆に証言してきたことの記録です。ローマに着いたという記録で終わるのではなくて、ここでも証しをした、大胆に証しをしたという記述で終わるのです。それこそが、使徒の働きが一番伝えたいことだからです。このために、パウロは旅をして来ました。海で遭難したのもこのためです。暴動に巻き込まれたり、王や総督の前で証しをしたのもこのためです。大胆に、イエス・キリストを宣べつたえるため。そのためにこそローマに来たのです。

 

パウロのその後の足取りについて、ルカは記していません。コロサイ書やピレモン書、テモテへの手紙やテトスへの手紙を読むと、この後のパウロの足取りが少し分かります。彼は二年後に釈放されて、クレタ島を経由して小アジアへ渡り、コロサイやエペソの教会を周り、マケドニアにも行ったようです。パウロの旅は続いていたのです。ギリシャ西岸部の町ニコポリスにも行っています(テトス3:12)。その後は不明ですが、彼が最後に書いたとされるテモテへの手紙第二から、彼が再び逮捕され、投獄され、裁判にかけられている様子が伺えます(Ⅱテモテ1:8、4:6-8, 16)。そのような状況で書いた手紙にこうあります。「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。」(Ⅱテモテ4:2)パウロは最後までイエスさまから目を離さずに、みことばを宣べ伝え、大胆にキリストを証しする人生を走り抜きました。古くからの言い伝えによると、彼は最終的に斬首されたということです。紀元66年から68年頃のことだと考えられます。

<使徒の働き29章>
使徒の働きは28章で終わっているのですが、彼らを励まし導き続けたのと同じ聖霊が、私たちのことも守り、導いてくださっています。彼らに大胆に主を証しさせてくださったのと同じ聖霊が、私たちをもキリストの証しびととして用いてくださいます。たまに聞くフレーズなのですが、私たちは使徒の働きの29章を生きているのです。

 

ヘブル人への手紙12:1〜2にこうあります。「こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、一切の重荷とまとわりつく罪を捨てて、自分の前に置かれている競走を、忍耐をもって走り続けようではありませんか。 2  信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい。」私たちは、先に召された信仰の先輩方の応援を受けながら、人生というコースを走っているのです。そこにはパウロも含まれます。近しい方々を思い出す人もおられるでしょう。そして、何よりも誰よりも、主が共にいてくださる。聖霊が私たちの内にいてくださいます。ですから、神を信じて生きることをあきらめないで、主のみこころを追い求める生き方をあきらめないで、歩んでいきましょう。主を証ししましょう。言葉でもって、そして生き方や態度でもって、主を信じて生きることの喜びを証ししていきましょう。聖霊がそのように導いてくださいます。日々、聖霊の満たしを求め、この方に私たち自身を用いていただこうではありませんか。
 

私たちのために十字架にかかり、死んでよみがえられたイエスさまから目を離さず、聖霊に満たされ、父なる神の御心を追い求めて、私たちもパウロのように、使徒たちのように、歩んでいきましょう。一歩一歩でいい。1mmでも、1cmでもいい。歩みを止めないで、主と共に歩んで参りましょう。(ヘブル12:1〜2a)


ーーー
私たちのために十字架にかかり、死んでよみがえられた主イエス・キリストの恵みと
私たちに使命を与えてご自身の御心のために用いてくださる父なる神の愛
そして、私たちのうちに満ち溢れて力を与え、慰めと励ましを与えて導いてくださる聖霊の満たしと祝福が
今週もお一人お一人の上に豊かにありますように。
アーメン

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【5/26】
使徒の働き27章1節〜44節

「助け、助けられて行く使命の道」

使徒の働きも27章まで来ました。エルサレム、カイサリアで証しをしてきたパウロは、とうとうローマに送られることになりました。パウロが囚人として護送されていく様子、いや、キリストの証人として旅をしていく様子を見ていきましょう。

 

<1節〜6節 出発。パウロの旅を支える人々>
1節に「私たち」という主語が出てきます。これは使徒の働きの著者ルカがパウロに同行しているということです。振り返ると、ルカはパウロが第三次宣教旅行からエルサレムに返ってくる時以来、ずっと一緒にいたのです。テサロニケのマケドニア人アリスタルコも同じく同行したとあります。アリスタルコは、パウロがエルサレムに帰ってくる時に一緒に来た、異邦人教会の代表の一人です(使徒20:4)。彼はエペソで暴動が起こった時に、身を挺してパウロを守り、パウロの代わりに捕らえられた人でもありました(同19:29)。彼はそれ以来ずっとパウロと一緒にいて、この度ローマへの船旅にも同行しているのです。パウロがローマで書いたと言われるコロサイ書やピレモン書にもルカやアリスタルコの名前が出てきます。パウロを支え、パウロの働きを助けながら、彼らもまたパウロと共に福音を証しして旅した人だったと言えるでしょう。このアリスタルコであったり、また医者のルカ、また振り返ればバルナバやシラス、マルコなど、パウロを支えた多くの人たちがいました。パウロは自分に与えられた使命、召命をよく理解してそのために働いてきたわけですが、それは一人では出来なかったことです。私たちもまたそうです。神さまに従う人生、神さまを信じ抜いていく人生は自分の力で成し遂げられるものではありません。聖霊が助けてくださるのは当然で、それはこれまでも何度も強調してきたことですが、今日のこの箇所からは、信仰の友の有り難さを思わされます。教会とはそのような場所であることも、改めて思わされます。


さて、一行はユリウスという百人隊長の指揮のもと、ほかの数人の囚人たちと共に、アドラミティオという人の船に乗り込んで出発しました。目指すはイタリアのローマです。紀元後、つまり西暦59年のことと言われます。カイサリアを出発し、3節、まずシドンに寄りました。ここにもクリスチャンたちがいて、パウロは彼らからもてなしを受けました。行く先々に信仰の仲間がいるというのは、クリスチャンの醍醐味だと思います。旅行や用事などでまったく知らない土地に行った時にも、そこにある教会で共に礼拝をささげることができます。百人隊長がそれを許してくれたというのも、いいですよね。この人も、パウロの旅になくてはならない存在でした。それはこれからますます明らかになります。


その後、彼らはキプロス島の東側を行きながら地中海を北上し、小アジアのキリキア州、パンフィリア州の沖を行き、リキア州のミラという港に着きました。そしてここで船を乗り換えました。ここまで乗ってきた船は、このままエーゲ海を北上してアジア州沿岸の各地に寄っていく船でしたから、今度はイタリア方面に行く船に乗り換えたわけです。次の船は北アフリカのアレクサンドリアから来た船でした。乗員は全部で276人という大きな船で、穀物などを運ぶ船だったようです。最初に乗った船もそうでしたが、このようにパウロのローマへの旅は第三者の船によって運ばれていくのです。当時の交通事情、船旅の様子というのはそういうものであって、当たり前と言ったら当たり前なんですけれども、ローマに行くからと言ってローマ行きの直通の船があったわけではなくて、いわば関係のない、パウロのローマ行きには関係していない船が用いられているんですよね。この広い世の中で、いつも通りに船を走らせて荷物を運び、商売をして働いている人たちの存在に助けられているのです。彼らがいなければ、パウロはローマに行くことが出来ないのです。神さまはそのような助け手を備えておられました。彼らを通してパウロがローマに行けるように導いてくださいました。主は、私たちをもそのように導かれます。自分は信仰者として歩んでいる、神さまを信じて歩んでいると思っても、自分一人の力で信じていられるのではない。誰かの助けがあってこそです。先程のルカやアリスタルコといった信仰の友だけでなく、神さまは未信者の人々、またこの地域社会をも用いて私たちを助けていてくださいます。

<7節〜 難航>
さて、ミラの港で船を乗り換えた一行はさらに西を目指したわけですが、風のせいで船はなかなか思うように進みませんでした。クニドというのが小アジアの先端に突き出た半島にある町で、そこからエーゲ海を南下してクレタ島を回り、そしてアドリア海へ抜けていくルートだったわけですが、クレタ島に到着するのにもかなり苦労したようです。クレタ島の南側には「良い港」と呼ばれる場所があり、やっとの思いでそこに到着したのでした。しかし、そこは冬を過ごすことには向いておらず、航海士や船主たちははクレタ島に沿ってもう少し西に進むつもりでいました。


そこにパウロが意見します。10節ですね。「皆さん。私の見るところでは、この航海は積荷や船体だけでなく、私たちのいのちにも危害と大きな損失をもたらすでしょう。」9節にあるように、出発してからもうかなりの時が経過し、断食の日の季節も過ぎていました。断食の日というのは大祭司が年に一度、9月から10月の初め頃に神殿の一番奥(至聖所)に入り、人々は断食するというユダヤの祭日ですが(レビ記23:27〜32)、ユダヤのカレンダーを計算してみると、西暦59年の断食の日は10月9日だったとのこと。実は、地中海の船旅は9月以降どんどん危険度を増し、11月以降は完全にストップするというのが常識だったようです。パウロはこれまで宣教旅行で船旅をたくさんしてきましたし、「船で遭難したこともある」と第二コリントにすでに書いています(11:25)。そこでパウロは自分の経験から人々に警告したのです。囚人の立場ではあるものの、これがもうまずい状況になっていることが明らかだったので、思い切って「このまま進むのは危険だ」と意見したのです。しかし百人隊長は船長や船主、また多数の者たちの意見の方を聞きました。いかに経験豊富とは言え、パウロはプロの船乗りではありません。百人隊長としては専門家の言うことを採用したわけです。ローマ帝国内を行き来する船において、決定権はローマの官憲にありました。船は「良い港」からもう少し西の方にあるフェニクスへの移動を試みました。

<13節 難破>
13節、穏やかな南風が吹き、それ見たことかと人々は出航しました。しかし、その風はすぐに北東、つまり島側からの暴風に変わり、船は風に逆らって進むことはできなくなり、風に流されるままになってしまいました。16節、カウダという小島の陰に入ったので、どうにか、繋いでいた救命ボートでしょうか、小舟を船に引き寄せ、引き上げることができました。綱で船体を巻くというのは、船がばらばらにならないように綱で応急処置をしたということですね。またこの辺りは北アフリカのリビアとの間に浅瀬があって、そこに乗り上げてしまうことを恐れて、船具を降ろして(これは帆を降ろしたということだと思われます)を降ろして流されるに任せるという状況になってしまいました。こうして、船はフェニクスどころか、クレタ島自体からどんどん離されていきました。


