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20230205(使徒6:8〜15)ステパノ①
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テキスト版

【2/5】

使徒6:8〜15

「ステパノ①」

このひと月、東京の久遠教会の年間聖句のメッセージを聞いてきましたけれども、私たちも久遠のひと枝として、神の宮を整えるということを意識しつつ歩んでいきたいと思います。神の宮である自分自身を整え、また、この関西集会を整えていきましょう。

さて、久しぶりになりますが、使徒の働きの続きを読んでいきます。

聖霊が降って力を受けた弟子たちは復活の主イエスを宣べ伝え、大勢の人がイエスさまを救い主として信じて教会は大きく成長していきました。反対勢力だったはずの祭司たちまで、次々と信仰に入ったほどでした。また、人数が増えていっただけでなく、初代教会の特色とは互いに助け合う生活にもありました。自発的な捧げものが必要に応じて分けられており、教会共同体の中で貧しい者は誰もいなかったといいます。しかし、それでも人の集まりですから、やがていざこざが生まれてきます。日々の配給に不公平があるという苦情が出されたのです。それを解決するために、使徒たちから任命されたのが七人の執事たちでした。その中の一人が、ステパノという人物です。初代教会最初の殉教者と呼ばれる人です。殉教者というのは、信仰を守るために亡くなった人のことですね。6章、7章を通して彼がどのように生きたか、そしてどのように死んだかを読んでいくことになります。

<8節>
彼は「恵みと力に満ち、人々の間で大いなる不思議としるしを行って」いたとあります(8節)。つまり、人々の前に出ていって大胆にイエス・キリストの証しをしていたのです。彼に任された仕事は食事の配給に関することでしたから、忠実にその仕事をしましたけれども、3〜5節に「御霊と知恵に満ちた、評判の良い人たち」、また「信仰と聖霊に満ちた人」とあったことからも、彼にはもともと人々の前に出ていって、イエス・キリストを証しする賜物があったのだと思います。使徒たちは、みことばと祈りに専念するとありましたが、執事たちは食事の配給に専念していたわけではありません。与えられた役割は果たしつつ、もともと自分に与えられている賜物をもしっかりと理解していて、それを用いていたということでしょう。ステパノだけでなく、後にピリポのことも出てきます。

 

自分に与えられている賜物を理解しておくのは大切なことです。私たちには、性格であったり、特技であったり、様々な賜物が与えられています。自分には短所しかないという人がいたとしても、それは長所を別の角度から見ただけだと思います。たとえば、ある人の性格が心配性すぎると見えたとしても、それは用心深さとか、慎重さだと理解すれば長所なんですよね。自分自身をしっかり理解して、その自分を最大限、神さまのために、人のために、用いていけたらと思います。

タラントのたとえを思い出します(マタイ25:14-30)。しもべたちは、主人から任されたお金(これはタラント、つまり賜物のことです)を用いたのか、それとも隠しておいたのかが問われました。神さまから与えられている賜物、タラントは、神さまのために、人々のために、積極的に用いていくことを神さまは喜ばれるわけですね。

 

ステパノもそのように、自分の賜物を理解していたのだと思います。自分に任されたことはもちろんやったでしょう、そしてなおかつ、自分にできること、自分がやるべきこととして、イエス・キリストを宣べ伝えていたのです。

 

<9節〜10節>
ところが、ステパノが語り、また不思議としるしで証明していたその内容に対して、議論を吹っかけてくる人がいました。ここに載っている人たちはみな、外国育ちのユダヤ人です。バビロン捕囚をきっかけにユダヤ人は世界中に離散していき、それぞれのところで生まれ育ち、生活していくユダヤ人が増えていました。離散という意味で「ディアスポラ」のユダヤ人と言います。外国育ちでヘブル語を使わず、ギリシャ語を使うユダヤ人です。そして、ステパノ自身もそうでした。ステパノだけでなく、この7人の執事たちはみなディアスポラのユダヤ人です。だからこそ、6:1でディアスポラのユダヤ人たちから苦情が出たときに、その問題解決のために彼らが適任だと任命されたわけですね。そして、今回ステパノに議論をふっかけてきたのもディアスポラのユダヤ人たちでした。

 

ディアスポラのユダヤ人たちには、ユダヤ育ちのユダヤ人たちに対する競争心のようなものがあったと思われます。実際、見下されているようなところがあったでしょう。だから1節のようなことが起こったわけです。

 

彼らは、エルサレムのユダヤ人が次々とイエスさまを救い主として信じていく状況を目の当たりにしていて、あいつらはけしからんと常々思っていたのでしょう。そういう状況の中で、このリベルテン会堂に所属するディアスポラのユダヤ人たちが、「あなたはどう考えているのだ、ステパノ」ということで、議論をしかけてくる。あなたも我々と同じディアスポラではないか。我々はユダヤ育ちのやつらからは少々見下されているじゃないか。彼らと同じものを信じてしまっていいのか?という、仲間意識というか、縄張りや派閥意識でステパノを丸め込もうとしている場面なんですね。

しかし10節、ステパノが語るときの知恵と御霊に対抗することはできませんでした。十字架で死んだイエスが救い主のわけがないという人たちに向けて、いや、あの十字架で死なれ、よみがえったイエスこそ救い主なのだと、ステパノは堂々と語り、誰も言い負かすことはできなかったのです。ここの表現、以前の翻訳だと「彼が知恵と御霊によって語っていたので、それに対抗することができなかった。」となっていましたが、ステパノの語りというよりも、ステパノがより頼んだ聖霊の力、聖霊の知恵に対抗できなかったわけですね。原語のギリシャ語もそうなっています。ステパノ自身が強かったというよりも、聖霊の力、聖霊の知恵がすごかった。彼らは、ステパノが語るときの、聖霊による知恵に対抗することができなかったのです。

<証し>
イエス・キリストを信じる時に、私たちも自分の所属している社会やグループから「お前、本当にそれでいいのか」と引き止められるということが起こります。特にこの日本ではそうでしょう。日本は宗教には寛容だと言われますが、自分たちと同じようであれという同調圧力が強いわけです。イエス・キリストを救い主として信じる信仰は角が立ってしまう。それでは困るから、私たちと同じようであれと迫ってくるわけですね。そのように迫られたとしても、彼らの信じるものをこちらから否定する必要はないのですが、私たち自身はしっかりと立っている必要があります。十字架で死んでよみがえられたイエスさまこそ、私たちの救い主です。ここが揺らいではいけない。

 

また、この時のステパノのように対立の場面でなくても、私たちには自分の信仰を証しする時が訪れます。礼拝の中で証しをすること、聞くこともありますが、未信者の人に対して自分の信仰を説明するタイミングというのもありますよね。そんな時に、私たちは自分の力で熱弁しようとしなくていい。私たちの内に住んでおられる聖霊が証ししてくださることに信頼しましょう。それは何も、聖霊が語ってくださるから私は話しませんと口を閉せという意味ではありません。聖霊が弟子たちの語彙や表現方法を用いられて聖書が記されていったように、聖霊は私たちの口癖や記憶、表現方法を用いてくださいます。祈りつつ、委ねつつ、自分の言葉で丁寧に語っていけばいいのです。主がそれを用いてくださいます。「言うべきことは、そのときに聖霊が教えてくださる」とある通りです(ルカ12:12)。

 

証しといえば、角川書店から『証し 日本のキリスト者』という本が出されまして、分厚くて少し高めなんですけど、教会として買わせていただきましたので、皆さんで回し読みか何かができたらと思います。立派な装丁の本です。宗教というものが危険視される時代にあって、一般の出版社からこのような本が出ることに驚きました。やはり信仰を求める人は多い。クリスチャンの証しを聞きたいと願っている人は多いということだと思います。私たちも、自分自身のことばで証しをするということを大切にしたいですね。

<11節〜>
さて、ステパノを言い負かすことができなかった彼らは、ステパノがモーセと神を冒涜したという噂を流します。ディアスポラのユダヤ人たちも、旧約聖書は信じているわけです。モーセといえば旧約聖書の代表格の人で、彼がイスラエルの出エジプトを導き、律法も彼を通して与えられました。聖書の初めの五書はモーセ五書と呼ばれ、聖書の土台のような位置付けになっています。彼らはただ「神を冒涜した」と言わず、モーセのことまで持ち出して、人々の愛国心に訴えたのですね。ステパノというやつは、ユダヤ人としてとんでもないやつだ!というわけです。

 

もっとも、モーセも救い主が来られることを預言していたわけですし(7:37、申命記18:15)、福音書の中にはモーセとエリヤがイエスさまと語り合う場面も出てきます(マタイ17:3)。ユダヤ人としてモーセを尊敬しつつ、ナザレのイエスを救い主として信じるというのはなんの矛盾もないことでした。実際に、そのようにイエスさまを信じるユダヤ人が今は増えています(メシアニック・ジュー)。しかし、当時はイエスを信じることと旧約聖書を信じることはイコールにならなかったわけですね。12節、彼らは民衆と長老たちと律法学者たちを扇動して騒ぎを大きくし、ステパノを襲って捕らえ、最高法院に連れていきました。たった一人をめがけて、町中の人を焚きつけて、議論で勝てないので集団による暴力に訴えていったわけですね。

 

ステパノが連れて行かれた最高法院というのは、サンへドリンといってユダヤの議会です。イスラエルの国はこの頃ローマ帝国の支配下にあって、ローマから総督が派遣されていたわけですが、ユダヤ人たちの宗教社会を牛耳るためのユダヤ人の議会というのもありました。死刑などの決定権はローマの総督にあり、だからサンヘドリンの議員たちは総督ポンテオ・ピラトのもとに出向いて、イエスさまを死刑にするように求めたという事情がありました。そう、ステパノが連れてこられたのは、イエスさまの死刑をピラトに願った人たちが集まっているところでした。ここにかつて、ペテロやヨハネも連れてこられたわけです。

 

そして裁判が始まりました。ステパノを陥れた人々は偽りの証人たちを立たせ、13節、14節のように言わせました。「この人は、この聖なる所と律法に逆らうことばを語るのをやめません。『あのナザレ人イエスは、この聖なる所を壊し、モーセが私たちに伝えた慣習を変える』と彼が言うのを、私たちは聞きました。」これは全くの嘘だったというよりも、恐らくステパノは似たようなことを言ったのだと思われます。なぜなら、イエスさまが語っておられたことだったからです。律法というのは、モーセがシナイ山で神さまからいただいた掟ですね。掟というか、神の民の生き方のガイドです。それは本来は大切なものです。ただ、律法学者たちというのは、その律法そのものというよりも、律法に関する細かい細則をたくさん作って、それを人々に守るよう教えていました。例えば、「安息日を聖なる日とせよ」という律法を直接教えるのではなく、「安息日を他の日とは違う日にするため、何歩以上歩かないように」という具合です。そちらを守ることにこだわっていた。イエスさまはそれを否定されました。安息日が聖なる日だというもともとの律法はイエスさまも大切にされた。でも、本質に関係のないところにこだわっている律法学者たちを叱られました(マタイ23:13など)。神殿についてもそうですね。神殿が金儲けの場所になっていたので、イエスさまはそれらの道具をなぎたおされたことがありました。「神殿は祈りの家だと聖書に書いてあるはずだ。しかし、お前たちはここを強盗の巣にしている!」と。神殿自体はイエスさまも大切にされましたけれども、そこでなされていることに対して怒りをあらわにされたのです(マタイ21:12-13)。