18節、船は暴風に激しく翻弄され、翌日、人々は船を軽くしようと荷物を捨て始め、三日目には船具をも投げ捨てました。降ろしていた帆も捨てたということです。マストが折れたのかもしれませんね。20節、太陽も星も見えないということは、船の進む方向がわからないということです。この時代、まだ羅針盤はなかったそうですね。太陽も星も見えない嵐の中では、まったく方向がわからないのでした。文字通り、「助かる望みは今や完全に絶たれようとしていた」のです。
 21節、嵐の中でパウロが叫びました。「皆さん。あなたがたが私の言うことを聞き入れて、クレタから船出しないでいたら、こんな危害や損失を被らなくてすんだのです。 22 しかし今、あなたがたに勧めます。元気を出しなさい。あなたがたのうち、いのちを失う人は一人もありません。失われるのは船だけです。 23 昨夜、私の主で、私が仕えている神の御使いが私のそばに立って、 24 こう言ったのです。『恐れることはありません、パウロよ。あなたは必ずカエサルの前に立ちます。見なさい。神は同船している人たちを、みなあなたに与えておられます。』 25 ですから、皆さん、元気を出しなさい。私は神を信じています。私に語られたことは、そのとおりになるのです。 26 私たちは必ず、どこかの島に打ち上げられます。」


21節はパウロが皮肉を言っているわけではなくて、だからこれからは私の言うことを聞いてくださいということですね。彼が言っているのは相手の過ちを責めることではなく、「元気を出しなさい」ということです。誰も死なない、みなのいのちが守られるということです。その理由は、「あなたは必ずカエサルの前に立ちます。」という御使いのことばでした。つまり、神が必ず守ってくださるという確信です。パウロは必ずローマに到着するのです。同船している人たちも同様です。25節、パウロは繰り返します。「ですから、皆さん、元気を出しなさい。私は神を信じています。私に語られたことは、そのとおりになるのです。 26 私たちは必ず、どこかの島に打ち上げられます。」パウロは、必ず自分をローマに導いてくださる神さまの真実を証ししました。それはそのまま、そこにいる全員への励ましになっているのです。羅針盤もなく、行くべき方向もわからず、絶望している人々の中で、パウロは神のことばを握っていました。パウロには進むべき道がわかっていました。そして、その信仰によって人々を励ます存在になれたのです。招きのことばでも読みましたが、「あなたがたは世の光です。山の上にある町は隠れることができません。・・・あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。」(マタイ5:14, 16)私たちは世の光とされています。私たちがイエスさまを信じて歩むその姿は、そのまま人々を励ますのです。パウロだけでなく、私たちもまたそのような存在とされているのだということを思い出しましょう。

<27節 上陸>
27節、二週間漂流して、船はアドリア海に入っていました。もっとも、この時点で彼らには自分たちがどこにいるのかは分かっていなかったわけですが、ルカが後から振り返って書いているわけです。真夜中頃、「水夫たちはどこかの陸地に近づいているのではないかと思った」、これはさすが、航海の専門家たちですね。海の深さもどんどんと浅くなっている、つまり陸地に近づいていることがわかりました。そこで座礁してしまうことを恐れ、錨を降ろして夜が明けるのを待っていました。しかし、水夫たちが逃げ出そうとしていたので、パウロがそれを百人隊長や兵士たちに告げて阻止させました。パウロはもはや囚人としてではなく、リーダーとして船に乗っているのです。


33節、夜が明けかけた頃、パウロはみなに食事を勧めます。再度、みなを励ますパウロでした。そして、一同の前で神に感謝の祈りを捧げ、パンを裂いて食べ始めました。神に感謝して祈り、食べるという姿に周りも元気づけられ、みなも食事をしました。先程逃げ出そうとしていた水夫たちも含まれます。やっと訪れた平和な時間でした。


39節、夜が明けると陸地が見えました。砂浜のある入り江もあったので、そこに船を乗り入れようということになりました。しかし、41節、浅瀬に乗り上げて船が座礁してしまいます。船は動かなくなり、壊れ始めました。42節、兵士たちは囚人たちが逃げないように殺してしまおうとしましたが、百人隊長はパウロを助けるためにその計画を制止し、泳げる者たちがまず海に飛び込んで陸に上がり、残りの者たちは板切れなどにつかまって行くように命じます。こうして、276人全員が無事に陸に上がったのです。そこは長靴型のイタリア半島の先端にあるシチリア島から南へ100kmにある、マルタ島でした。いよいよ来週は28章、使徒の働きの最終章となります。

<人々を励ます存在>
今日の箇所を読んでいて思わされることは、パウロは周りの人々に助けられて旅を続けられたということです。それは信仰の友だけでなく、いつも通りに船を走らせて仕事をしている人であったり、ローマの官憲としてそこにいる百人隊長であったりと、未信者の人たちも含まれます。彼らのおかげでパウロは信仰の旅を続けられました。私たちもそうです。神さまが与えてくださっている回りの人々を大切にしたいと思います。


そして、彼らを励ます存在でありたい。私たちが神さまのことばに励まされて進む姿は、そのまま周りの人たちをも励まします。ローマに行くという目的だけを見て、周りが見えなくなるのではなく、そこにいる人々、そこで出会う人々を励まし、希望を届ける人になりたいです。聖霊は必ず私たちをそのように導かれます。使徒の働きを読み終えようとするこの時に、やはり1章8節を思い出します。私たちは聖霊によって、イエスさまの復活の証人とされているのですが、その歩み方というのは、このパウロのように、自分自身も困難な中にあって、それでも揺るがされずに周りの人たちに希望を届けるという生き方なんですよね。証しとは、自分だけ安全なところから信仰の話や聖書の話をすることではなく、自分も共に嵐の中にいて、それでも神さまが守ってくださるから大丈夫だと、食事をして元気を出そうと、周りを励ましていくことです。そんな人になれますように。いや、主はすでに私たちをそのような成長へと導いておられます。主にこの身を用いていただきましょう。

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「あなたがたは世の光です。山の上にある町は隠れることができません。・・・このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。」マタイ5:14, 16a

私たちを世の光として見ていてくださる主イエス・キリストの恵みと
あらゆる人々、あらゆる状況を用いて私たちに使命の道を歩ませてくださる父なる神の愛
そして、私たちの信じる姿を通してキリストを証ししてくださる聖霊の満たしと祝福が
今週もお一人お一人の上に豊かにありますように。
アーメン

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【5/19】ペンテコステ(聖霊降臨祭)
コロサイ1:1〜14

「聖霊の働き」

<ペンテコステとは>
ペンテコステ、おめでとうございます。ペンテコステとは聖霊降臨祭とも呼ばれます。聖霊なる神が来てくださったことを祝うのです。聖書を読んでいると、神さまは唯一のお方、ただお一人の方なのですが、父なる神さまと、子なる神(つまりイエスさま)と、そして聖霊なる神という三つの表現が出てきます。キリスト教の信仰において、これは三人の神さまがいるのではなくて、三位一体の神と呼ばれています。一だけど三、三だけど一というのは不思議なことで、説明し切れるものではないのですが、聖書がそうやって表現しているので、それをそのまま受け取って信じることが大切です。

 

ペンテコステは聖霊が来られたことを祝うと言いましたが、イエスさまが天に戻られた後に約束の通り聖霊が来てくださったわけです。それまでは、聖霊は特別な場合に、特別な人のところに来てくださっていたのですが、ペンテコステの日以降、イエスさまを信じるすべての人の内に聖霊は住んでくださるようになりました。聖霊が来られると、あなたがたは力を受け、地の果てにまでわたしの証人となりますとイエスさまが言われた通りに、ペンテコステの日に聖霊が来られたことで、弟子たちはイエスさまのことを証しし始めました。今読んでいる「使徒の働き」はまさにその話であるわけですが、今日は関連して、パウロが書いた手紙からコロサイ書を開かせていただきました。

 

<コロサイの町>
コロサイの町は小アジア内陸部、エペソより少し東の位置にあります。使徒の働きには直接出てきません。第三次宣教旅行でパウロがエペソに向けて移動する際に、コロサイの町自体は通ったかもしれませんが、パウロはコロサイのクリスチャンたちに会ったことはなかったようです(コロサイ2:1)。コロサイの人々に福音を伝えたのはエパフラスという人物でした(1:7)。使徒の働き19章に、パウロがエペソの町で毎日福音を語り、それが小アジア中に広がっていったということが出てきました(19:10,20)。恐らく、エパフラスがそこで福音を聞き、コロサイの町に福音を持ち帰ったのだと思われます。そのようにして、この町に教会が生まれたのです。

 

パウロがコロサイの教会に向けて手紙を書いたのは、ローマで監禁生活を送っていた間だと考えられています。今使徒の働きで、パウロがこれからローマに送られるという場面を読んでいますが、彼はローマに着いてから、カイサリアでの時と同じように、ある程度の自由を与えられながらの監禁生活を送ることになります。そこにエパフラスが訪ねてきて、コロサイ教会が直面していることについてアドバイスを求め、パウロは手紙を書いたのでした。今日はその全部を読むことはできませんが、一章の前半に聖霊について、聖霊の働きについてよくまとめられていますので、ペンテコステのこの日、ここから三つのことを学びたいと思います。

 

<聖霊は私たちを福音の証人とする>
一つ目は、聖霊は私たちを福音の証人とするということです。5節(前の翻訳では6節)に「あなたがたに届いた福音」という表現が出てきます。福音とは、伝えられて、届けられるものです。パウロがエパフラスに伝え、エパフラスがコロサイの人々に伝えました。私たちだってそうですよね。誰かから伝えてもらった。その人もまた別の人から伝えてもらったわけです。イエスさまの良い知らせは、人から人へと伝えられてきて、私たちのところにも届いたのです。私たちもまた、誰かに伝えていきたいですね。パウロのようにことばで説明する場面もあるでしょう。そうではなく、生き方を通して証しするということもあるでしょう。何にせよ、私たちの内にある光を隠しておくことはできません。

 

イエスさまが語られた山上の垂訓に次のようなことばがあります。「あなたがたは世の光です。山の上にある町は隠れることができません。また、明かりをともして升の下に置いたりはしません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいるすべての人を照らします。」(マタイ5:14〜15)私たちは光を隠すことはできません。光は漏れ出てしまうものなんです。福音の光は隠れていることなどできないのです。ことばによる証しにせよ、態度による証しにせよ、私たちにはそれを隠しておくことはできない。溢れ出てしまう。真っ暗闇の荒野の旅路において、山の上にある町の光が旅人の目印になったように、私たちもそのような存在として主が用いてくださいます。聖霊がそのように導いてくださるということです。

 