ステパノもイエスさまのこの教えを受け継いで語っていたのでしょう。そこでステパノに言いがかりをつけたい人たちは、あのナザレ人イエスが言ったようにステパノも神殿をないがしろにしており、律法を守る生活を変えるなどと言い広めているということで裁判に持ち込んだのです。「偽りの証人たち」とありますから、いろんな尾ひれをつけて、ここに書いていないようなことも、嘘もたくさん述べたのだと思います。絶体絶命のステパノでした。

 

しかし、15節、議員たちが彼に目を注ぐと「彼の顔は御使いの顔のように見え」ました。御使い、天使というのは神さまのことばを届ける役割を持っています。つまり、この時のステパノの顔を見れば、神さまがどういうお方がわかる、そういう表情をしていたのです。恐怖に怯えて慌てふためくのではなく、神さまへの信頼が顔に滲み出ていたのでしょう。神さまは信頼に足るお方だ、助けてくださるお方だ、ということが明らかな顔をしていた。別の言い方をすれば、神さまの栄光を反映させていたということです。

こういう書き方って珍しいですよね。のちにルカが使徒の働きを書くために、いろいろ調べた際に、この話を聞いたのでしょう。そして、これはその場にいた人にしか分からないはずのことです。この時の裁判に関わった人たちの中から、ステパノの顔を見てやがてイエスさまを信じた人が起こされたのだと考えられます。

そんなふうにして用いられるのはステパノだけだ、私たちは違うと思われるかもしれませんが、聖霊なる神は私たちをも同じように用いてくださいます。第二コリント3:18「私たちはみな、覆いを取り除かれた顔に、鏡のように主の栄光を映しつつ、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられていきます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。」私たちは神さまの栄光を反映させる者として成長することができる。それは強く完璧な信仰者になるという意味ではありません。でこぼこならでこぼこなりに、私たちも神さまの栄光を乱反射させることができるのです。そのようにして、神さまの栄光を体現する者とされていく。

詩篇34:5、7「主を仰ぎ見ると 彼らは輝いた。彼らの顔は辱められることがない。」「主の使いは 主を恐れる者の周りに陣を張り 彼らを助け出される。」ステパノは初代教会最初の殉教者と呼ばれて、何か遠い存在のように思えるかもしれません。しかし、彼も私たちも同じなんです。主を仰ぎ見て、主に守られ、主に助けられながら、その時その時を歩んでいきたいと思います。

次週はステパノの説教を読んでいきます。使徒の働きの中で一番長い説教になります。

 

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【1/29】

ローマ12:1〜2
「ふさわしい礼拝」

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ですから、兄弟たち、私は神のあわれみによって、あなたがたに勧めます。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、聖なる生きたささげ物として献げなさい。それこそ、あなたがたにふさわしい礼拝です。この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい。そうすれば、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に喜ばれ、完全であるのかを見分けるようになります。ローマ12:1-2
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パウロは直前の11章まで延々と神さまの恵みについて語ってきましたが、それを受けて「ですから」と畳み掛けます。私たちがなすべき「ふさわしい」礼拝とは、私たちが自分のからだを生きたささげ物として神さまにささげること、つまり生活のことであり、生き方のことだと。「ふさわしい」ということばは、以前の翻訳だと「霊的な」となっていました。どちらにもとれるようで、「spiritual」と訳している英語の聖書もありますが、ここまで神さまの恵みをずっと語ってきたことを受けて、神さまへの応答としてのあるべき礼拝の姿を伝えたという流れが明確になるよう、「ふさわしい」という訳語に変更されました。

それと同時に、「霊的」というニュアンスがあることも押さえておきたいと思います。つまり、私たちは「霊的な」生活、つまりクリスチャンとして成長した生活をしたいと思うわけなのですが、それは浮世離れしたような、仙人のようなライフスタイルを送るという意味ではなく、霊性とは神さまの恵みへの応答なのだということです。神さまがしてくださったことを思い返しながら、その極みであるイエスさまの十字架と復活を思い返しながら、その恵みに感謝して日々生活していきたいと思います。それこそが「霊的な、ふさわしい礼拝」なのです。

日々の生活を礼拝として過ごす上で、神の御心は何か、神が喜ばれることは何か、見分けることが大切になってきます。そのためには、「この世と調子を合わせてはいけません」。神などいないとする世の中の人々のようにではなく、十字架の恵みを知らない人々のようにではなく、救われた者として、贖われた者として生きていくためには、「自分を変えていただく」ことが必要です。私たちは自分の力ではクリスチャンとして成長することはできないからです。ここも翻訳が変わった場所です。以前は「自分を変えなさい」となっていました。しかし、ここの原文は受け身になっている箇所ですので、「変えていただく」と訂正されました。

私たちは変えていただけるのです。神さまの御心を見分けて、なすべき礼拝の生活をする者へと、私たちは変えていただけるのです。自分自身を見れば、クリスチャンとして成長していないことに愕然とします。十字架の恵みへの感謝が足らない者です。しかし、私たちを変えてくださるという主の約束に信頼していきましょう。心を新たに、主のみわざに信頼していきましょう。その心も主は与えてくださいます。私たちは主の恵みにふさわしく応答する者へと変えていただけるのです。

1節には「あなたがたのからだを」とありましたが、「からだ」は複数形になっています。個々人がそれぞれで霊的な成長を望むというよりも、礼拝の共同体、つまり教会の交わりがここでは前提とされています。お互いに祈り合いながら、「なすべき」礼拝の共同体として、共に成長させられていこうではありませんか!今年の関西集会がそのような歩みへと導かれていきますように。

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【12/25】

ルカ2:1〜7

「みことばの実現を体験するクリスマス」

<1〜3節 時代設定>
ルカの福音書2章を開きましょう。1節にこうあります。「そのころ、全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストゥスから出た。」アウグストゥスとは、ローマ帝国の初代皇帝オクタヴィアヌスのことです。在位は紀元前24年から紀元後14年まで。ちょうどイエスさま誕生の頃の皇帝が彼でした。世界を支配し、後に Pax Romana「ローマの平和」と呼ばれる黄金時代を築いた人物です。

 

このアウグストゥスの時代に納税のための住民登録があって、ヨセフはマリアを連れて生まれ故郷のベツレヘムに戻ってきた、というのがこの場面です。ローマ帝国の人口調査は人々を出生地に戻らせて登録したようで、実際にエジプトでそのような碑文も見つかっているそうです。

実際の、私たちのこの世界の歴史の中に、この世界で紡がれる日々の中に、人々の生活の中に、主イエスは来てくださったのだということを改めて覚えたいと思います。

<4〜5節 居場所がなかったマリア>
4節、ヨセフとマリアが住んでいたのはガリラヤのナザレという町でした(ルカ1:26)。イスラエル北部、ガリラヤ湖のそばにあります。ヨセフはダビデの町ベツレヘムの出身だったので、人口調査の登録のために、そのナザレから故郷に帰ることになったわけです。ベツレヘムというのはエルサレムの近くにある町です。ダビデ王の出身地でした。彼はその血筋だったのです。もっとも、今はしがない大工の一人で、しかもベツレヘムを離れて生活していたわけですけれども。

5節、「いいなずけの妻」とはどういうことかというと、ユダヤの結婚式には二段階が踏まれ、最初に婚約式のような位置付けの段階があります。まだ一緒に住むことはできませんが、法的には夫婦とみなされる正式な結婚です。そしてその後、二度目の式を経て一緒に住むようになります。ヨセフとマリアは初めの婚約を経ていて正式な夫婦だったものの(だからこそ住民登録を二人でするわけです)、でも最終的な結婚式はまだだった。それで「いいなずけの妻」なのです。問題は、いいなずけの妻がみごもっていたということです。

ルカの福音書1章、またマタイの福音書1章に明らかですが、ヨセフのいいなずけだったマリアは、ヨセフと一緒になる前に、ヨセフの知らないところで妊娠しました。ヨセフは離縁を考えるほどに悩んだわけですが、その妊娠は聖霊によるもので、お腹の子は神の子、約束された救い主なのでした。ヨセフはそのことを夢で天使に教えられましたが、周囲の人は知りません。正式な結婚の手順を踏まずに妊娠した、しかもそれがヨセフの子ではなさそうだともなれば、マリアは石打の刑にされてしまいます。まだ十代だっただろうと言われるマリアは、家族とひっそりと生活していたでしょう。ヨセフも全面的に協力していたと思います。しかし、それでもとうとうナザレには彼女の居場所がなくなってしまったのではないでしょうか。マリアだけでなく、ヨセフとマリア、二人にはナザレに居場所がなくなってしまったのだと思います。

<信じて踏み出す>
しかし、マリアがヨセフの住民登録に同行したことの理由は、それだけではなかったと思われます。当時、旅というのは危険なもので、車もなければ、道路が整っているわけでもありません。日中は暑く、夜は凍えるように寒い荒野の気候です。野獣や強盗に襲われる危険もありました。ナザレからベツレヘムまでは直線距離で100km、道のりではおそらく150km以上あります(高槻市から和歌山県白浜市までが直線で130kmです)。本当なら、妊婦が旅をできるような道のりではなかったはずなのです。

マリアがヨセフに同行し、二人でベツレヘムに向かったのは、彼らの信仰がそうさせていたと思われます。二人は、マリアのお腹の子は救い主であることを信じていましたから、自分たちはナザレからベツレヘムに移動しなければならないことに、どこかの時点で気がついたのだと思います。救い主はベツレヘムで生まれると、預言者ミカによって預言されていたからです(ミカ5:2)。

マリアの信仰は、天使による受胎告知を受け入れた時によく表されていますし、ヨセフに関しては、夢で天使のお告げを受けてマリアを受け入れたことにその信仰がよくあらわされています。加えて、見落としてはならないのは、神さまのご計画だというのなら、自分たちはベツレヘムへ行かなければならないし、いかに危険な旅であっても必ず神さまはこの旅を成功させてくださると信じて行動したということです。身重のマリアは丁寧に慎重に生活していたはずです。しかし、その落ち着いた生活を打ち捨てて、彼らは旅に出たのです。恐らくはロバに乗って、ゆっくり、ゆっくりと進む旅です。神さまへの信頼がなせるわざです。

このことは、私たちへも大きな信仰の教訓を与えます。信仰とは神さまの御心に参画すること。神さまのご計画に参加することです。神さまが与えてくださるからとすべて受け身で終わらせてしまうのではなく、神さまからみことばを与えられ、ご計画を示されたのなら、信頼してそこに踏み出していくのです。