そのようにして、キリストの良い知らせは世界中に伝えられていったわけですが、キリスト教の宣教の歴史はよい面ばかりではありませんでした。ヨーロッパのキリスト教国からやってきた宣教師が、現地の文化を全否定して、ヨーロッパの文化を押し付けるというやり方をしてしまったということも多々ありました。福音の内容が良くないのではなくて、伝え方が良くなかったということです。私たちはそのような歴史を学べるのですから、より良い証しびととなっていきたいですよね。これは世界宣教という話だけではありません。身の回りでの伝道、身の回りでの宣教、証しにも言えることです。宣教や証しというのは、相手の文化を否定してこちらの教えを押し付けることではありません。まず、相手に仕える。耳を傾ける。そうやっていくうちに、私たちの内に住まわれる聖霊が働いてくださる。私たちの内にある光が伝わっていくんです。主は私たちを、ご自身の証しびととしてくださっていますから、そのみことばの事実を見させていただきましょう(使徒1:8)。

<聖霊は私たちを成長させる>

二つ目は、聖霊は私たちを成長させるということです。9節、聖霊は私たちに霊的な知恵と理解力を与えて、神さまのみこころについて教えてくださるお方です。「霊的」とは「聖霊的」、つまり私たちを「主と同じかたち(主の人格)」に変えてくださるという聖霊の働きのことです(Ⅱコリント3:18)。聖霊は私たちをイエスさまの人格と同じように変えてくださいます。父なる神さまのみこころをよく知りそのとおりに行動されたイエスさまと同じように、私たちもまた、神のみこころについてよく知り、そのとおりに行動できるよう、成長させてくださるということです。

 

10節以降、パウロはクリスチャンの成長について続けます。「主にふさわしく歩み、主に喜ばれ、実を結ぶ」と。「主にふさわしく」とは、神さまに愛されている者として、主の愛を知らされた者としてふさわしく歩むということです。歩むとは生きるということ、日々の生活のことを意味します。主に愛されている者として日々を生きるのです。みことばを通して教えられている神さまのみこころを思い返しながら、日々の実際の生活の中で、神さまの喜ばれることを選んでいく。選択していくんです。それが「あらゆる点で主に喜ばれる」ことになります。そして「良いわざ」という実を結ぶことになる。何をするにしても神さまが喜ばれることを願い、行動するようになる。良いわざというのは、神さまを信じるからこそ、神さまを愛するからこそ湧き出てくる良い行いのことです。親切な行いであったり、愛に満ちた行動のことです。「良いわざ」とか「良い行い」と聞くと、身構えてしまうかもしれませんが、それをしなければ救われないというのではなく、愛されているからこそ湧き出てくる神さまへの応答です。

 

このように、クリスチャンの成長とはあやふやなものではなく、側から見ても分かるほどに具体的なものなんですね。11節の忍耐や寛容もそうです。人との関係のことです。神さまとの関係が癒されていくと、人との関係もまた回復していく。それがクリスチャンとしての成長です。私たちの成長は救われるために必要ということではありません。成長しなければ救われないということではない。私たちはイエスさまを信じることだけによって救われる。そこがブレてはなりません。ただ、救われた者は成長するんです。聖霊はそのように私たちを導かれます。そのことを信じ、期待するのか。それともそんなことはまったく意識しないのかで、クリスチャンとしての歩み方が大きく違ってきます。

 

自分自身を振り返れば、ちっとも成長していないことを思い知らされます。でも、だからこそです。「どうぞ、おことばどおり、この身になりますように。」と言ったマリアのように、私たちもみことばの約束を信じて、私たちを成長させてくださるというみことばの約束を信じて、神さまのなさることに自分自身をお委ねしていきましょう。主ご自身が私たちを成長させてくださる。私たちはその働きを邪魔しないように、自分自身をお任せし、明け渡していくんですよね。

 

<聖霊は私たちを神への感謝に導く>

最後に三つ目ですが、三つ目は、聖霊は私たちを神への感謝に導くということです。12節「光の中にある、聖徒の相続分にあずかる資格をあなたがたに与えてくださった御父に、喜びをもって感謝をささげることができますように。」相続というのは、神さまから良いものを受け継ぐということです。人間の相続と違って、神さまがご自分の聖徒(クリスチャン一人一人)に受け継がせるものは、今、もうすでに与えられています。神さまはこの世界を相続させてくださっているのです。

 

先週もパウロの弁明の中で読みましたが、神さまがアブラハムに与えられた約束を、パウロは「世界の相続人となる」ことと表現しています(使徒26:18)。これは信仰によってアブラハムの子孫とされた者たちすべてに与えられているものです(ローマ4:13〜16、8:17)。私たちは、イエスさまを信じて、神さまの相続人とされていて、神さまから世界を相続しているのです。それはこの世界を好き勝手にしていいということではありません。神さまが造られたこの世界を、神さまと共に正しく管理していくということです。神さまが愛しておられるこの世界に、人々に、仕えるのです。神さまが造られたこの世界を、神さまが喜ばれる方向にもっていく、そのために仕える生き方は、なんと喜びに満ちた素晴らしいものであるか。イエスさまの福音を土台としてこの世界に仕えていくという生き方の、なんと喜ばしいものであるか。そしてやがてこの世界は新天新地に生まれ変わります。それがどれほど栄光に満ちたところであるか。聖霊があなたがたの心の目を開いて分からせてくださるようにとパウロは手紙に書いています(エペソ1:17-19)。今日の箇所でパウロはそれを「光の中にあるもの」と表現しています。私たちの目の前には困難がありますが、私たちは神さまから素晴らしいものを受け取っている、光の中にあるものを受け取っている、そのことをいつも思い出していきましょう。

 

神さまは私たちに、相続者としての「資格」を与えてくださいました。つまり、私たちを子として見ていてくださるのです。ローマ8:14〜18「14  神の御霊に導かれる人はみな、神の子どもです。 15  あなたがたは、人を再び恐怖に陥れる、奴隷の霊を受けたのではなく、子とする御霊を受けたのです。この御霊によって、私たちは「アバ、父」と叫びます。 16  御霊ご自身が、私たちの霊とともに、私たちが神の子どもであることを証ししてくださいます。 17  子どもであるなら、相続人でもあります。私たちはキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているのですから、神の相続人であり、キリストとともに共同相続人なのです。 18  今の時の苦難は、やがて私たちに啓示される栄光に比べれば、取るに足りないと私は考えます。」私たちは神の子ども、相続者とさせられている。だから私たちは神さまに感謝するのです。礼拝するのです。コロサイ書に戻りますが、12節、父なる神に喜びをもって感謝を捧げていくのです。私たちが相続しているもののゆえに、私たちが神の子とされていることのゆえに、神さまに感謝を捧げていくのです。

 

13節、14節も神への感謝の大きな理由です。相続も、救いも、罪の赦しも、すべて繋がっています。私たちは神の子とされ、暗闇の力から救い出され、もはや暗闇ではなくイエスさまのご支配の中に移されました。この御子にあって、私たちは、贖い、すなわち罪の赦しを得ているのです。聖霊がこのことを繰り返し、繰り返し教えてくださる。何度でもこのことに気づかせてくださいます。

 

今日は、コロサイ人への手紙のパウロの表現から、聖霊の働きについて読み取ってきました。聖霊は私たちを用いて福音を証しされます。聖霊は私たちを成長させ、神への感謝、神への礼拝に向かわせます。だから、私たちは常に聖霊に満たされることを祈り求めていかなければなりません。私たちの心は、何で満ちているでしょうか。神さま以外のことで満ちているわけですよね。だからこそです。このペンテコステの日に、改めて聖霊に満たされることを祈り求めていきましょう。聖書には「聖霊のバプテスマ」という言い方がありますが、バプテスマとは沈められるということです。聖霊に沈められるというほどに、満たされるということです。聖霊の満たしを求めていきましょう。主は必ず私たちを聖霊で満たし、ご自身の御用のために用いてくださいます。私たちを通して、この世界に主の愛をあらわしてくださいます。

ーーー

「私たちはみな、覆いを取り除かれた顔に、鏡のように主の栄光を映しつつ、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられていきます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。」Ⅱコリント3:18

 

私たちをご自身の証人として見ていてくださる主イエス・キリストの恵みと
私たちにみこころを教え、ご自分の子としてくださった父なる神の愛、
そして、私たちを主と同じ姿に成長させてくださる聖霊の満たしと励ましが
今週もお一人お一人の上に豊かにありますように。
アーメン


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【5/12】

使徒26:1〜32

​「証しびとパウロ」

<パウロの弁明>
パウロが総督や王の前で信仰の弁明をする場面を読んでいます。今朝の箇所では、いよいよアグリッパ王に対して語り始めました。2節の挨拶があって、3節に「王がユダヤ人の慣習や問題に精通している」とあるのは、ローマの総督たちと違って、ヘロデ王朝の者たちは、ユダヤ人の文化について、律法や神殿について、よく理解しているということです。ヘロデの一族はユダヤ人の王家とは言っても純粋なユダヤ人ではなく、ローマ皇帝から王位につけてもらったという経緯がありましたので、ユダヤ人たちから嫌われないように、人一倍ユダヤ教に詳しくなっていたという事情があります。ヘロデ大王が改築した神殿はその表れで、それは見事な建築だったわけです。彼らに信仰心はなかったのですが、それでもユダヤ人の宗教に詳しいということではあったので、パウロはこのように言っています。

<パウロが信じていること>
4節以降、パウロはこれまでの自分の生き方を語ります。自分はユダヤ教の中でも最も厳格な派に従って、パリサイ人として生きてきた。厳しい訓練を受けて、エリートの律法学者として彼は生きてきたわけです。神が私たちの父祖たち(旧約聖書に登場する先人たち)に与えられた約束、つまり聖書に書かれている約束に希望を抱いている。しかし6節、まさにそのために、そのことのゆえに私は今法廷で裁かれているのです。ということですね。平たく言えば、聖書をそのまま信じているのに裁かれているのだということです。聖書を信じるユダヤ人としてまっとうに生きているだけであり、訴えられる言われはないということです。7節にあるように、私たち十二部族は、つまりユダヤ人はこの望みを抱いて、約束のものを得たいと願っている。それはユダヤ人として当然のことだ、しかしその願いのゆえに私は訴えられているのです、というわけです。

 

それは、神が死者をよみがえらせるという希望です。死者の復活自体はパリサイ人たちも信じていたし、そう教えていたわけですが、それは遠い先のこと、未来のこととしてでした(ヨハネ11:24)。しかしパウロは9節、イエス・キリストこそ復活の初穂だと信じていたのです。そして、まさにそのポイントこそが、パウロが訴えられている点なのでした。パウロは、イエス・キリストの復活を信じることこそ、聖書を信じることなんだと主張しており、ユダヤ人たちはそれを認めていないというわけです。
 

8節「神が死者をよみがえらせるということを、あなたがたは、なぜ信じがたいこととお考えになるのでしょうか。」この点について、パウロはコリント人への手紙第一に詳しく書いています。第三次宣教旅行中、パウロがエペソにいた時に、エーゲ海を挟んだコリントの教会に向けて書いた手紙です。第一コリント15:12〜22「・・・」イエス・キリストがよみがえったということこそ、福音の根幹であることをパウロは力説しています。私たちもそこがブレないようにしたいですね。私たちのために十字架にかかられたイエスさまは、よみがえられ、今も私たちとともに生きてくださる。歩んでくださるお方です。