<6〜7節 居場所がなかったヨセフ>
そして、苦労してようやくベツレヘムにたどり着きましたが、そこでも彼らには居場所がありませんでした。ベツレヘムにはヨセフの親戚がいたはずです。もしかしたら実家があったのかもしれない。しかし、そこにすら泊まることはできませんでした。7節に「宿屋」と訳されていることばは、他の箇所では「客間」と訳されています(22:11)。当時の家には、人をもてなすための客間がありました。しかし、故郷の町で、親戚の家の客間に入ることすらできない。もちろん、住民登録のために帰ってきた人たちでごった返していたという事情はあったでしょう。しかし、ナザレからやってきたこの二人について、いろんな噂があっただろうことを考えると、彼らが泊めてもらえなかった理由はそれだけではなかったのではないでしょうか。親族の中でも居場所がなかったヨセフであり、マリアなのでした。

神さまの導きを信じて旅立った人たちというと、アブラハムとサラのことを思い出します。アブラハムにとっては、神さまの御声を聞いて、妻に説明して、みなで移ってきたのに、約束の子どもが与えられない。せっかく妻が決断してついて来てくれたのに、いつまでも実が実らないという焦りがあったと思います。サラにしてみれば、多くのものを手放して、せっかくついて来たのにという思いがあったと思うのです。しかし、時が至って神さまのご計画が実現した時、その実現のためには彼らがカナンの地に来ていたということが必要だったのでした。それがわかったのはその時になってからです。

神さまの導きに従うということは、簡単なことではありません。ヨセフも、恐らく親戚の客間を頼りにしていたのにそこに入れない、しかも妻は月が満ちて今にも子どもが生まれそうという状況で、相当焦っていたはずです。マリアはどうだったでしょう。神さまの約束を信じて、ベツレヘムで生まれるという預言の成就を信じてここまで来たものの、これではどうなってしまうのか。きっと不安だったはずなんです。初めての出産がどれほど不安なことか。

神さまの導きに従う時に、私たちは不安や焦りを感じます。それで当然です。しかし、神さまは自動的に機械のようにして物事を進めたりはなさいません。私たちを用いてくださる。私たちを用いてご計画を進められる。不安や焦りを覚え、迷ったりつまずいたりする私たちを用いて、神の国の福音を広げてくださるのです。

<仕方がなく、ではなく>
そして、とうとう赤ん坊が生まれました。思い描いていたようなあり方ではなく、家畜小屋という汚い場所での出産でした。聖書の本文には「飼い葉桶」とあるのみで、馬小屋とはありません。後々、馬小屋というイメージがつきましたが、馬は兵隊が乗るもので一般的に飼われていた動物ではなかったということと、何よりここがベツレヘムだったということから、イエスさまが生まれたのは羊が飼われている場所だっただろうと言われます。当時、羊は洞穴で飼われていました。彼らは結局町の外にしか、安全な出産場所を確保できなかったのです。新生児のベッドは飼い葉桶、羊の餌箱です。産着は亜麻布でした。郊外の洞穴というのは、死者を亜麻布で包む作業がされた場所でもあったようです。そのための布があったのだろうと言われます。

彼らからしてみたら、神さまのことばの通りに救い主が生まれたわけですから、もっときちんとしたかったのではないでしょうか。もう少しましなところで、と思ったと思います。しかし、イエスさまはまことにふさわしいあり方でお生まれになったのでした。

約束された救い主であり、王の王なのですから、王の都エルサレムで生まれるのが一番良いように思えます。しかし、羊飼いの町ベツレヘムでお生まれになりました。この方は私たちの「良い羊飼い」だからです(ヨハネ10:11)。また、羊の洞穴でお生まれになりました。この方は私たちの罪のためにささげられる犠牲としての「神の子羊」だからです(ヨハネ1:29)。生まれた時には亜麻布で包まれました。この方は、世の罪として十字架で死なれるお方だったからです(ヨハネ19:40)。マリアとヨセフからしたら、仕方がなくということだったかもしれません。しかし、これはまことにふさわしい誕生の仕方なのでした。

神のみことばに従う時、思い描いたものとは違う現実に直面することがあります。こんなはずではなかったと思うこともあるでしょう。そんな時に、彼らの姿を思い出したいと思います。そして、たとえ思っていたのとは違ったとしても、神さまのみことばが、その約束が実現していることに目を開かせていただこうではありませんか。「どうぞ、あなたとおことば通りこの身になりますように」と告白したマリアのように、神のことばの実現を体験させていただきましょう。

<二人でも、三人でも>
今年、久遠キリスト教会に与えられたみことばは「二人か三人がわたしの名において集まっているところには、わたしもその中にいるのです。」(マタイ18:20)でした。関西集会は小さな集まりですし、このコロナ禍にあって「それぞれでの礼拝」ともなれば、一人での礼拝ということになります。出かけてくることが困難となって一人で礼拝しておられる方は、これまでも何人もおられたわけですが、コロナ禍にあって私たちはますます集まれなくなりました。世の中もまた、人々がますます孤立していく時代になっています。

しかし、マリアとヨセフのことを思い出しましょう。まさに孤立していた彼らです。しかし、そこに神さまのみことばが実現していきました。人数の大きさじゃない、場合によっては一人のことすらある、しかし、そこに神さまのみことばが実現していくのなら、そんなに幸いな場所はないではありませんか。

二人でも、三人でも、場合によっては一人きりで、イエスさまと二人ということであったとしても、そこで「みことばは事実だ」「イエスさまは生きておられる」と実感できるなら、なんと幸いなことでしょう。神さまが与えてくださったみことばの約束を思い出しましょう。そのことが実現していく様子を、新しい年もまた見させていただこうではありませんか。

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【12/18】

詩篇126

「歌いつつ歩まん」

本日は、詩篇126篇からみことばを取り次がせていただきます。まず冒頭の「都上りの歌」という表題についてですが、これは祭りのためにエルサレムに集まってくる人々によって歌われたきた歌、賛美であることを示しています。120篇から134篇にこの表題がついています。ダビデが作ったとされるもの、また作者は不明なものもありますが、どれもイスラエルの人々が祭りの度に歌いながら集まってきた歌です。旧約聖書の申命記に記されていますけれども、聖書の民は年に3度、祭りのために都に上りました(申命記16:16)。聖書が記す祭りとは、主の前に出る、つまり礼拝なんですね。礼拝のために都に上っていくのです。

私たちも毎週の礼拝で主の前に出ています。今は集まることができずに、それぞれの自宅で礼拝を守っていますけれども、その礼拝は神さまとお出会いする場、祭りの場なんだということを忘れないでいたいと思います。

エルサレムは山の上にある町です。文字通り「上る」のです。危険な荒野を通りながら、エルサレムに向けて上っていくのです。私たちも毎週の礼拝への道は決して平坦ではありません。それは、自宅で守る礼拝でも同じです。一週間のうちの一日を礼拝のためにとりわける、そのこと自体が、礼拝への旅路です。礼拝のための時間に向けて一歩一歩進んでいくのです。イスラエルの民もそうでした。エルサレムへの山道を一歩一歩進んでいく。そしてそうやって神殿に到着すると、そこには階段があります。ここでまた階段を上ります。「上る」という単語には「階段」という意味があります。エルサレムまでの旅路を思い出しながら、主がここまで守ってくださったと思い返しながら、一歩、一歩、最後の階段を上ったと思われます。

インターネット上に、いくつか都上りに関連する写真があったのでご紹介します。まずは荒野です。

これは南部のネゲブの荒野の写真とのことですが、こういうところを歩いていくわけです。日中は灼熱、夜は極寒。乾燥しているので気がつかないうちに水分が失われていく過酷な環境です。100km、200km近い道のりを、強盗や野生動物、自然災害から身を守るために集団で移動したようです。

 

次はイスラエル博物館にあります、エルサレム旧市街の当時の1/50模型です。
 

実際のものと同じ、石灰岩や大理石などで作られているそうで、質感も同じだと考えていいのでしょう。真ん中の右側に見える箱のような建物が神殿です。南側から見ていますけれども、正面に階段があります。この階段の現在の様子がこちらです。

門は閉じられて、埋め込まれています。向こうに見えるのはオリーブ山、イエス様がまた来られるところです。オリーブ山を背景に、階段がとても印象的な写真です。主を礼拝するために、聖書の民が一歩一歩上って行った階段です。

一歩、一歩、礼拝のために歩んだその道で歌われた歌、それが都上りの歌です。これに心を寄せながら、私たちの都上り、私たちの礼拝への日々が、守られていくようにと願います。

<1節〜3節 喜び>
「主がシオンを復興してくださったとき」。シオンとはエルサレムのことです。つまりこの歌は、バビロン捕囚が終わって人々が解放され、イスラエルに帰還し、神殿が再建された時のことを思い出している内容です。解放されてからすでにある程度時間が経過していて、その時のことを思い出して感謝しているわけです。昔の版の翻訳では「主がシオンの捕われ人を帰されたとき」となっていました。「シヴァト」という単語を「囚われ人」と訳すか、「繁栄」と訳すか、どちらでも意味は通るのですけれども、言われているのは「人」の回復についてだけではなく、町でもあり、神殿でもあり、国全体だったわけですから、最近の翻訳では「繁栄を戻された」としているものが多いようです。新改訳2017ではわかりやすく「復興してくださった」とされました。ペルシヤのクロス王が囚われのユダヤ人を解放したのが紀元前538年。その後エルサレムで神殿が再建されのは紀元前516年です。バビロンから戻ってきた民はまず神殿の礎、土台を据えました。その時にみなで賛美し、喜びを歌いあったのです(エズラ3:10,11)。1節後半には「夢を見ている者のようであった」ともあります。バビロンでの捕囚の期間は苦しいものでしたから、いざそれが終わった時にはにわかには信じられない思いもあったのでしょう。

しかし、彼らの嘆きは喜びに変わりました。つぶやきは賛美に変わったのです。そして周りの人々からも言われました。「主は彼らのために大いなることをなさった」(2節)。彼らが信じている聖書の神は生きている。そして彼らを守られた、と諸国で噂が立ったということです。3節「主が私たちのために大いなることをなさったので 私たちは喜んだ」、これは力強い宣言のニュアンスです。主がしてくださったことを思い起こすなら、私たちは喜ぶのです。

<悲しみも同居していた>
しかし、エズラ記を読むと、その喜びの場面で泣いていた人たちもいたようです。このように記されています。「民はみな、主を賛美して大声で喜び叫んだ。しかし、祭司、レビ人、一族のかしらたちのうち、最初の宮を見たことのある多くの老人たちは、彼らの目の前でこの宮の基が据えられたとき、大声をあげて泣いた。一方、ほかの多くの人々は喜びにあふれて声を張り上げた。そのため、だれも喜びの叫び声と民の泣き声とを区別することができなかった。民が大声をあげて喜び叫んだので、その声は遠いところまで聞こえた。」(エズラ3:11-13)バビロン軍に崩壊させられたかつてのソロモンの神殿を覚えている人たちは泣いたわけです。神殿の土台が再建されての嬉し泣きだったというよりは、ソロモンが建てたあの素晴らしい神殿を思い出して、改めて悲しくなったのだと思います。みなが喜び叫んでいた中で、泣いている人たちもいた。神の民が礼拝する時、そこには喜びと痛みが共存していることをと思わされます。私たちが礼拝に集う時、みなが喜んでいるか。みなが平安に満たされているかといえば、違うのです。痛んでいる人がいる。悲しんでいる人がいるのです。逆に言えば、どんなに傷んでいてもいい。悲しんでいても大丈夫です。安心して、礼拝の集まりに出てきてください。体調その他で教会に来られないという方も、どうぞそのまま、安心してその場で礼拝をささげてください。

<4節 祈りの手本>
さて、4節に来て少し調子が変わります。私たちを元通りにしてください、とはどういうことでしょう。主は彼らの繁栄を元どおりにされ、復興されたのではなかったのでしょうか。主が大いなることをされた、だから喜んでいたのではなかったでしょうか。しかし、さらなることが願われています。

実はこの126篇は、バビロン捕囚が完全に終わってから、それを振り返って歌った内容というよりも、解放され捕囚からの帰還が始まったけれども、まだそれが完全には終わっていないという中で書かれたのだろうと言われます。すでに解放されている。しかし、いまだにその帰還は完成はしていないのです。

まだ帰ってきていない同胞たちもいました。また、エズラ記を読むと、神殿の土台が据えられてから、その後16年もの間工事が中断するのです。神の宮を再建させまいとする勢力があり、その間に神殿再建の気力も失せてしまったのです。すでにバビロン捕囚は終わった。すでに解放された。しかし、まだまだ困難に立ち向かわなければならないのでした。

だから、改めて祈ります。私たちを元どおりにしてください。しかも、ネゲブの流れのように、と。ネゲブというのはイスラエルの南の方の砂漠地帯です。先ほどの写真もネゲブの砂漠の写真でしたが、ここを流れる川とは「ワディ」と言って、乾季の間はまったく水が流れていない干からびた地面なのですが、雨季に雨が降ると、水を吸い込まない乾いた地面の上を濁流が流れる、そのような川になるのです。(下記は同じ場所。2019年、ネゲブの洪水)

濁流のように激しく、私たちの仲間を連れ帰ってください。濁流のように激しく、あなたのみわざを行ってください。という祈りです。神さまがしてくださること、それは徐々に、少しずつということもありますし、ネゲブの川のように、濁流のようにして起こることもあります。私たちは神さまにこのように大胆に願っていいのです。濁流の流れのように、勢いよくあなたのみわざを見せてください、怒涛のように私たちを助けてくださいと祈っていいのです。


詩篇は祈りの手本です。このように祈っていい、祈るべきなのです。怒涛のように、濁流のように、大いなることをしてくださいと祈っていいし、祈るべきなんですね。私は個人的にはこういう祈りが欠けていたなと思います。みなさんはいかがでしょうか。

<すでにといまだ>
すでにバビロン捕囚から解放されている、しかし、いまだそれは完成していない。いまだに困難の中にある。これは、すでに救われて神の国の民とされている、しかし、いまだこの地上にあって困難の中を生きていかなければならないという私たちの状況と重なります。神の国はすでに来ている。しかし、まだ完成していないということと重なるんですね。

私たちはそのはざ間にあって、すでにといまだの狭間にあって、どのように生きるのか。そのヒントが5節、6節です。

 

「涙とともに種を蒔く者は     喜び叫びながら刈り取る。種入れを抱え 泣きながら出て行く者は 束を抱え 喜び叫びながら帰って来る。」

種をまくと聞いて思い起こすのは、イエス様が語られたたとえです。「種を蒔く人はみことばをまくのだ」と(マルコ4:3-20)。いくら蒔いても、届けたいその相手の心が道端のようであれば、岩地のようであったり、いばらの生えたような状態であれば、実りません。みことばを分かち合っても届かないことは辛いことです。同様に自分の心が岩地のようなこともある。いくらみことばの種をまかれてもまったく実を結ばない。大切な人にみことばを分かち合っても届かない悲しさ。また自分自身がまったくみことばを吸収していない、吸収できないという苦しさ。しかし、主がその心を耕してくださり、よい畑としてくださるなら。その種は実を結び、30倍、60倍、100倍にもなる。みことばを聞いて受け入れる人になれる。みことばによって人生が変えられる喜びの叫びが起こるのです。

泣きながらでもいいから、種に力があることを信じて、みことばの種をまき続けたいと思います。誰かに向けて。また、自分に向けて。みことばの種をまき続けていきましょう。それは涙の作業かもしれません。しかし、やがて束を抱えて、喜び叫びながら帰ってくる、というような収穫の時が来るのです。

バビロン捕囚からの帰還の、その「すでにといまだ」の狭間にあって、彼らは神さまの約束を、神さまのことばを自らの心にまき続けていたと思います。例えば、彼らは預言者エレミヤが手紙に書いてよこした神さまのことばを思い起こしながら、それを頼りに生きていたのではないでしょうか。

「まことに、主はこう言われる。『バビロンに七十年が満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにいつくしみの約束を果たして、あなたがたをこの場所に帰らせる。わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っている──主のことば──。それはわざわいではなく平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」(エレミヤ29:11)

神さまにはご計画があります。私たちにはそこに思いをいたす余裕もないほどに、痛んでしまうことがありますけれども、神さまにはご計画があるのです。それを示すみことばの一粒一粒は、主が語られた私たちへの御声です。みことばは生きていて力があり、剣よりも鋭く、私たちの生き方を変えるのです。

今、バビロン捕囚とは言わなくても、辛い日々を送っているという方がおられるでしょうか。目の前の困難に立ち上がれない方がおられるでしょうか。しかし、どうか思い出してください。私たちにはみことばの種が与えられています。神さまの約束、いのちのことばが与えられているのです。イスラエルの民は神さまの奇跡を思い起こし、それを語り伝え、それを歌にして歌い継いできました。「いまだ」の困難の只中で、しかし「すでに」主がよくしてくださったことを何一つ忘れないように。これを歌いながら都上りを繰り返したのです。

私たちも、歌いつつ歩まん。主への賛美を。主への感謝を、歌いながら、人生の旅を続けていこうではありませんか。週ごとの礼拝で主と出会うために、一週間の旅路を歩むということもそうですし、そしてやがてこのいのちが尽きても、復活してイエスさまにまた会えるという意味においても。その時まで、主への感謝を歌いながら、賛美をしながら、歩んでいこうではありませんか。

特に、再臨のイエスさまをお待ちするということは、アドヴェントのこの時期にとても意義深いことです。古来から、アドヴェントには主の再臨を待つことが重ねられてきたからです。このアドヴェントの期間に、神の国のすでにといまだを思いながら、やがてまた来られるイエスさまに思いを馳せ、だからこそ、この地上での歩みを確かなものとさせられていこうではありませんか。そのようにして、都上りの階段を一歩一歩、歩んでいきたいと思います。

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【12/11】

ルカ1:5〜25、57〜66

​「待ち望む訓練」

アドヴェントの第3週を迎えています。今週はルカの福音書1章からザカリヤを取り上げます。彼が経験した沈黙ということについて、待ち望むということについて、共に見ていきましょう。

<ザカリヤという人>
ザカリヤというのは、ご存知、バプテスマのヨハネの父となった人です。アビヤの組に属する祭司の一人でした。彼とその妻エリサベツは、神の御前に正しく、律法の戒めと定めとを落ち度なく行なっていたという敬虔な老夫婦でした。律法と聞くと「あれをしてはならない、これをしてはならない」という戒律のようなイメージがありますが、律法とはむしろ神さまの恵みに対する応答です。二人は神の恵みに感謝して、主体的な応答として神さまを礼拝し続けていたのです。そのような夫婦でした。

すでに年をとっていた二人には子どもがなかったともあります。子どもが与えられるようにとずっと祈ってきた人たちでした。エリサベツにとって、この時代に「不妊の女」と言われることがどれほど辛いことだったか。周囲からの心ない非難に涙を流した日も多かったと思います。しかし、神さまの恵みに対する応答として、みことばの教えを守り続けてきた。周りの視線や非難を静かに受けとめながら、神さまだけを頼りにして信仰を守り続けて来た二人でした。

そんなザカリヤが神殿で香を焚く役割を果たすことになりました。人々の祈りを神に届ける意味を持つ儀式の、中心の役割を果たすことになったのです。祭司の数は二万人ともいわれます。一生涯この役目に当たらない人も多かった中で、苦難の人ザカリヤにそのくじが当たったのです。人生の中で最も大きな、輝かしい場面を迎えることになったと言えます。

こうしてザカリヤは神殿の聖所に入って香を焚き始めます。そのやり方は、事前に聞いた説明を暗記して恐らく夢にまで見ただろうものであり、奉仕は順調に進んでいたと思われます。一生のうちにもう二度と経験できないかもしれない、貴重な、大切な時間でした。

<天使との遭遇>
しかし、主の使いがあらわれて香壇の右に立ったのです(1:11)。ここまで順調に進んできたのに、想定外の出来事にザカリヤは「取り乱し、恐怖に襲われ」ました。自分の計画通りに物事が進まないと私たちは焦って、取り乱します。しかも、現れたのは主の使い、天使でした。それも、神の臨在を表す神殿の中で天使を見たのです。神を直接見た私はもう死ぬと恐怖を覚えたイザヤのように、ザカリヤは恐怖に襲われました。

天の使いが告げたことを大まかに言うと、13節「あなたの妻エリサベツは男の子を産む、名をヨハネとつけなさい」、16節「この子は多くのイスラエル人を主なる神に立ち返らせる」、17節「彼はエリヤの霊と力で主に先立って歩む」、ということでした。17節は旧約聖書最後のマラキ書にある預言が前提になっています。「義の太陽のような救い主を送る。その前に預言者エリヤを遣わしてその道備えをさせる」、旧約聖書はそのように終わっているのです。エリヤの霊と力でと言われたからには、これは救い主がもうすぐ生まれるのだということ、そしてザカリヤの子はその道備えとして必要な人物であるということなのでした。それは神の民がずっと、ずっと待ち続けてきたことでした。しかもそのような大きな枠組みの中でも、13節、「あなたの願いが聞き入れられた・・・その子はあなたにとって、あふれるばかりの喜びとな」ると、ザカリヤの個人的な喜びについても触れられていました。これまでの苦しい歩みを神さまは見ていてくださったということです。

しかし、ザカリヤの反応はいまひとつパッとしないものでした。18節、ザカリヤはもっともなことを申し上げます。「私はそのようなことを、何によって知ることができるでしょうか。この私は年寄りですし、妻ももう年をとっています。」私たちは年をとっています、今さら子どもが与えられるなどと、気休めを言うのは止めて下さい、ということです。「何によってそれを知ることができるでしょうか」、とは、そんなことが起こるという証拠は何ですか?ということです。当然と言えば当然なのですが、ザカリヤは天使の知らせを信じることができなかったのです。大体にして、もう遅すぎる。今更子どもを産み育てることなど、私たちにはできない。そう思ったでしょう。その子の誕生は、長年祈ってきたはずの自分たちの願いだったはずです。それだけでなく、イスラエルの民全体にとっては救い主到来のしるしです。その子の後に、いよいよ救い主が来られるというのですから。しかし、それを喜ぶことはできませんでした。