 

<以前のパウロ>
9節、以前はパウロもイエスの名に対して、徹底して反対すべきであると考えていました。そして、10節、クリスチャンが殺されるときには賛成の票を投じました。これはパウロもサンヘドリンのメンバーだったということです。この辺りのことは、使徒8章や9章にも詳しくは書かれていませんでしたが、今、パウロ自身によって詳細が明らかになりました。11節、彼はクリスチャンたちを罰し、御名を汚すことばをむりやり言わせたと。日本で昔あった「踏み絵」を思い出しますね。イエスさまの像を足で踏ませてクリスチャンかどうかを判別し、どうしても踏めないとするものはキリシタンであるとして処刑していったわけです。日本のクリスチャンにはそのような歴史があります。パウロによるクリスチャン迫害もそのような激しいものだったのです。


パウロのこの話は、自分はこれほど悪い人間だったという自分語りではありません。そうではなくて、こういう人間だった私が、イエス・キリストに出会ったのだということの証しです。12節以降はイエスさまとの出会いのシーンです。ここが大事なんです。ダマスコへ向かう途中、彼は天からの光を見ました。それは太陽よりも明るく輝いたと。そしてヘブル語で自分に語りかける声を聞いたのです。14節「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。とげの付いた棒を蹴るのは、あなたには痛い。」とげの付いた棒というのが何かというと、牛に畑を耕させる時に、くびきを着けるわけですが、牛がそれを嫌がって足蹴りをするらしいんです。なので、とげの付いた棒で牛の足を制御するのだということでした。牛はくびきを外そうとして、暴れるわけですが、とげがある棒を蹴ってしまうと痛いんですよね。もう、大人しくくびきをつけていたほうがいいわけです。イエスさまがパウロに対してこのようなたとえで言われたということは、パウロもまた、何かを外そうとして一生懸命になっていたということです。恐らく、ステパノやクリスチャンたちの殉教の姿、彼らがイエスさまを信じ抜いていく姿を見て、パウロもまた「イエスこそ救い主なのではないか」と思い始めていたということですね。でも、一生懸命その思いを振り払おうとしていた。自分がイエスを信じるわけにはいかないと。牛がくびきを外そうとして暴れるように、パウロ(当時のサウロ)もまた、イエス・キリストを信じまいとして一生懸命になっていたのです。

<くびき>
ところで、くびきと言えばイエスさまはこのようなことをおっしゃっています。「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。 29  わたしは心が柔和でへりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすれば、たましいに安らぎを得ます。 30  わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」(マタイ11:28-30)先ほども言ったように、くびきというのは牛に畑を耕させるためのものなのですが、どうやって使うかというと、(★イラスト)このようにして二頭の牛をつなげるのです。これがくびきです。イエスさまは「わたしのくびきを負いなさい」と言われます。わたしのくびきは負いやすいと。私たちはどうにかして楽になりたいと、繋がれるなんていやだと暴れてしまうのですが、くびきというのは正しく使われるならば、まったく苦痛なく、牛の力も最大限に発揮されるものだそうです。牛のためのくびきがそうであるなら、なおさら、イエスさまと一緒にくびきで繋がれるなら、それが一番楽なんです。イエスさまと肩を組んで二人三脚のイメージです。「そうすればたましいに安らぎを得ます。」とまでおっしゃいます。パウロはイエスさまを信じ、イエスさまと繋がることを恐れて暴れ回っていたわけですが、どうでしょうか、イエスさまを信じているはずの私たちも、イエスさまのくびきを恐れていないか。イエスさまとバディを組んで、二人三脚で行くことを嫌がっていないか。「すべて疲れた人、重荷を負っている人」という呼びかけに反応しない人はいないでしょう。イエスさまのもとに行き、イエスさまに共に担っていただきましょう。主を愛し、主を礼拝し、そして、主が愛しておられる人々に仕える。そのことを主と共に、あきらめずに一歩一歩なしていきたいと思います。

 

<主イエスとの出会い、そして派遣>
15節、パウロがイエスさまに尋ねます。「主よ、あなたはどなたですか。」パウロは薄々気がついていたんです。でも、それを認めたくなくて、足掻いていました。それでも、とうとう目の当たりにして、直接声をかけられて、聞かざるを得なくなりました。「主よ、あなたはどなたですか。」これはつまり、「あなたこそ、十字架の死をもって罪の赦しをなしとげ、そしてよみがえられた救い主なのですか。」という意味ですね。主は「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。」とお答えになりました。パウロが認めたくなくて、足掻いていた通りだった。パウロが気が付いていた通りだったのです。


16節、主はパウロに立ち上がるようにと言われます。これは「復活」ということばです。そしてあなたを奉仕者として、証人として任命し、「この民」つまりイスラエルと、そして異邦人のところに遣わす、と。パウロは異邦人の使徒と呼ばれますが、異邦人に向けてだけ福音を宣べ伝えたのではありません。これまで使徒の働きを読んできて明らかだったように、ユダヤ人と異邦人の架け橋になろうとした人でした。それはイエスさまからこのような召しを与えられていたからだったんですね。自分の役割、使命をこのように理解して、神さまからのものとして受け取っていたのです。そのために自分に与えられている賜物を理解し、よく用いてきたのです。人は自分の熱心だけでは働きをなすことはできません。神さまから与えられた賜物、そして召しが大切です。召し(召命)というのは、神さまから与えられている役割のことですね。英語では”Calling”と言います。神さまから呼ばれるていること、ですね。私たちはどんなことのために呼ばれているのでしょう。今一度、確認していきたいものです。神さまは、そのための賜物を与えて私たちを呼んでおられる。私たちに生きる道を与えておられる。そのことがわかる時が来ると思います。
 

18節、主がパウロを遣わされるのは、「この民(イスラエル)と異邦人の」目を開かせるため。闇から光に、サタンの支配から神に立ち返らせるため。そして彼らが主イエスを信じる信仰によって罪の赦しを得て、聖なるものとされた人々ともに相続に与るため」でした。特に最後の「相続」ということについてですが、神さまがアブラハムに与えられた約束を、パウロは「世界の相続人となる」ことと表現しています。信仰によってアブラハムの子孫とされた者たちすべてに与えられているものです(ローマ4:13〜16、8:17)。私たちは、イエスさまを信じて、神さまの相続人とされたのです。
 

何を相続するのか。この世界です。イエスさまを信じて罪の赦しを得るということは、神さまから世界を相続することなんですね。もちろん、それはこの世界を自分のものにして好き勝手にしていいということではありません。神さまが造られたこの世界を、神さまと共に正しく治めていく。仕えていく。管理していくということです。自然環境の話だけではなくて、人と人との関係、つまり社会のことも含みます。国際社会、地域社会、また家庭という社会も含まれる。神さまが造られたこの世界を、神さまが喜ばれる方向にもっていく、そのために仕える生き方は、なんと喜びに満ちた素晴らしいものであるか。イエスさまの福音を土台としてこの世界に仕えていくという生き方の、なんと喜ばしいものであるか。そしてやがてこの世界は新天新地に生まれ変わります。それがどれほど栄光に満ちたところであるか。聖霊があなたがたの心の目を開いて分からせてくださるようにとパウロは手紙に書いています(エペソ1:17-19)。また、「今の時の苦難は、やがて私たちに啓示される栄光に比べれば、取るに足りない」とも書いています(ローマ8:18)。私たちは神さまから、世界を相続させられている。そのことをいつも思い出したいと思うんです。目の前の困難に一喜一憂せず、神さまから素晴らしいものを受け取っていることをいつも思い出していきましょう。
 

19節以降、パウロはまとめに入ります。自分がしてきたことは天からの幻に従ったのだということ。そしてユダヤ人にも異邦人にも、悔い改めて神に立ち返るように、悔い改めにふさわしい行いをするようにと宣べ伝えてきた。今話してきたことは、預言者たちやモーセが語ったこと。つまり旧約聖書にもともと書いてあることだ。キリストが苦しみを受けて十字架で死に、また死者の中から初穂として復活し、イスラエルにも異邦人にも光が宣べ伝えられるということは、これはもともと聖書に書いてあることなんだ、ということです。

 

<24節〜32節 王や総督の反応>
24節以降は大まかに見ますが、フェストゥスはパウロの頭がおかしくなっていると言いました。アグリッパ王の反応は、パウロは皇帝に上訴なんてしなくてもよかったのではないかというものでした。祭司長や律法学者たちが言っているような、騒ぎを起こして回っているというようなことは何もなかった、と言います。旧約聖書に詳しいアグリッパ王は、パウロの話を聞いて納得しかけた様子すらありました。パウロに向けて、「あなたはわずかなことばで、私をキリスト者にしようとしている。」と言ったのです(28節)。何にせよ、31節「あの人は、死や投獄に値することは何もしていない。」これが彼らの結論でした。しかし、パウロは皇帝に上訴して、それを取り下げないのです。パウロは今ここで釈放されることよりも、何とかしてローマに行くことを決意しているからです。そして、その通りになります。27章、彼はいよいよローマに向けて出発することになるのです。

 

<時が良くても悪くても>
ここしばらく、パウロが弁明をする場面を見てきましたが、一連のこのパウロの弁明は、自分はさばかれるようなことはしていないという主張では最早なくて、自分が信じていることの証しでした。自分がどのようにしてイエス・キリストと出会ったか、むしろ、どのようにして主イエスが私に出会ってくださったかということ。そして、自分はどのようにその方からの召しに従って生きてきたのかということ。そして、今も、これからもそう生きていくのだということ。その場でこれを聞いていて、イエスさまを信じる人が出たかもしれませんね。パウロもそのようなことを願っていますと語っていました(29節)。ここには書かれていませんが、その場には多くの人たちが集まっていましたから、誰かの心にパウロの証しは響いたはずです。アグリッパ王ですら、納得しかけたわけですから。証しには力があります。人は聖書の内容を知りたいというよりも、聖書を信じて生きている私たちがどのように生きているのか、そこに興味があるのです。

 

私たちにできることは、この証しをすること。つまり、相手に信じさせようとするのではなく、聖書の内容を教え込もうとするのではなくて、自分が信じていることをそのまま表現するのです。それはパウロのようにことばで説明する、弁明するという形かもしれない。または、生活態度や人への接し方、この世界をどのように捉えているかという姿勢を見せることを通してかもしれない。時として、こちらから話すことなどどうしてもできず、相手の話を聞くしかない場合だってある。でもそれもまた証しになるんです。
 