信仰とは神のみことばの約束を信じることです。ところが、疑ってしまうのです。そして、思い描く自分の安全圏を壊したくないという思いが勝ります。私たちも同じです。

<ザカリヤの沈黙>
こうして、ザカリヤは口がきけなくなりました。主の約束を信じなかったからです。これは罰というよりも、訓練でしょう(ヘブル12:11)。主のことばは必ず実現すると信じるための訓練でした。

ザカリヤは沈黙しました。沈黙させられました。祭司は神殿から出て来たら民に向けて祝祷の祈りをするはずでしたが、ザカリヤは話すことができません。くじが当たって、喜びで満ちあふれて神殿に入って行っただろうに、そこから出てくる頃には、なんとみじめな状態でしょう。身振り手振りだけで、神の御使いに出会ったことをどう表現すれば良いというのでしょう。23節、彼は務めの期間をどうにか終えます。自分の状況は筆談なりで説明したのでしょうか。やがて自分の家に帰っていきましたが、主の使いに口答えしてしまったことへの後悔と、奉仕を思うようには全うできなかった挫折感を抱えていたと思います。

しかし24節、その後、妻エリサベツはみごもったとあるではありませんか。ザカリヤは神さまの約束を信じたのです。沈黙の中で、信じることのできない自分を悔い改め、ザカリヤは約束を信じ直したのです。いくらでも出てくる言い訳のことばは捨てて、いや、ことばそのものが許されない状況の中で、彼はみことばの約束を信じ直しました。「その時が来れば」と言われたその時を待ち望むことを始めたのです。そしておそらくは筆談でしょう、エリサベツとそれを分かち合いました。エリサベツにとっても、とても信じることのできない内容でしたが、しかし彼らは主を信頼し、その約束を信じて、待ち望みつつ一つになったということです。

おそらく、ザカリヤが沈黙させられていなかったら、こういう展開にはならなかったのではないかと思います。「今さらどうやって育てればいいのか」、「今の生活はどうなるのか」、また、もし妊娠しなかったら?という不安もあったはずです。しかし、「恐れることはありません」(13節)と言われた神さまの約束を夫婦で信じ、「その時が来れば」と言われたその時を二人で待ち望むことを始めました。全てを神さまにお委ねしての決断でした。そして、エリサベツはみごもったのです。ザカリヤの沈黙が解ける日を待つことと、お腹の子どもの誕生を待つことが重なりました。そして、神さまを信じて恐る恐る踏み出したこの小さな一歩から、信じられないほど大きな出来事が始まっていくことになります。

私たちは今、アドヴェントという「待つ」日々を送っています。待つことは信仰において大切な態度です。ザカリヤのように、エリサベツのように、神のみわざのあらわれを待つことを改めて始めていきましょう。今日、また改めて、神のみことばを信じ直していこうではありませんか。

<沈黙の終わり>
ザカリヤとエリサベツの話は57節に飛びます。月が満ちて、エリサベツは男の子を産みました。待ち望んだ日です。しかし、ザカリヤはまだ沈黙しています。子どもが生まれた喜びと忙しさの陰で、まだなのか?いつまでなのか?という思いもあったでしょう。それでも、彼らは待ち続けます。そして八日目、ユダヤ人の男の子として割礼が施され、名前がつけられる日になりました。人々は父親の名に因んで、この子もザカリヤと名付けようとした、つまり当然そうなるだろうと思ったわけです。その時、母エリサベツは「名はヨハネとしなければなりません。」と言いました。かつて、ザカリヤが天使から言われていた名前です。エリサベツは、この一連の出来事がすべて神によることを理解していましたし、ザカリヤの口がいまだに開かれない今も、神さまのみわざに信頼し続けていました。

当時、幼子に名前をつけるときには一族の誰かの名前に因むことがよくなされていたようです。人々は「あなたの親族には、そのような名の人はいない」として、ザカリヤにどうするつもりなのかを確認します。身振りで尋ねているということは、ザカリヤはことばだけでなく、耳も聞こえなくなっていたのかもしれません。ザカリヤは書き板を持って来させて、その子の名はヨハネと書きました。そしてその時、ザカリヤの沈黙の期間が終わったのでした。

近所に住む人たちはみな恐れを抱き、これらのことの一部始終がユダヤの山地全体に語り伝えられていきました。ザカリヤの沈黙とその終わりは、神のことばが確かに実現することの証でした。証拠を求めたザカリヤに対して与えられたしるし、それこそがこの沈黙だったのです。それはザカリヤ夫妻に対してだけでなく、広く人々に伝えられていくことになりました。人々が集まる割礼の日、八日目の日に、人々の目の前で口が開かれたということにも意味がありました。これはザカリヤの家庭だけでなく、公に人々に伝えられていくべき喜びの知らせだったのです。神さまからの訓練として与えられた沈黙とその終わり、この一連の出来事は、時が至って、いよいよ神の計画が動き出すということの証なのでした。

<待ち望むアドヴェント>
沈黙の終わる日を待ち続けたザカリヤの姿勢は、そのままクリスマスを待ち続けるアドヴェントと重なっています。クリスマスとは、神の沈黙が終わった証とも言えるからです。旧約聖書の最後、マラキの預言が語られてから400年間、預言者は現れず、神さまの約束がどうなっているのか、神さまはなんと言っておられるのか、人々は知る術を持ちませんでした。ここにも沈黙があります。神の沈黙です。しかし、それを破ったのがクリスマスの出来事でした。ザカリヤの沈黙とその終わりは、神さまの沈黙とその終わりを象徴する形にもなっているのです。信じられなかったザカリヤの不信仰、それゆえの沈黙すらも、神さまのみわざを象徴するために用いられたとは、なんと驚くべきことでしょう。私たちの不信仰をも用いてくださる神さまです。安心して、信じていけばいいのです。

私たちも、今一度、神さまのみことばの実現を待ち望む心を新たにしていただきましょう。私たちは、救い主がすでに来られたことを知っているわけですが、アドヴェントは「待つ」ということの訓練の時です。待つという信仰の大切な実践の時、訓練の時なのです。今、神のみわざを待っているということがあるでしょうか。待つことを訓練されているという方がおられるでしょうか。それは沈黙を課されるような、もしくは神が沈黙しておられるように思えてしまうような、そんな日々かもしれません。しかし、ザカリヤに倣って、エリサベツに倣って、その只中で神さまを信頼していきましょう。信頼し直していきましょう。そういえば、ザカリヤとは「神が忘れてはおられない人」、そしてエリサベツとは「わが神が誓われた」という意味の名前です。私たちも彼らの後を追う者として、神さまへの信頼を新たにしていこうではありませんか。彼らの訓練の先にクリスマスの出来事が実現したように、私たちが経験する日々の先にも、きっと神さまのご計画があります。

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【12/4】

イザヤ7:3〜17

「神は私たちと共におられる」

前回は、ユダのアハズ王が絶体絶命のピンチに陥って、林の木々が風に揺らぐように揺れ動き、動揺していたことを見ました。今日は、そこに預言者イザヤが神のことばを届ける場面です。もっとも、前回も触れたように、この後も彼は揺れ動き、神ならぬものへの信頼を止めませんでした(Ⅱ歴代誌28:16, 22-25)。いつまでも揺れ動いていたアハズでした。しかし、そんな彼もキリストの系図に名を連ねます(マタイ1:9)。アハズ王の存在は、イエスさまの誕生のためになくてはならないものとして用いられたのでした。主は、私たちの存在もまた尊く用いてくださいます。今日は続きの3節から見ていきましょう。

<3節 神さまの方から>
3節「そのとき、主は」とあります。神さまの方から行動を起こしてくださる。介入してくださるんですね。動揺する王に主からの助けが届きます。アハズ王に神への信頼を思い出させるために遣わされたのが預言者イザヤでした。

主はイザヤに、その息子を連れて王に会いに行けと命じます。王は「上の池の水道の端、布さらしの野への大路」にいました。この水道というのは、エルサレム城外にあったギホンの泉から水を引いてくる水道のことです。こういう水道がいくつかありました。アハズ王は、ここから敵が入り込んで攻めてくるかもしれないと思って視察・点検していたのかもしれません。後にヒゼキヤ王も同じ理由から水道を全てふさいでトンネルに一本化しています(今もエルサレムに残るヒゼキヤのトンネル)。アハズ王も不安で仕方がなくて、いろいろ見て回っていたのでしょう。そんなアハズのところに、イザヤは遣わされました。

一緒に連れていくようにと言われたその息子は「シェアル・ヤシュブ」と言って、「残りの者は帰ってくる」という意味の名前でした。実は、この名前そのものが神さまのメッセージを表していました。それはまず、このまま主を信頼しなければ国は滅びるということ。だから、アッシリアを頼ったり、アラムの神を頼るような態度を捨て、主を信頼するように。アラムやエフライムを恐れるのではなく、主なる神さまを恐れ敬うように。そうでなければ国は滅びると。そして、これはその通りになったわけです。この後時代は急速にバビロン捕囚へと向かっていきますけれども、それはまことの神を神としない偶像礼拝の罪へのさばきでした。しかしその後で、70年の捕囚の後で人々は戻ってきます。まさに、残りの者は帰ってくる。さばきの先には回復があるのです。神さまはそこまで見据えていてくださいます。「シェアル・ヤシュブ」という名前は、そこまで先取りした内容の預言になっていたのでした。

主はこの子の存在を用いて、アハズ王にメッセージを伝えられました。小さな子どもを用いて、神さまがみわざを進められるというのは、五千人の給食の時もそうでした(ヨハネ6:9)。常識的に考えたら力のない存在が大きく用いられる。思いもかけない人によって大切なことが教えられるということは、私たちもまた経験していることです。

<4〜9節 神からの励まし>
4節からはイザヤに託された内容です。「気を確かに持ち、落ち着いていないさ。恐れてはならない。」と言います。アラムの王レツィンも、北イスラエルの王ペカも、彼らの燃えるような怒りも、神さまから見れば、言わば木切れの燃えさし、今にも燃え尽きてしまいそうなものだからです。

5節と6節からは、彼らが勝手に南ユダの王を決めて、国を牛耳ることまで考えていた様子が分かります。しかし7節、神である主の宣言の力強さに驚かされます。「神である主はこう言われる。『そのことは起こらない。それはあり得ない。』」アラムの国の首都はダマスコであり、そこの王はレツィンだから。また北イスラエルの首都はサマリヤであり、そこのかしらはレマルヤの子ペカなのだから。それ以上にはならない、つまり、彼らが国境を越えて来ることはない。彼らが攻めて来ることはないと言われているのです。あと65年もすれば北イスラエルは粉砕されて民ではなくなるとまで言われています。この通りに、北イスラエルはアッシリヤ帝国に滅ぼされていくことになります。

さて9節の後半には「あなたがたは、信じなければ堅く立つことはできない。」と書かれてあります。ここは大切な部分だと思います。この「信じる」と「立つ」というのは同じ単語なんですね。形が違うので、それぞれ「信じる」と「立つ」というように訳されるわけですが、「アーマン」というもとのヘブル語の単語自体は一緒です。「信じる」とは心のあり方、「立つ」とは実際の行動です。心で信じることと、足で立つこと(つまり実際に生活すること)は同じなんです。揺れ動かずに、しっかりと立って生活していくためには、信じることが必要です。私たちも、アハズと同様で揺れ動く者です。だからこそ、信じることが、信仰が必要なんですよね。どこまでも揺れ動く者だからこそ、どこまでも信仰が必要なんです。少しでもしっかりと立っていくために。地に足をつけて、しっかりと立っていくためにです。

そしてアーマンというこの単語、これは実はお祈りの結びに使う「アーメン」とも同じことばになります。私たちは信じたように祈り、祈ったように生きるのです。私たちは揺れ動く者なんですけれども、祈りの中で、私たちは主が共におられることを確信していきます。祈っても祈っても嵐が止まない、揺れ動いて仕方がないということはよくあるし、むしろそのようなことの方が多いわけですが、それでも、だからこそ、信じて立つために祈りが必須です。祈り続けていきましょう。主は共におられます。生活の中で、時間をとって祈りましょう。歩いている時、お風呂に入っている時、「神さま」と呼びかけて祈ることもできます。祈っていきましょう。

<10〜12節 アハズの応答>
3節から9節の内容を、イザヤはアハズに伝えました。その上で、10節、主はさらにアハズ王に告げられます。語っているのはイザヤですが、イザヤを遣わしたのは神さまなので、「主が」アハズに告げられたという表現になっています。

11節「あなたの神、主に、しるしを求めよ」と、このように言われて、しかしアハズは12節「私は主を試みません」と答えたわけですが、これは申命記の教えによれば模範解答でした。「あなたは主を試みてはならない」と書かれているからです(6:16)。イエスさまもサタンに対してそのように答えました(マタイ4:7)。しかし今日のこの箇所では、神さまの側から「しるしを求めてごらん」と言われているわけです。素直に求めればいい場面です。神さまの側から、信じられないのなら、しるしを求めてごらんと言っておられるわけですね。しかし、それでも「私は求めません」というのは、これは神さまからのアプローチを拒絶したということです。しかも、みことばを利用してですね。私たちも注意しなければなりません。みことばを利用して神さまを拒絶するということがあるのです。同じようなことをしていないか、探られる思いがします。

ここでアハズ王という人のことをもう少し考えてみたいのですが、アハズ王の父ヨタム、また祖父ウジヤは神さまの御心にかなう良い王たちでしたから、アハズという人はかなり意図的に神さまに反抗していたと思われます。アハズは先代の王たちと比べられることにうんざりしていて、わざと反抗的な態度を示していたのかもしれません。自分が常に誰かと比べられて、否定的な評価をされてしまうのは辛いことですし、そこから生まれてくる衝動は自分ではどうにもならないものがあるでしょう。アハズの肩を持つわけではありませんが、みことば通りの模範解答をしつつも神を拒絶するアハズの内面というのは、もしかしたら私たちにもよくわかるものだったのかもしれません。だとすると、なおさら、林の木々のように揺れ動くアハズという人が身近に感じられてきます。

<13〜14節 インマヌエルの預言>
13節はイザヤのことばです。アハズに対して、あなたは人々を煩わすことで足りず、私の神までも煩わすのか、と。素直に神を信頼しないアハズに対して、イザヤがたしなめているわけですね。しかし、イザヤはアハズに「ダビデの家よ」と言っています。あなたは救い主の計画のために用いられる存在なのだよ、とアハズを励ましているわけです。このように人に罪を指摘しつつも励ませる人になりたいものです。

14節「それゆえ、主は自ら、あなたがたに一つのしるしを与えられる。見よ。処女が身ごもっている。そして男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ。」それゆえ、と言われます。あなたはしるしはいらないと言ったが、主が自ら、あなたがたに一つのしるしを与えられる、というわけです。それは、「処女が身ごもって男の子を産む」というしるしです。後にマタイが記したように、その究極的な成就はイエスさまの誕生でした(1:23)。イエスさまは処女マリアから生まれたというのは周知のことです。もっとも預言とは重層的なものですから、この時、この文脈でアハズに語られたこととしては、やがて救い主が生まれるというメッセージというよりも、神は共におられるということが前面に出されていたようです。実はこの「処女」という言葉には単純に「若い女」という意味もあって、女性が妊娠するとその胎内に子どもがいるように、どこでもその子が一緒であるように、神はあなたとともにおられる(つまりインマヌエルである)というしるしなのでした。

国難と呼べるような状況の中で、女性の妊娠がインマヌエルのしるしとされたことに、改めて驚かされます。私たちの社会も、難しい問題が山積みですが、子どもたちが安心して生きていける社会を目指していきたいものです。

そして、この預言は、神さまの大きなスケールで見たときに、やがて来られるイエスさまの誕生をも言い表していました。インマヌエルの預言の究極的な成就はイエス・キリストの誕生だったのです。文字通り処女であったマリアから、救い主が生まれました。それは創世記で女の子孫(もっと言えば「女の種」)として救い主が来られると預言されていたことの成就だったのです(創世記3:15)。この方こそ「インマヌエル」、文字通り「神が私たちと共におられる」ということの何よりの証です。イエスさまこそ、神が私たちと共におられるということの証拠なんです。

<15〜17節 続く罪、尽きない恵み>
15節以降は、またアハズ王への預言が続きます。これから生まれる子、つまり14節で言われていたような、これから若い女性たちが妊娠して出産していくこれからの世代のことですが、その子はある程度成長するまでは「凝乳と蜂蜜を食べる」ことになる。つまり国はこれから数年間荒廃し、作物がとれにくくなるというのです。18節以降にあるようにやがてアッシリアが南ユダにも攻めてくるからでした。21、22節にあるように、食べ物はもっぱら凝乳と蜂蜜になってしまうのです。それほどに人々の暮らしは貧しくなります。16節「あなたが恐怖を抱いている二人の王」というのは、アラムの王レツィンと北イスラエルの王レマルヤの子ペカなわけですが、彼らの国は見捨てられ、アッシリア帝国はとうとう南ユダに攻め込んでくるというのです。17節、それは北イスラエルと南ユダが分かれた日以来の災難になるのでした。

このように、アッシリアの王がユダを苦しめる様子が預言されていたにも関わらず、この後アハズ王はアッシリアに助けを求め、そして主のことばの通りに、アッシリアから悩まされるようになります。アハズの息子ヒゼキヤ王の時にはエルサレムが完全に包囲されてしまうということまで起こるわけです。みことばで励まされても、罪の生き方、揺れ動く生き方が収まらないというのは、私たちも経験していることです。そして、神さまが警告しておられた通りになっていく。しかし、それでも聖書を読んでいくと、神さまの恵みとあわれみが尽きることがないこともまた確かです。ヒゼキヤ王の時に、エルサレムはアッシリアによって完全に包囲されてしまいましたが、しかしそこにも神さまのあわれみがあって、アッシリア軍は一夜にして全滅してしまうという奇蹟が起こることになります。ぜひ、列王記、歴代誌、お読みください。罪人を救うために、何としてもキリスト誕生の希望をつないでいこうとする神さまの熱心が綴られています。何としても罪人を救おうとする神さまの熱心です。王たちは罪の生き方をやめない、みことばによって教えられ励まされても、また揺れ動いて、偶像礼拝に走って、そんな歴史が綴られています。しかし、神さまが何回でも何回でも恵みを持って介入していかれるんです。キリスト誕生の希望を繋いでいくためです。アハズの不信仰にキリスト誕生の預言が重ねられたこと(14節)自体がそうなのですが、神さまのあわれみと恵みの大きさを思い知らされます。これは、同じように私たちにもそうなんですよね。神さまは、同じように揺れ動く私たちにも、大きな恵みとあわれみをもって導いてくださいます。こういう神さまなんです。なおなお、信じしたがっていきたいと思うじゃないですか。

<終わりに>
私たちは、アハズのように不安に吹き飛ばされそうになりながら生きています。敵の力を目の当たりにし、自らの無力さを知り、うちひしがれるということがあります。そんな時に、神さま以外のもので心を満たしていくということがよく起こるのです。特に、新型コロナのことで大きく変わってしまった世の中を見回すときに、私たちの心は不安で満たされてしまいます。しかし、私たちは状況を恐れる必要はありません。恐れや痛み、苦しみは感じて当然ですけれども、それ自体に飲み込まれることなく、堂々と、キリストを信じて、神さまを信じて立っていることができる。他の何かへの恐れではなく、主への信頼で心を満たす者として、キリストを恐れ敬うものとして立たせていただきましょう。

私たちにはインマヌエルという名前の神さまが一緒です。私たちのために、神でありながら人として来られたお方です。クリスマスはそのことをおぼえ、祝う季節です。そして何と驚くべきことに、今その方は、聖霊として私たちの内側に住んでおられるのです。まさにインマヌエル。神は私たちとともにおられます。

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【11/27】

イザヤ7:1〜2

「揺れる者をも用いて」

<アドヴェントを控えて>
今週からキリスト教会では待降節、アドベントという期間に入ります。主の降誕を待つと書いて待降節です。それは、クリスマスに向けて祈り備える期間です。12/25がクリスマスですけれども、その直前の四つの日曜日に、一週ごとに一本のろうそくに火を灯していきます。今年は12/25自体が日曜日ですので、この日には五本目のろうそくに火を灯します。アドヴェントのろうそくが五本になる年はめずらしいですね。最近では六年前がそうだったことを覚えています。

クリスマスとは、神が人としてこの世界に来てくださったことを祝う日です。これがどれほど大きなことであったか。聖書が語るには、それは天地の造り主が、本来完全な世界を造られた方が、人の罪のゆえに歪んでしまったこの世界に、痛み、病み、苦しむ私たちのこの世界に来てくださったということ。全き愛のうちに人を造られたお方が、その方を忘れて違う方向ばかり見ている私たちのところに来てくださったということ。時間も空間も超越しておられる方が、今から2000年ほど前のこの地上に実際に、わざわざ人として生まれ、私たちの間で、同じように泣いたり笑ったりしながら生きてくださったということです。私たちの隣に、傍らに来てくださった。神が人としてこの世界に来てくださったとは、そういうことです。神が私たちとともにいてくださる、それが文字通り実現したのがクリスマスなのです。

先ほど招きのことばで読んでいただいたマタイ1:23には、「その名はインマヌエルと呼ばれる」とあります。インマヌエルとは「神は私たちと共におられる」という意味です。クリスマスは、「神さまが私たちと共にいてくださる」ということの証なのです。クリスマスとは、私たちが抱える孤独が解消される時です。孤独の解消と言っても、それは人間同士でなされるものではありません。巷で繰り広げられる恋人同士でのものでもなく、また家族での団らんですら比べられるものではありません。それらはよいものでしょうが、私たちを造られたゆえに私たちのことを誰よりもよく分かっておられる神が、私たちと共におられるということほど、私たちの孤独を解決するものは他にないからです。