東北の被災地で、同い年の知り合いの牧師が教会を開拓していますが、津波で家を流され、家族を流され、何もかも失った人たちに、その苦労をしていない自分がいくら神の愛を語っても、届かないという経験をしたそうです。できることは、ただひたすら彼らの話を聞くことだったと。何年もかけて、ひたすら仮設住宅で暮らす人々を訪ね、向き合い、のべ数千時間、彼らの話を聞いたのだそうです。そこから地域の信頼を得て、家を借りて教会として活動するに至っているということでした。彼がした証しは聖書の内容の話ではなかったかもしれない。でも、イエスさまを信じて人々に仕える姿を証しした。そしてそれが実を結んでいったわけです。
 

私たちもさまざまな形で証しをすることができます。パウロは年若いテモテにこう書き送っています。「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。」(Ⅱテモテ4:2)神さまから与えられている機会を用いて、その時その時にふさわしい形を模索しながら、福音を証ししていきましょう。神さまのみことばを証ししていきましょう。ここまで使徒の働きを読みながら、使徒たちが伝道する姿を、特にパウロがあらゆる機会を用いて主を証しするその姿を見てきました。信仰の大先輩の背中を追いながら、私たちも同じように歩ませていただこうではありませんか。
 

次回は、とうとうパウロがローマに向けて船出していく場面です。使徒の働きも終わりに近づいていますが、最後までじっくりと味わっていきましょう。(ヨハネ15:26〜27)
ーーー
私たちと共にくびきを負ってくださる主イエス・キリストの恵みと
私たちを神の民として、この世界を相続させてくださった父なる神の愛
そして、私たちをキリストの証人として用いてくださる聖霊の満たしと励ましが
今週もお一人お一人の上に豊かにありますように。
アーメン


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【5/5】

使徒25:1〜27

「生きておられる主イエス」

<1節〜6節 状況が動き始める>
前回は、ローマの総督フェリクスが、パウロの裁判を延期したというところを読みました。彼はその後、総督を辞めさせられているのですが、パウロは監禁されたままでした。

さて、1節です。新しい総督フェストゥスが着任しました。彼はカイサリアに到着すると、三日後にはエルサレムに上りました。カイサリアはローマにとってはユダヤの州都でしたが、ユダヤ人を治めるならエルサレムにも行っておかなければなりません。大祭司やサンヘドリンの議員たちなどに挨拶しておく必要がありました。ユダヤの総督になるということは、ユダヤ教の指導者たちと良い関係を築くことが大前提なのでした。

新総督フェストゥスがエルサレムにやってくると、祭司長たちがパウロを改めて告訴しました。そして、パウロをエルサレムに呼び寄せていただきたいと頼んだのでした。以前も計画していたように、道の途中で待ち伏せしてパウロを殺すつもりだったのです。いや、もうすでに待ち伏せさせているんですよね(3節)。何も変わっていない、相変わらずの人々です。この二年間、彼らはずっと機会を伺っていたのでしょう。自分たちの立場を守ろうとするときに、人はものすごい執念を発揮するものだと思います。

ところが、彼らの思う通りにはなりませんでした。フェストゥスは、パウロの裁判はあくまでもカイサリアで行うという姿勢を崩さなかったのです。パウロは今カイサリアに監禁されているのだし、自分も間もなく出発するから、彼を訴えたいのなら私と一緒に来なさいと、彼は祭司長たちに言い渡したのでした。その後フェストゥスは一週間ほどエルサレムに滞在しただけで、通例よりも早くカイサリアに帰りました。裁判はしてやる。ただし、場所はカイサリアだ。ということですね。カイサリアに帰った翌日、フェストゥスは、さっそくパウロの裁判を始めました。

パウロは二年間監禁されていましたが、ここへ来てようやく物事が動き始めました。パウロにとってはひたすら待つだけの期間だったわけですが、それでも先週も触れたようにこの期間があったからこそルカが著作活動ができたという面もありました。意味のない期間はないのです。そして、新総督フェストゥスの裁判を受けたからこそ、今日の箇所にあるように彼はヘロデ王の前でも証しをすることになります。

<7節〜12節 パウロの弁明>
裁判の場にパウロが出てくると、エルサレムからやってきたユダヤ人たちがパウロを取り囲んで立ち、多くの思い罪状を申し立てましたが、それを証明することはできませんでした。当然です。パウロは何も悪いことはしていないからです。パウロは以前からずっと言ってきたように、「私は、ユダヤ人の律法に対しても、宮に対しても、カエサル(つまりローマ皇帝)に対しても、何の罪も犯してはいません」と弁明しました。9節、ここでフェストゥスが前任のフェリクスのような行動に出ます。ユダヤ人たちの機嫌を取ろうとした、と。どうも、総督というのはユダヤ人たちの機嫌を取ろうとする傾向がありますね。イエスさまを十字架につけたポンテオ・ピラトもそうでした。一度は、この人には十字架にかけられるような罪は見当たらないと言ったのに、群衆が「十字架につけろ」と叫び続けたので、騒ぎになることを恐れてそのようにさせたわけです。同じようにユダヤ人たちの機嫌を取ろうとして、フェストゥスは言います。「おまえはエルサレムに上り、そこでこれらの件について、私の前で裁判を受けることを望むか。」するとパウロは言いました。10節「私はカエサルの法廷に立っているのですから、ここで裁判を受けるのが当然です。閣下もよくご存じのとおり、私はユダヤ人たちに何も悪いことをしていません。もし私が悪いことをし、死に値する何かをしたのなら、私は死を免れようとは思いません。しかし、この人たちが訴えていることに何の根拠もないとすれば、だれも私を彼らに引き渡すことはできません。私はカエサルに上訴します。」上訴する、つまり訴えられているパウロが、さらにレベルの高い裁判を求めたということですね。カエサルというのはローマ皇帝のことです。エルサレムに戻るわけにはいかない。自分は聖霊に示されたようにローマに行って、そこでも証しをしなければならない。それがパウロの思いでした。そして、その願い通り、パウロはローマに送られることになりました。

パウロは自分の向かう方向をきちんと弁えていました。自分が目指すところは何なのか、そのためには今何をするべきなのか、きちんと分かっていたのです。「信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい(ヘブル12:2)」。自分が目指すところは何なのか。それはイエスさまであり、主が言われたことであるということ。私たちも、パウロと同じようにイエスさまから、そのみことばから、目を離さない者でありたい。そう願います。

<13節〜27節 フェストゥスとアグリッパ王>
さて、ユダヤの王ヘロデ・アグリッパ二世が妹のベルニケを連れて、新しい総督に挨拶するためにやってきました。アグリッパ二世は、あのヘロデ大王の曾孫に当たる人物です。ヘロデ王朝最後の王となりました。ベルニケはその妹になります。先週出てきたドルシラも、アグリッパ二世の妹です。

アグリッパとベルニケがカイサリアに滞在している間に、フェストゥスはパウロのことを話題に出しました。20節や26節、27節からわかるように、フェストゥスはパウロの扱いに困っていたのです。フェストゥスは話し始めます。前任の総督フェリクスが囚人として残していったパウロという人物について、祭司長たちやユダヤ人の長老たちが罪に定めるよう訴えてきたこと。ローマの裁判では被告人(訴えられている人)に弁明する機会が与えられないまま罪に定められることはないので、パウロの話も聞かなければならないということ。そして、その裁判はカイサリアで始まったこと。しかしユダヤ人たちの訴えの内容というのは、フェストゥスが予想していたような犯罪についてのものではなかったこと。19節、彼らが言い争っていることは、彼ら自身の宗教に関すること、また死んでしまったイエスという者のことで、そのイエスが生きているとパウロは主張しているということ。フェストゥスは、前任のフェリクスと違って、この道について詳しいわけではありません。しかし、見事なほどに端的にパウロの主張をまとめていますね。

フェストゥスがパウロに対して、エルサレムに行くことを望むかどうか確かめたのは、20節、このような問題をどう取り調べたらよいか見当がつかなかったからだといいます。実際は9節にもあったようにユダヤ人の機嫌を取ろうとしたということだったわけですが、見当がつかなかったから、よく分かってそうな人たちが大勢いるところに場所を移したかったというのもまた正直なところだったしょう。しかし、パウロはエルサレム行きを望まず、カエサルに上訴しました。つまり、皇帝の判決を受けるまで保護してほしいということです。ローマに行く前に、ここで死ぬわけにはいかない。ここで殺されるわけにはいかないからです。フェストゥスはその願いを無視するわけにはいきませんから、カイサリアで引き続きパウロを保護している、保護というよりも囚人として監禁し続けているという状況なのでした。

アグリッパ王は自分もその男の話を聞いてみたいと言い、翌日そのような場がセッティングされました。23節以降は大まかに見ますが、アグリッパやベルニケ、また千人隊長たちや町の有力者たちが揃った前でパウロが連れてこられます。フェストゥスは言いました。ユダヤ人たちが死刑に訴えているのはこの男である。しかし、彼は死罪に当たるようなことは何もしていない。彼が皇帝に上訴したので、私は彼をローマに送ろうと思うが、そもそも訴える理由がないので、皇帝に向けて何を書いたらいいのかわからない。囚人を送るのにその理由がないというのは道理に合わないおかしなことなので、みなさんの前で取り調べたい。ということでした。26章からは、パウロが王の前で証しをする場面になります。かつて、イエスさまがパウロについて言われたように、文字通り王の前で証しをすることになるわけですね(使徒9:15)。

<イエスが生きているということ>
今日の箇所を振り返ってみて、大切だなぁと思うのは、フェリクスがパウロの主張を「イエスが生きているというのです」とまとめたことです。イエス・キリストが生きている。これが一番大切なポイントです。イエスさまを信じる信仰というのは、イエスさまが私のために死んでくださったという悲しいお話ではなく、私のために死なれたイエスさまがよみがえって、今も生きているということなんですよね。イエスさまが今も生きているということは、私たちはこの方と語り合えるし、この方と共に生きていける。共に歩んでいけるということです。今の実際の私たちの生活に、イエスさまは関わってくださるということです。そして、フェリクスが言い表したように、まさにそのことが、まさにそれを信じていることがクリスチャンの特徴。クリスチャンをクリスチャンたらしめる内容です。クリスチャンというのは、イエス・キリストが十字架にかけられて死んだことを懐かしむ人ではなく、よみがえられたイエスさまと共に歩んでいる人。イエスさまと共に歩むこと、共に生きることを願う人のことです。イエス・キリストが何をした人なのかというのは、教科書にだって書いてあることです。誰もが知っていること。でも、クリスチャンはその方と共に歩むことを願う。そして聖霊の助けによってそのように生きていくんです。