さて、「その名はインマヌエルと呼ばれる」、これはもともとは預言者イザヤが書き残した神さまのことばでした。神は私たちと共におられる、ということは究極的にはクリスマスにおいて実現したわけですが、初めにイザヤが神さまのこのことばを預かり、預言した時の状況を知ると、神さまが私たちと共にいてくださるということの意味がまた深まってきます。

<1~2節>
さっそく、イザヤ書7章に入っていきましょう。1節「・・・」場面は南ユダ。紀元前734年ごろの事と言われています。当時の世界はアッシリヤ帝国の支配を受けていて、北イスラエルや南ユダも例外ではなく、アッシリヤに対して多大な貢物をしていました。ある時、北イスラエルの王が隣国アラムの王と組んでアッシリヤに謀反を企て、南ユダ王国もそれに誘われたということがありました。南ユダの王アハズがそれを拒否すると、今度は彼らは南ユダを攻めに来たのです。シリア・エフライム戦争と言われます。シリア(つまりアラム)の王レツィンとエフライム(つまり北イスラエル)の王ペカが連れ立って攻めてきた。それがイザヤ書7:1の背景です。南ユダは大打撃を受けます。十二万もの兵士が北イスラエルのペカによって殺され、二十万人もの人が捕虜としてサマリアに連行されてしまいました(Ⅱ歴代誌28:6,8)。その捕虜は解放されましたけれども、先ほど読んだイザヤ書のように、「エフライム(つまり北イスラエル)にアラムがとどまりました(7:1,2)。彼らはまた攻めてくるでしょう。アハズ王の心も、民の心も、林の木々のように揺らいだとあります。当然でしょう。

しかし、彼らの動揺は、特にアハズの動揺は、ただ単にどうしようと不安に思ったということ以上に、まことの神さま以外のものに頼ってあっちを見たりこっちを見たりしていた彼の信仰のあり方を如実にあらわしています。少し場面が飛びますけれども、今日のこのイザヤ書の出来事の後のことが第二歴代誌には載っていますが、イザヤから神さまが共におられると聞いたのに、アハズ王はアッシリアの王たちに助けを求めるのです(28:16)。神さまはイザヤを通して、アラムもエフライムも自滅するから恐れなくていいと言われたのですが、しかし彼はアッシリヤに助けを求めました。人に助けを求めることは悪いことではありませんが、文脈上これは明らかに、「神さまに頼らず、他のものに頼る」という構図です。実際、アッシリヤの王はダマスコもエフライムも滅ぼしていきますが、ユダの王アハズを助けることはせず、20節、かえって彼を悩ませるようになります。すると今度はアハズ王はアラムの神々のための祭壇を町中に作っていくのです(28:22,23)。このようにアハズは「揺れ動く」人でした。

イザヤ書7章の時点に戻りますけれども、アラムとエフライムの連合軍を前にして「風で揺らぐように動揺」したアハズは、この時も、そしてこれからもそういう人でした。神さまのことばを聞いてもなお、アハズはあっちの神に頼んでみたり、こっちの神に頼んでみたりするような、「揺れ動く」人だったのです。敵の数が多ければそれを恐れ、敵の力が強ければそれを恐れる。恐れるとはそのことで頭がいっぱいになってしまうことです。そして神さまへの思いが締め出されてしまうこと。そうではなく、神さまをこそ恐れなさい、主なる神さまをこそ恐れ敬いなさいと聖書は語ります。「王は 軍勢の大きさでは救われない。勇者は 力の大きさでは救い出されない。軍馬も勝利の頼みにはならず 軍勢の大きさも救いにはならない。見よ 主の目は主を恐れる者に注がれる。 主の恵みを待ち望む者に。・・・私たちのたましいは主を待ち望む。 主は私たちの助け 私たちの盾。」(詩篇33:16-20)

さて、イザヤ書に戻りますけれども、7:2、アハズ王のことが「ダビデの家」と表現されています。これは単にアハズ王の家族と云うよりも、ユダの王家、キリストがやがて生まれるという神さまの約束を継承しているダビデの子孫ということを強調した表現です。アハズ自身は偶像礼拝の慣習を復活させた悪い王なのですし、この後も「揺れ動き続ける」ような人物です。しかし神さまは、罪深いアハズ王すらも、神さまの約束の担い手として見ておられました。神さまはやがてダビデの子孫から、ダビデの家から、救い主を生まれさせるという約束を忘れてはおられませんでした。このアハズも、キリスト誕生のために外せない存在として、その系図に名が記されることになります(マタイ1:9)。

私たちにも、林の木々のように心が揺らぐときがあります。アラムとエフライムが攻めてくるというような、絶体絶命の時があります。あっちの神に頼るのがよさそうだ、こっちの神に頼るのがよさそうだと、まことの神さまへの信仰、つまりこの方を信頼するということ(そう、信仰とは信頼のことです、それ)が揺れ動くことがあります。しかし、神さまはそんな私たちのことも、ご自身の計画のために用いてくださるのです。アハズが用いられたように。エレミヤ29:11にこのようなみことばがあります。「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。−−【主】の御告げ−−それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」神さまが私たちにもっておられるご計画は、わざわいではなくて平安を与えるものです。将来と希望を与えるためのものなのです。

神さまの大きな計画は、この天と地を作りかえて、新しい天と新しい地とすること。そこには「もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみも」ありません。そこでは神さまご自身が私たちの神として共にいてくださる(黙示録21:1-5)。これが神さまの大きな計画です。私たちは一度は土に返るものですけれども、やがての時には復活してイエス様とお会いするのです。文字通りのインマヌエルが完成します。このご計画は今も確かに進んでいて、そのために私たち一人一人の存在が用いられていくのです。私たちがどれほど不信仰だったとしても。私たちがどれほど「揺れ動く」存在だったとしても、神さまは私たちのことを大切に思い、その存在を尊く用いてくださいます。

「神が私たちと共にいてくださる」、そのことの証として、前味として、来てくださったのがイエスさまです。この方はインマヌエルと呼ばれます。まさに、「神は私たちと共におられる」という意味です。神さまは、揺れ動く私たちとも共にいてくださる。そして、用いてくださる。そのことを今一度思い直すアドヴェントの第一週といたしましょう。来週はこの続きの箇所を読みたいと思います。

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【11/20】

使徒の働き6:1〜7

「教会の問題解決」

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来週からアドベントに入りますので、年内の使徒の働きはひとまず今日の箇所までとなります。8節から場面が大きく変わっていきますので、よい区切りとなって感謝です。

初代教会の人々は、自発的な献金でお互いに助け合って生活していました。それは政府の介入による社会主義ではなく、捧げた後にも自由が効いたといいますから共産主義とも違います。自発的に捧げ、必要に応じて分けられたわけです。そこには貧しい人が一人もいなかったと。教会のこのような実践に心を動かされ、自分の財産を売ってそのために使って欲しいと捧げたバルナバのような人がたくさんいたでしょう。周囲の人々からも敬意を受けていました。

しかし、問題がなかったわけではない。初代教会と聞くと、何の問題もない理想型と思いがちなんですけれども、決してそうじゃない。コリントの教会では賜物の乱用ということもありましたし、ガラテヤの教会では福音の理解に問題がありました。聖書に描かれている教会だったり、弟子たちだったり、旧約聖書に出てくる信仰の偉人たちについてもそうですが、聖書の内容というのは、問題のない完全無欠な理想のヒーローの話ではないんですよね。問題だらけなんです。聖書に出てくる人たちというのは問題だらけ。でも、だからこそイエスさまが人としてこの地に来てくださった。人は自分では、自分自身をどうにもできないから、聖霊が来てくださったわけですよね。聖書に描かれていることは、無批判になんとなく理想像としつつ、でも無理だよねと簡単につぶやけてしまうようなものではなくて、自分も彼らも変わらない現実がある、しかし、彼らの人生に神さまが介入されて、彼らが成長していく、その過程、そのプロセスに自分を重ねるわけですね。彼らが成長していったように、私も成長していく。そのことを願い、祈っていく時に、その同じ聖霊が、私たちをも成長させてくださいます。

<6:1 異質なものを認めない空気>
1節から見ていきますけれども、「ギリシア語を使うユダヤ人」というのは、ユダヤの地から離れて、違う国々で生活していたために、ヘブル語を使えなくなった世代の人々のことです。過去にバビロン捕囚というのがあって、南ユダ王国の人々がバビロンに連れていかれました。しかし、ペルシャのクロス王という人がバビロンを滅ぼして、ユダヤ人に帰還許可を出したわけですね。そしてユダヤに帰った人々は引き続きユダヤ人としてヘブル語の読み書きをしていったわけですが、そのままバビロン(ペルシャ)に残った人たちがいたわけです(エステルとか、モルデカイという人たちですね)。ペルシャだけでなく、世界各地にユダヤ人が離散していく時代になりました。バビロン捕囚の前には、北イスラエル王国がアッシリアに滅ぼされるということもありましたので、その頃からユダヤ人が散らばって離れていくということが起こっていたわけです。散らばっていった人々の子孫に当たる人たちは、アイデンティティとしてはユダヤ人だけれども、ヘブル語は話せない世代になっていったわけですね。離散のユダヤ人のことを「ディアスポラ」と言います。ローマ帝国ではラテン語が公用語でしたけれども、一般的にはギリシャ語が使われていたので、ギリシャ語しか話せないディアスポラのユダヤ人というのが各地にいたわけなのです。

しかし、彼らもユダヤ人として、神殿での祭り・礼拝に参加するためにエルサレムに出かけていくのでした。使徒の働き2章に、五旬節の祭りの日にいろんなところから人々が集まって来ていたことが書かれていましたが、彼らのほとんどがこのディアスポラのユダヤ人だったでしょう。そこで福音を聞いて、主イエスを信じるようになり、エルサレムにそのまま留まった人がいたとしても不思議はありません。また、彼らが祭りの後で自分の国に帰って、そこで福音を広めていくことでクリスチャンは増えていきましたので、そういう人たちがまたエルサレムにやって来て、教会共同体に留まるということも起こったでしょう。人々が行き交う、ディアスポラのユダヤ人たちがやってくる、そういう時代でした。そこには、望むと望まないとにかかわらず、交流が生まれるわけです。

ヘブル語を使うユダヤ人からすれば、面白くない状況があったと思います。自分たちは純粋なユダヤ人であるという自負があったでしょうから、心情的にディアスポラのユダヤ人を受け入れられないということもあったでしょう。自分たちは彼らとは違うという、ある種のラベリングをしてしまうこともあったでしょう。自分とは違う人々を受け入れられるか。しかも、毎日の配給というような日々の生活レベルで、自分とは違う人々を受け入れられるか。これは、今日の私たちにも大きな課題です。

自分とは考え方の違う人だったり、生活スタイルの違う人を受け入れることは難しいことかもしれません。しかし、教会はキリストのからだと言われます。からだというものが同じ部分だけでは成り立たないように、キリストのからだである教会も、同じ人同士、似ている人同士だけでは成り立たないんですよね。