今月から、月一の学び会で新しい本を読んでいきたいと思います。『霊的成熟を目指して』という本です。霊的成熟というのは、神さまとの人格的関係、分かりやすく言えば心と心が通い合う関係が深まっていくことだという趣旨の本です。私たちはイエスさまと共に歩みたい。生きておられるイエスさまと、心と心の通い合いをしながら歩みたいですよね。そのように成長させられていくことの励ましを受け取っていきましょう。


主は生きておられます。私たち一人ひとりの生活に関わってくださるお方です。この方と様々なことを語らいながら、共に歩み続けてまいりましょう。(詩篇68:19)


ーーー
今も生きておられて、私たちと共に歩んでくださる主イエス・キリストの恵みと
時間をかけてでも、私たちのためのご計画を進めておられる父なる神の愛
そして、主イエスと語らいながら歩むように励まし、導き続けてくださる聖霊の満たしと励ましが、
今週もお一人お一人の上に豊かにありますように。
アーメン

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【4/28】

使徒24:1〜27

「主に喜ばれること」


パウロがあちらこちらで証しをしている場面を読み進めています。エルサレムでユダヤ人たちを相手に、またサンヘドリンの議会で大祭司や律法学者たちを前に、そして今日の箇所ではカイサリアに場所を移して、総督の前で話をすることになりました。さっそく見ていきましょう。

 

<1節〜 テルティロの訴え>
パウロがカイサリアに着いてから五日後、大祭司アナニアが数人の長老たち、およびテルティロという弁護士と一緒にやってきて、パウロを総督に告訴しました。裁判に訴えたわけですね。このテルティロという人物は弁護士というよりも演説家です。おそらくギリシャ語の話せるユダヤ人で、アナニアが今回の裁判のために連れてきたわけです。そのテルティロがまず話し始めました。2節、3節「フェリクス閣下。閣下のおかげで、私たちはすばらしい平和を享受しております。また、閣下のご配慮により、この国に改革が進行しております。3 私たちは、あらゆる面で、また、いたるところでこのことを認め、心から感謝しております。」

これを聞くと、フェリクスがどれほど素晴らしい総督だったかと思ってしまいますが、聖書外の歴史書と突き合わせると、まったくこういう感じではなく、むしろ乱暴で無理やりな政治をしていたようです。つまり、これはテルティロによるお世辞であり、ごますりなんですね。千人隊長リシアが総督への手紙に書いたように、パウロには法に触れるようなことはありませんでしたから、訴えること自体が無理筋なんです。それで、演説の得意なテルティロを連れてきて、ごまをすって、総督を持ち上げているわけです。

テルティロは続けます。この男は疫病のような人間で、世界中のユダヤ人(つまり、エルサレムだけでなく各地に散らばっているユダヤ人コミュニティー)の間に騒ぎを起こしているのだと。つまり律法を守ってユダヤ人のようにならなければ救われないという従来の考え方を否定し、誰であっても、何人であっても、イエス・キリストを信じさえすれば救われるなどという教えを広めているということですね。「ナザレ人の一派」というのは、イエスさまがナザレで育ったナザレ人でしたので、クリスチャンたちはこう言われました。そして6節、この男は律法の教えの極みとも言える宮、つまり神殿さえも汚そうとしたのだということです。7節がないのは、新改訳聖書が翻訳の基準にしている写本にはこの節がないからです。でも別の写本には載っているということで、脚注に参考として載っています。テルティロのこの訴えに、大祭司らユダヤ人たちも口々に「そのとおりだ」と主張しました。一生懸命、自分たちの既得権益を守ろうとしているわけですね。そのような一生懸命さというのは、側から見たらとても滑稽です。自分達にも同じようなところがないだろうか、と思わされます。

 

<10節 パウロの弁明>
そして、パウロが話す番になりました。10節「閣下が長年、この民の裁判をつかさどってこられたことを存じておりますので、喜んで私自身のことを弁明いたします。」これはお世辞やごますりではなくて、事実を淡々と述べています。パウロは余計なことは言わないで、端的に、必要なことだけ話していきます。自分がエルサレムに帰ってきてからまだ十二日しか経っていないこと。そのうち五日間はカイサリアで裁判を待っていたわけですから、残り七日分ですが、その七日というのは彼が神殿で頭を剃る人の費用を出してやって、そのためのきよめの期間が七日間でした(21:27)。騒ぎはそれから起こっているのです。パウロ自身が騒動を起こすのは時間的にも無理な話でした。そもそも、神殿でも会堂でも町の中でも、誰かと論争したり群衆を煽ったりはしていないのですから、誰もそれを証明はできないはずだということです。

ただ、次のことは認めますとして14節です。「ただ、私は閣下の前で、次のことは認めます。私は、彼らが分派と呼んでいるこの道にしたがって、私たちの先祖の神に仕えています。」彼らが言うように、私はナザレのイエスを救い主として信じている。その道を歩んでいるということですね。ただ、それは先祖たちが守ってきた旧約聖書と矛盾しない。ユダヤ人を導いてこられたアブラハム、イサク、ヤコブの神を信じる信仰と矛盾しないということを主張しているのです。

 

14節後半「私は、律法にかなうことと、預言者たちの書に書かれていることを、すべて信じています。」パウロは他のユダヤ人たちと同じように、旧約聖書の内容をしっかりと信じていました。キリスト教というのはユダヤ教とは全く別の新しい宗教として始まったと言われることがあるかもしれませんが、全く別かと言うと、根っこは一緒ですよね。クリスチャンにとっても旧約聖書は正典、つまり信仰の基準です。そこは一緒。ただ、ユダヤ教の人々は、(旧約)聖書が預言している救い主を待ち続けているのに対して、クリスチャンはナザレのイエスこそがその救い主だった、イエスこそ旧約聖書が預言している通りの救い主だと信じているわけです。いかに大祭司たちが、パウロは聖書の律法を無視していると言っても、それは言いがかりであって、「この道」つまりイエスを信じる歩みと聖書の預言は矛盾しないわけです。むしろ、イエスこそ旧約聖書が預言していた救い主だということになぜ気づいてくれないのですかというのがパウロの思いだったのです。

そして15節「また私は、正しい者も正しくない者も復活するという、この人たち自身も抱いている望みを、神に対して抱いています。」これも、クリスチャンの信仰とパリサイ派の信仰が矛盾していない点でした。先日も触れましたが、パリサイ派のユダヤ人たちも死者の復活を信じていました。それはダニエル書や詩篇などにそういう記述があるからですね(ダニエル12:2、詩篇16:10など)。パウロも同じだった。そして、その通りにイエスさまはよみがえられました。それは初穂であって、イエスさまを信じる者たちも同じように復活するわけです。パウロはそこまで信じているわけですが、死者の復活について信じているということ自体は、律法の通りであり、旧約聖書の通りであって、新しい別の教えを広めて混乱を起こしているわけではないということをパウロは繰り返し弁明しているわけです。15節、16節はあとでまた触れます。

17節から21節は、五日前に神殿で何があったのかをもう一度説明しています。テルティロが言ったような騒動はなかったし、宮を汚したなんてことはありませんでした。19節、「ただ、アジアからきたユダヤ人が数人いました。」そうでしたよね。パウロが異邦人教会代表の一人であるトロフィモを宮の中に連れ込んだ、異邦人は入れないエリアにまで連れ込んだと勘違いして、大騒ぎを起こした人たちです。パウロはそのことを振り返り、「私に対して何か非難したいことがあるなら、彼らが閣下の前に来て訴えるべきだった」と言います。そもそも騒ぎ出したのは彼らだったのですから。総督に訴えるのなら、彼らが来るべきだと。

そうでないなら、20節、「ここにいる人たち(大祭司アナニアやテルティロたち)」は、最高法院(サンヘドリン)の場で私にどんな不正があったかについて言うべきです、と。彼らは最高法院の場でのパウロしか見ていないわけですから。しかし、そこでもパウロは不正なことはしていない。ただ、「死者の復活のことでさばかれている」と叫んだだけだ、と。そうでしたよね、そうしたらパリサイ派の人たちとサドカイ派の人たちが勝手に争い出しただけでした。

パウロはこのように、冷静に物事を振り返って表現できました。自分を訴える人たちが逆上している中で、自分は冷静に、淡々と、語るべきことだけを語ることができました。これは聖霊の助けがあったのだと思います。「言うべきことは、そのときに聖霊が教えてくださる。」(ルカ12:12)これは文脈としては、王や裁判官の前で、どう弁明しようかと悩まなくていいということです。11節から読むと、「また、人々があなたがたを、会堂や役人たち、権力者たちのところに連れて行ったとき、何をどう弁明しようか、何を言おうかと心配しなくてよいのです。言うべきことは、そのときに聖霊が教えてくださるからです。」となります。パウロはローマ帝国から派遣されたユダヤの総督という、いわば王や裁判官のような立場の人の前で自分の信仰を弁明しています。まさにこのみことばが実現しているのです。私たちはそのような場面に遭遇することはなかなかないとは思いますが、もしそのようなときには、聖書にこう書いてあることを思い出してください。また、聖霊がそうやって助けてくださるのなら、なおさら、身近な人たちへの証しについても助けてくださるはずです。私たちはイエスさまの証人とされているのだからです(使徒1:8)。それは私たちたちの口が自動的に動いて、素晴らしい証しをするということではありません。私たちの話し方を聖霊が用いてくださるということです。だから、安心して、自分自身のことばで話していけばいいのです。

 

<22節 フェリクス、死後のさばき>
さて、22節からですけれども、「フェリクスは、この道についてかなり詳しく知っていた」とあります。なんと、フェリクスはナザレのイエスを救い主として信じる道、その信仰についてかなり詳しく知っていたというのです。だから、裁判を延期してしまいました。そして23節、パウロを監禁するように命じたのです。その間もパウロにはある程度の自由を認め、仲間の者たちが彼の世話をすることを許しました。つまりは、制限なしに延期したのです。千人隊長リシアが来たらなどと言っていますが、彼から手紙付きで託されたわけですから、彼を待つ理由はないのです。フェリクスは適当な理由をつけて裁判を延期したのでした。

彼が裁判を延期した理由は二つあったようです。一つは、自分も聞いたことがあったこのイエス・キリストを信じるという信仰について、もう少し聞きたいと思ったようなのです。24節、「フェリクスはユダヤ人である妻ドルシラと共にやってきて、パウロを呼び出し、キリスト・イエスに対する信仰について話を聞いた。」このドルシラという人は、十二使徒ヤコブを殺したヘロデ・アグリッパ1世の娘で、この後出てくるヘロデ・アグリッパ2世の妹にあたります。彼女はシリアの王の妻だったのですが、フェリクスが強制的に離婚させ、自分の三番目の妻にしたという、そういう二人でした。公然と、堂々と不倫をしていたのです。フェリクスはドルシラと共にパウロを呼び出して話を聞きます。自分たちの結婚に多少でも後ろめたさがあったのか。各地で話題となっているこの道について、どんなものなのか興味があったということか。だから、パウロからイエス・キリストの話を聞くために裁判を延期したということが、一つ目の理由だったようです。

 

25節、「しかし、パウロが正義と節制と来たるべきさばきについて論じたので、フェリクスは恐ろしくなり、『今は帰ってよい。折を見て、また呼ぶことにする』と言った。」パウロは「正義と節制と来るべきさばき」について語りました。神の律法は正義を大切にしますし、節制(欲望のままに生きるのではなく、自分を律すること)も大切にします。人の妻を奪ったフェリクスには耳の痛い話でした。そして「来るべきさばき」があるとも。これが先ほどの15節、16節と重なってきます。

人は誰であっても死後に復活してさばきを受けます。ヘブル9章27節「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている。」死後にさばかれるというと、閻魔大王に天国行きか地獄行きかを決められるというようなイメージがありますが、救いは死後ではなくて、生きている間に、イエスさまを信じたときにすでに受けられるものです。では聖書が「死後にさばきを受けることが決まっている」というのはどういうことか。生きている間の行いについて、私たちは神さまに対して申し開きをしなければならないということです(ローマ14:10、Ⅱコリント5:10)。それは救われていたとしても変わらないのですね。救われているなら、罪に定められることは決してありません。そこはいくら強調しても足りないくらいに、安心してください(ローマ8:1)。同時に、だからと言って、自分の悪い行いを改めないでいるというのはもったいないのです。いのちをかけて私たちを愛してくださったイエスさまへの応答として、私たちは自分自身を神さまに捧げたい。主に喜ばれる生き方をしたいではないですか。このさばきの座に立つときにも、主に喜ばれたいではないですか(Ⅱコリント5:9-10)。私たちは主に喜ばれることを願う。私たちは主に喜ばれたい。これが大事なんです。義務感とか恐れからではなくて、私たちは、私たちを愛してくださった主に喜ばれたい。だから、パウロは16節のように言うのです。「私はいつも、神の前にも人の前にも責められることのない良心を保つように、最善を尽くしています。」これは救われるために何か良い行いが必要ということではないですよ。救いは、イエスさまを信じることだけによります。その上で、主に喜ばれる生き方をしたいから、そのために最善を尽くしますということです。それは努力とか、良い行いをしなければという義務感ではなくて、喜んで捧げるささげものです。こういう自分になりたいと思ったら、そのために最善を尽くしますよね。それと同じです。自分の生き方を変えるんです。

こういう話を聞いて、フェリクスは恐ろしくなり、「今は帰ってよい。折を見て、また呼ぶことにする。」と言ってパウロを帰しました。救われることを願う方向には行かなかった。自分の生き方を変えることが恐ろしかったのだと思います。

26節、同時に、彼にはパウロから金をもらいたいという下心がありました。それが裁判を延期した第二の理由でした。彼は何度もパウロを呼び出して語り合ったということですが、彼が自分の生き方を変える気になることは、ついぞなかったようですね。27節、彼はパウロを二年間もそのままにしておきました。自分の任期が終わり、次の総督に交代することになった時も、フェリクスはパウロを監禁したままにしておいたのです。

<無駄ではなかった二年間>
パウロはこの二年間、何回もフェリクスと話し合いましたが、その実が実ることはありませんでした。ではこの二年間は無駄だったのかというと、そうではありません。フェリクス夫妻がこの後どのように生きたのかを知る手立てはないですが、種を蒔いたことには意味があります。どこかでみことばを思い出したならよかったなと思いますね。

 

また、カイサリアの町である程度の自由が認められていたのですから、百人隊長のコルネリウスやピリポとも交流することができたでしょう。ピリポの娘たちの預言の通りに異邦人に囚われたことを振り返りつつ(21:8-14)、今後主が何をなさろうとしておられるのか、祈り求めたことでしょう。また、医者のルカですね、彼は第三次宣教旅行の帰り道からパウロに再合流していたわけですが、彼も一緒にローマに向けて出発することになるんです(27:1-2)。つまり、まだ彼はパウロと一緒にカイサリアに来ているんです。ルカはこの二年間の間に、ルカの福音書を書く準備をしたのではないかと言われます。ルカの福音書の冒頭には、ルカがすべてのことを順序立てて詳しく調べたと記されています。彼は恐らくこの二年の間に、エルサレム教会の使徒たちをはじめ、いろんな人に話を聞いて回ったのではないでしょうか。また、パウロの旅の様子を振り返って記録したのでしょう。聖霊がそのように導かれました。だからこそ、私たちは今、ルカの福音書や使徒の働きを読むことができます。

 

私たちも、無駄に思えるような長い期間を過ごしていることがあるかもしれません。でも、そこにも神さまのご計画がきっとあることを忘れないでいてください。

<死後のさばきについて、もう一度>
また、今日は誰もが受ける死後のさばきについても触れました。大切なことで誤解のないようにと思いますから繰り返しますが、これは死後に救われるか、救われないかが決まるということではありません。救いはイエスさまを信じたときに受け取るものです。そして、救われたものは罪に定められることは決してありません。イエスさまを信じている人は、そこが揺らいでしまうことがありませんように。ローマ書8章1節にはぜひ線を引いておいてください。それと同時に、私たちはこの肉体で生きている間の行いを神さまに申し開きしなければなりません。それは恐ろしいことではなく、厳粛なことです。大事にするべきこと。パウロはコリントの教会に向けて手紙を書いていました。「そういうわけで、肉体を住まいとしていても、肉体を離れていても、私たちが心から願うのは、主に喜ばれることです。」私たちは、主に喜ばれる生き方をしたい。主を喜ばせる生き方をしようとすればするほど、私たちは空回りし、自分の力で救いを得たかのように勘違いをしたり、もしくは自分の救いに自信がなくなってしまったりということが起こります。しかし、救いは確かなものです。私たちは救われた者として、心からの応答として、主に喜ばれる生き方をしたい。そして、その生き方は聖霊が与えてくださる。私たちをそのようにつくりかえてくださる。私たちを成長させてくださる。だから、神さまを喜ばせる生き方ができないといって落ち込んだり、自分の救いを疑ったりしないでください。神さまを喜ばせる生き方ができない私たちだからこそ、イエスさまが十字架にかかって救いを成し遂げてくださったのですから。あなたはそれほどに神さまから愛されているんです。大切に思われているんです。聖霊は必ず私たちを成長させてくださいます。主にお委ねし、主のことばに期待して、これからも歩み続けていきましょう。(Ⅱコリント5:9)

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【4/21】

使徒23:1〜35

「勇気を出しなさい」


使徒の働きの続きを読んでいきましょう。パウロは今度は最高法院に連れて行かれ、そこでも弁明をすることになりました。

最高法院というのは、サンヘドリンと呼ばれるユダヤの議会です。ユダヤはローマ帝国の属州であり、ユダヤを治めていた最高権力者はローマの総督なわけですが、ローマ帝国は属州独自の宗教は認めていましたので、ユダヤにおいては大祭司を頂点とする独自の議会が存在していました。その他に、もちろん形だけのヘロデ王もいるわけですが、神殿を中心としたユダヤ人社会の宗教生活をとりまとめるのはサンヘドリンだったわけです。イエスさまもこのサンヘドリンの議会にまず連れてこられました。しかし、サンヘドリンには囚人を死刑にする権限はなかったので、彼らは総督ピラトのところに出向いて「この男を十字架につけろ」と要求したわけですね。当時の大祭司はカヤパ。さらに引退した大祭司アンナスという人物もいました。今はあれから時代が進んで、アナニアという人物が大祭司になっていました。ヨセフスという歴史家が書き残しているところによると、このアナニアという大祭司は特にがめつく、意地汚い人物だったということです。献金を自分のものとしたり、ローマの総督に賄賂を渡したりしていたようです。

さて、パウロはサンヘドリンの前で弁明を始めます。彼はクリスチャン迫害のときにサンヘドリンで賛成の投票をしたと、後に別の箇所で明言しています(使徒26:10)。つまり、彼も昔、サンヘドリンのメンバーだったのです。かつての仲間たちに向けて、彼は弁明を続けます。「兄弟たち。私は今日まで、あくまでも健全な良心にしたがって、神の前に生きてきました。」これは、自分は神の前に罪がないということではないです。パウロは自分が罪人であることをよく理解していますので。これは、自分は律法を守ってユダヤ人として生きてきたし、これからもそうだということですね。彼は異邦人がユダヤ人のように律法を守らなければ救われない、つまりユダヤ人のようにならなければ救われないというのはおかしいと言っていたわけですが、ユダヤ人がユダヤ人として律法を守ることは当然ですし、パウロ自身もそのように生きていました。だからこそ、エルサレムに戻ってきたときに、ナジル人としての請願を立てるために髪を剃る人たちの費用を出してやったりもしたわけですね。彼は宣教旅行の間も基本的にユダヤ人の会堂を拠点にしましたけれども、それは自分自身が安息日の礼拝を守るためでもありました。彼は律法を守りながら生きてきた。異邦人にそれを強制してはいけないと言ってきたけれども、彼自身はユダヤ人として律法を守りながら生きてきたのです。そのことを言っています。

しかし、その言葉、その表現は大祭司の怒りを買いました。大祭司はパウロの口を打つように命じます。そのような言説は許さないということですね。しかし、パウロは反論します。「白く塗った壁よ、神があなたを打たれる。あなたは、律法にしたがって私をさばく座に着いていながら、律法に背いて私を打てと命じるのか。」律法によると、二人、三人の証言があって有罪であることが確かめられてから、そこではじめて罰を与えることができました(申命記19:15)。まだ有罪と決まったわけではないのに、刑罰を与えてはいけないわけです。アナニアがそのプロセスを無視して、いきなり罰を与えようとしているのは不当だと、パウロは主張したのです。かつて、イエスさまも大祭司アンナスの前で「大祭司にそのような答え方をするのか」と平手打ちをされたときに、「わたしの言ったことが悪いのなら、悪いという証拠を示しなさい。正しいのなら、なぜ、わたしを打つのですか。」と言われました(ヨハネ18:23)。不当なこと、正しいプロセスが踏まれていないことには、きちんと抗議をするべきですね。

「白く塗った壁」という表現も、イエスさまが言われたことばに似ています。イエスさまは律法学者やパリサイ人たちに向けて、「おまえたちは白く塗った墓のようなものだ。外側は美しく見えても、内側は死人の骨やあらゆる汚れでいっぱいだ。」と言われました(マタイ23:27)。パウロはその話を他の使徒たちから聞いていたのでしょうね。

さて、大祭司に対するパウロのこの物言いが周りの反感を買いました。4節「あなたは神の大祭司をののしるのか。」この人たちにとっては、律法に則って裁判が進んでいるかどうかというのはどうでもよくて、大祭司が偉い、大祭司の言うことをただ聞いていれば良いという自分たちの文化が大切だったようです。神のことばである律法がどう扱われていようが、そんなことはどうでもよくて。正しいことが正しくなされていようが、いまいが、そういう本質的なことはどうでもよくて、とにかく自分たちが普段している通りに物事が進むことが大切だった。そして、ひたすら大祭司のご機嫌を取ろうとするわけです。こういう人たちは、残念ながらいますよね。また同時に、時として自分がそうなっていることに気付かされることもあるわけですが。

パウロは答えます。5節、「兄弟たち。私は彼が大祭司だとは知らなかった。確かに、『あなたの民の指導者を悪く言ってはならない』と書かれています。」これは出エジプト記の引用です(22:28)。そして、彼が大祭司だとは知らなかったというのは、これはパウロの皮肉なのか、それとも本当に知らなかったのかもしれません。大祭司は結構数年で交代しているんですね。しばらく外国を回って旅をしていたパウロは本当に知らなかったのかもしれません。でも、この時アナニアはそれなりの席についていたでしょうし、いかにしばらくエルサレムやサンヘドリンから離れていたとは言え、パウロにアナニアが大祭司だと認識できなかったというのは考えにくく、やはりこれはパウロの皮肉なのだと思われます。アナニアが歯ぎしりする様子が目に浮かぶようです。

<6節〜 ここで捕まるわけにはいかない>
ところで、パウロには明確な目的地がありました。ローマです。彼は聖霊に示されてローマ行きを決意していました(19:21)。今、彼はローマの千人隊長のもとにいるわけですが、これはこのままローマでの裁判を希望すればローマに護送してもらえる状況でもあるわけで、ここでサンヘドリンに裁かれて有罪になるわけにはいかないのでした。

パウロは、サンヘドリンの弱点を突きます。サンヘドリンの議会ではパリサイ派とサドカイ派の二派が対立していたのです。8節にあるように、サドカイ派の人たちは復活も御使いも霊もないと言い、パリサイ派はいずれも認めていました。そして、パウロはパリサイ派だったのです。パリサイ派のガマリエルに教えられて育ちましたし、彼はパリサイ派のユダヤ人という自覚を持っていました。よく、イエスさまがパリサイ人をこてんぱんに言っているので、パリサイ派とかパリサイ人と聞くと「良くない人たち」というイメージがありますが、問題は当時のパリサイ人たちの行いであって、パリサイ派の教えそのものは、復活の信仰とも矛盾がないものだったのです。パリサイ派の人たちは復活も信じていましたし、人は立場に関係なく、律法を守ることで正しい生活を送ることが出来ると信じていました。だからこそ、それを細かく規定して人々に押し付けつつ、自分のことは棚に上げていたようなパリサイ人というのも大勢いたのであり、イエスさまはそういう人たちを批判したわけですね。

さて、パウロはこう叫びました。6節「兄弟たち、私はパリサイ人です。パリサイ人の子です。私は死者の復活という望みのことで、さばきを受けているのです。」

パウロにとっては、死者の復活というのはキリストが初穂であるがゆえのという、イエス・キリストの復活が土台にあるものです。イエスさまを信じていないパリサイ人たちにとっては、まだそこまで明らかにはされていないことでしたが、それでも、彼らは旧約聖書から、ダニエル書(12:2)や詩篇(16:10)などから復活のことを信じていました。しかも、サドカイ派の人たちへの対抗意識が強くありましたから、「私は死者の復活という望みのことで、さばきを受けている」と言われたら、一気にパウロに加勢したくなったのですね。良くも悪くも単純な人たちでした。パウロはこの状況をうまく利用することができました。自分を責める人たちが、サッと賛成の側に回ってくれたのです。私たちも、周りは敵だらけだと思わないで、自分のことを分かってくれる人はいないと思わないで、この点なら分かってもらえる、この点なら協力してもらえるということを見つけていければいいですよね。もっとも、彼らはパウロを弁護したというよりも、サドカイ派の人たちに対抗していただけだったかもしれませんが、それでも9節ではパウロを弁護するようなことも言っています。とにかく、論争はますます激しくなりました。そしてパウロはその騒ぎの中からまた兵隊たちによって引き出されたのでした。

<11節 勇気を出しなさい>
立て続けに大きな騒動に巻き込まれて、パウロは疲れていたと思います。彼は兵営の中でどのように過ごしたのか。疲れ切って眠っていたでしょうか。するとそこに主が来てくださった。御使いではなく、イエスさまご自身が来てくださったということです。聖霊として来てくださっているということでもなくて、これは本当に特別なことでした。主は言われました。「勇気を出しなさい。あなたは、エルサレムでわたしのことを証ししたように、ローマでも証しをしなければならない。」

「勇気を出しなさい。」「恐れてはならない。」これはイエスさまの言い方ですよね。あの嵐の湖で、荒れ狂う波の中で、イエスさまは「どうして怖がるのか、信仰の薄い者たち。」と言われました(マタイ8:26)。これは、恐れるなんてダメだ、そんなのは信仰失格だという意味ではありません。私たちの信仰が薄いこと、私たちが恐れる者であることをよく知ってくださった上で、わたしを信頼してごらんという招きなんですよね。イエスさまは、私たちを招いてくださっている。信頼関係を学ぶためのアクティビティにこういうのがありますよね。一人が目を瞑って、胸のところで腕を交差させて立ちます。その背後には三、四人以上の人たちが待ち構えていて、その人が倒れてきてもしっかりと支えてくれるわけです。倒れる方には勇気が必要です。目を瞑っていますし、後ろ向きに倒れるなんて恐怖でしかない。でも、仲間を信頼して倒れてみるんです。人間同士のアクティビティでも大丈夫なんだから、ましてやイエスさまに向けて、私たちは倒れこんで大丈夫だし、イエスさまの方から「倒れ込んでごらん」と声をかけ続けてくださっている。イエスさまはこうも言われました。「(あなたがたは)世にあっては苦難があります。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝ちました。」(ヨハネ16:33)主はさらに、今回、特別に声をかけてくださった。「勇気を出しなさい。」主は私たちにも、御声をかけてくださいます。「あなたは、エルサレムでわたしのことを証ししたように、ローマでも証しをしなければならない。」と。エルサレムで立て続けに騒動に巻き込まれたこと、そこでパウロが懸命に証しをしてきたことを主はご存じでした。全部主は知っていてくださる。そして、かつてご自身が示されたローマ行きについてもしっかりと覚えていてくださった。神さまは、かつて私たちに語りかけてくださったことを覚えていてくださるお方です。みことばの約束は変わらないのです。

また、ここで「その夜」という表現に注目したいと思います。この同じ表現がこれまでも何回か出てきました。第二次宣教旅行ではじめてヨーロッパに渡る時、一人のマケドニア人が「渡って来て、私たちを助けてください。」と懇願する幻を見た時。16章9節です。そしてもう一回は同じく16章で、牢に入れられていた時。大きな地震が起こって牢の扉が開いてしまい、そのことで看守とその家族が救われたという時ですね。看守が救われた場面の33節に「その夜」とありました。夜というのは、暗いだけでなく、寒くもあり、闇に包まれている時間帯なわけです。しかし、その闇の中でこそ与えられる幻があり、神さまの奇跡がある。そして今回の「勇気を出しなさい」というお声がけ。これもまた夜に起こった出来事でした。私たちも、人生の夜というか、暗くて怖い思いをしているということがあるかもしれません。でも、そこにイエスさまが来てくださる。そして、勇気を出しなさいと声をかけてくださり、共にいてくださる。主が共にいてくださるから、たとい死の陰の谷を歩もうとも私はわざわいを恐れません、と歌ったダビデのように、私たちも安心して歩むことができます。

<12節〜>
12節からは大まかに見ていきますが、四十人もの人たちがパウロの命を狙っていました。パウロを殺すまでは飲み食いしないと呪いをかけて誓い合ったこの人たちは、祭司長たちにパウロを兵営から呼び出すように言い、自分たちは待ち伏せしてパウロを襲う手はずを整えました。ところが、そのことをパウロの甥が耳にして、彼は兵営の中に入ってパウロにそのことを告げたのです。パウロの甥はどうやって兵営に入ったのでしょうね。まあ、おじさんの命が危ないということで、何とかして忍び込んだということでしょうか。彼はパウロ、そして百人隊長を経由して、千人隊長にこっそりと話をすることができました。そして、今兵営で保護されているパウロが殺されそうになっていること、そのために祭司長たちがパウロを呼び出すことになっているということを伝えたのです。自分が保護している人物が途中で殺されたなどということになれば、これは千人隊長の責任問題になります。彼は「このことを私に知らせたことは、誰にも言うな。」と命じて、パウロの甥を帰しました。クラウディウス・リシアという名のこの千人隊長は、その日の夜のうちに厳重な護衛付きでパウロを送り出したのでした。歩兵二百人、騎兵七十人、槍兵二百人に囲まれて、パウロはまずエルサレムから50kmのアンティパトリスへ向かい、そして翌日、騎兵たちに守られてカイサリアに送られたのでした。このリシアという千人隊長は自分の職務をただただこなしたわけですが、彼を用いて神さまはパウロをエルサレムから脱出させてくださったわけですね。私たちも、自分が今あるのは誰かのおかげ。誰かが自分の役割をしっかり果たしてくれたおかげ。神さまが誰かを用いてくださったおかげだということを、折に触れて思い出せたらいいですね。

カイサリアはエルサレムから100kmほど離れています。以前も触れましたが、カイサリアはローマ帝国にとってのユダヤの州都で、総督は普段はここにいるのでした。34節、総督フェリクスは、千人隊長の手紙を読みました。そしてパウロがキリキア出身、つまり総督の管轄内の出身だということを確かめて、裁判を行うことを認めました。五日後、大祭司アナニアが自らカイサリアにやってくることになります(24章)。

このようにして、パウロの裁判の場所はエルサレムから総督がいるカイサリアに移りました。彼はこれまでも、その都度その都度、弁明をし、証しをして来ました。イエスさまは使徒の働きのはじめに、「あなたがたは地の果てにまで、わたしの証人となる」と言われましたし(1:8)、パウロに関しては「あの人はわたしの名を、異邦人、王たち、イスラエルの子らの前に運ぶ、わたしの選びの器です。」と言っておられます(9:15)。このようにして、主のみことば、そのご計画は徐々に実現していくのです。

その途上で、私たちは疲れ果ててしまうこともあります。それでも、主が「勇気を出しなさい」と声をかけてくださる。そして、共にいてくださいます。その御声を、聞き逃すことがありませんように。(ヨハネ16:33)

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