Ⅰコリント12:14〜18「実際、からだはただ一つの部分からではなく、多くの部分から成っています。たとえ足が「私は手ではないから、からだに属さない」と言ったとしても、それで、からだに属さなくなるわけではありません。たとえ耳が「私は目ではないから、からだに属さない」と言ったとしても、それで、からだに属さなくなるわけではありません。もし、からだ全体が目であったら、どこで聞くのでしょうか。もし、からだ全体が耳であったら、どこでにおいを嗅ぐのでしょうか。しかし実際、神はみこころにしたがって、からだの中にそれぞれの部分を備えてくださいました。」

からだのなかに自分と考え方が違う人、物の見方が正反対な人がいたとしても、それは当然なんですよね。教会だけでなく、家族であったり、職場であったり、地域社会においても言えることです。自分と考え方が違う人、物の見方や生活スタイルが違う人がいるのは当然なんです。特に日本の社会では同調圧力が強くて、違う人、異質な人を認めない雰囲気がありますが、そういう場面において、キリストのからだに属する私たちは、それで当然なんだと、違う人同士で受け入れあっていける様子を、そんな生き方を証していきたいと思います。自分が置かれているそのところで、身の回りで、私たちはそういう生き方を証していきたいと思います。ましてや、この時のエルサレムの教会が陥っていたような、自分とは違う人、しかも立場の弱い人をなおざりにするような、いい加減に扱うようなことがあってはなりません。

少し話が飛びますが、同じ理由で、これからの時代、私たちは難民の問題を避けては通れないでしょう。富や食料が一部の国に集中して、他の大多数が貧しい暮らしをしなければならなくなっているこの世界で、不平や不満が止むことはなく、暴力によって故郷を追われる難民が生まれることは避けられない。世界は難民の問題とますます向き合わざるを得なくなっていくと思います。では、難民を無条件に受け入れるべきなのかと言われれば、日本にはその体勢が整ってはいないでしょう。これは難しい問題だと思います。現在、日本に難民申請をする人は年間で1万人ほどもいるそうです。しかし、そのうち申請が通って難民として認められるのは0.4%、40人ほどだと言います。戦争や内乱などで祖国から日本に逃げて来て、難民申請をする人は今後もどんどん増えていくでしょう。世界の一員として、私たちも難民の問題と無関係ではいられません。日本の社会自体が今、経済的にも精神的にも余裕がないですから、生活が苦しい中でどれだけ他者に優しくなれるか。そのための力、国としての体力をどのように保っていくか。今後の大きな課題なのでしょう。今、私たちにできることっていうのは少ないですけれども、今年も難民支援のために献金をしました。また、政治家を選ぶのは私たちです。選挙の時には、こういう問題に関しても、日本が果たすべき役割についてしっかり考えている政治家を選んでいきたいと思います。自分と違う人を受け入れるということ。これは世界規模の難民という話だけでなく、身の回りで、地域社会で、学校や地域社会、家庭の中で問われることです。身近なところでこそ、しっかり考えていきたいと思います。

<6:2 役割分担>
さて、十二使徒はこの苦情を聞いて、弟子たち全員を集めました。十二人というのは使徒、つまり十二弟子ですから、集められた「弟子たち全員」というのは、十二使徒以外の弟子たちですね。弟子というと十二弟子というイメージがありますが、十二弟子以外の人たちも、イエスさまを信じる者はイエスの弟子なんですよね。何千人にもなっていた信者が全員集められるというのは、難しい気がしますので、信者たちの中でもリーダー的な存在の人たちが集められたのだと思います。とは言え、イエスを信じる者はイエスの弟子であるということ。つまり、私もあなたもイエスさまの弟子なのだということは覚えておいてください。

十二使徒は言いました。「私たちが神のことばを後回しにして、食卓のことに仕えるのは良くありません。」これは、みことばを解き明かす仕事と、食卓に仕える(つまり食事の用意をする)仕事の間に優劣があるという話ではありません。かつて、イエスさまは食事の席で弟子たちの足を洗いました(ヨハネ13:14)。それは奴隷の仕事だったわけですが、イエスさまはそれほどに、互いに仕え合うという姿勢を示されたわけです。また、マルタとマリアの話もよく誤解されると思います(ルカ10:38-42)。姉のマルタは食事の用意のために忙しくしていたけれども、妹のマリアはイエスさまの足元でみことばに耳を傾けていた、ということがあったわけです。しまいにマルタは怒り出して、「妹にも手伝うようおっしゃってください!」とイエスさまに言うわけですが、イエスさまはマルタに、「あなたは・・・心を乱しています。しかし、必要なことは一つだけです。」と言われました。これも家事という仕事自体を否定したことばではありません。マルタのもてなしは賜物であり、聖書の別の箇所では好意的に描かれています(ヨハネ12:2)。話を戻しますが、十二使徒は、礼拝に関することと家事に関することを比べて、自分たちには家事なんてできない、給仕なんてできないと言ったわけではありません。そうではなくて、役割分担の問題でした。

教会においてもそうです。牧師は礼拝を取り仕切り、聖書のみことばを取り次いで語ります。確かに、礼拝は何よりも大切にされるべきものです。しかし、牧師の役割が、他の人の役割よりも優れているということは決してありません。それぞれの役割があるのです。私たちの集まりは小さいですが、ここにも多くの役割があります。プロジェクターの操作をしてくださる方、後片付けをしてくださる方、何よりも大切なのは、礼拝者としてここに集う、みことばを聞く、それも大切な役割だということです。そのために時間も、体力も、お金も犠牲にしてここに集っておられるお一人お一人であることを思います。私は私の役割を果たします。また、もしかしたら今後、使徒たちが自分の役割を整理したように、私もみなさんにお願いすることがあるかと思います。無理のない範囲で、無理をしたら元も子もありませんので、ご協力いただければ感謝ですし、申し出ていただければと思います。これからも、みなで助け合って、この教会を形作っていこうではありませんか。

<6:3 聖霊の満たしを求めながら>
3節以降ですけれども、御霊と知恵に満ちた評判の良い人たちが選ばれ、給仕の仕事が任されることになりました。これは、評判の良い人が仕事をすればいい、だから私には関係ないという意味の箇所ではないです。みんな、それぞれに役割があります。この七人には給仕の役割があり、他の人には他の役割がありました。それぞれの役割のために、聖霊の満たしが必要なのだということです。知恵ということばも出て来ます。問題の解決のためには知恵が必要です。また、評判がいい、つまりみなが納得することも大切です。そして、何よりも御霊の満たし、聖霊の満たしが必要なのですね。私たちが自分の役割を果たすためには、聖霊の満たしが必要です。聖霊に満たされつつ、自分の役割を果たしていくんです。聖霊の満たしというのは常に「満たされ続けていく」ということですから、これを願い、祈り求めている人ということになります。聖霊の満たされることで、私たちは自分の役割を果たしていくことができるんですね。私たちも、与えられた賜物を理解してそれを用い、仕えていくために、なお一層聖霊の満たしを求めて祈っていきましょう。

4節、使徒たちは祈りとみことばの奉仕に専念することになりました。みことばの奉仕というのは、聖書から神のことばを取り次いで伝えることです。そして「祈りの奉仕」というのもあるんです。この祈りの奉仕というのは、みなさんにもぜひ協力して欲しい分野です。教会のために、お互いのために、ぜひ祈ってください。祈りは教会の動力源です。ぜひ、教会のために祈ってください。

5節、そして選ばれた人たちは、ほとんどがディアスポラのユダヤ人、つまり、ギリシャ語を話すユダヤ人でした。問題はディアスポラ・ユダヤ人のやもめがなおざりにされているということでしたから、きちんと彼女らの訴えを聞くことができる彼らはまさに適任でした。中でもステパノという人は、今後大きな働きのために用いられていきます。食事の給仕のために選ばれた人でしたが、彼の賜物は使徒たち顔負けの説教をすることにもありました。役割分担をしても、それに縛られる必要はなく、任された働きをきちんと踏まえた上で、できることはやっていけばいい。与えられた賜物を用いていけばいいのだということです。七人の中には「アンティオキアの改宗者ニコラオ」という人物も出て来ます。彼はユダヤ人ではなく異邦人、外国人だけれども、ユダヤ教に改宗した人ですね。ユダヤ教に改宗しつつ、ナザレのイエスこそ救い主だと気づいたので、今は使徒たちと共にいるということですね。アンティオキアの教会というのは、後にパウロとバルナバを宣教旅行に送り出していく拠点となる教会です。おそらくこのニコラオも関係があるでしょう。私たちも、今行っている小さなことの積み重ねが、あとで大きく用いられるということがある。神さまはそのように私たちを用いてくださるということを覚えておきましょう。

6節「手を置いた」というのは、按手と言って、特別な祝福や派遣のための祈りのために、遣わされる人の頭に手を置いて祈るわけですね。牧師や宣教師を派遣する時にこうやって祈って送り出します。私も5年前を思い出して、初心に帰らされる思いです。ただ、彼らはここで牧師や宣教師を派遣したわけではありません。派遣の祝福は、特別な役職の人だけのものではありません。毎回の礼拝で最後に祝福と派遣の祈りをしていますけれども、みなさんの日々の生活の中に、ここから派遣していくという意味の大切な祈りです。ぜひ、そのつもりで毎回の祝祷を受け取っていただきたいと思います。

7節「こうして、神のことばはますます広まっていき」ました。はじめに、初代教会は問題のない理想の教会なのではなく、そこにも問題があったのだけれど、問題が解決されていくプロセスに自分たちを重ねることができるということを言いました。彼らは、聖霊に満たされることを重視して、役割分担をしながら、みなで納得できる方法を模索していきました。その意味で、やはり初代教会は見本であり、手本ですね。問題がないのではなく、問題が解決されていくプロセスに自分たちを重ねることができます。そして、教会内部の問題解決は、福音の広がりに直結します。問題は解決され、神のことばはますます広まっていきました。

イエスを信じる人は増えていき、祭司たちまでもが大勢、次々と信仰に入ったとあります。今まで迫害する側だった人たちも、イエスさまを信じ始めたのです。一行、二行で書かれていますけれども、神のことばが広まっていく、信者が増えていく、そこには、地道にみことばを語り続けた教会の日々の歩みがありました。神さまは、私たちの小さな歩みもすべて理解していてくださいます。またここに「弟子」とあります。イエスを信じるとは、「イエスの弟子」になるということです。クリスチャンが増えるということは「イエスの弟子」が増えるということです。私たちもまた、弟子としての自分の生き方を省みたいと思います。自分に自信のある人はいないでしょう、しかし、そこでペテロのように悔い改め続けていきたいと思います。私たちはイエスの弟子である。そのことを今一度、胸に刻みましょう。また、この幸いな弟子としての生き方に、人々を招いていこうではありませんか。

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【11/13】

使徒の働き5:12〜42

「宣べ伝えることをやめない」

久しぶりになりますが、使徒の働きに戻ります。聖霊が来られて教会が誕生し、主イエスの福音が力強く証されていく様子を読んできました。教会において人々は自発的なささげ物でお互いに助け合いながら生活していたことも見ました。バルナバのようなよい例と、アナニアやサッピラのような悪い例もありました。アナニアやサッピラは悪い例というよりは残念な例でした。自分の罪を知ってショック死してしまったのですから。私たちは、自分の罪を知ったときには、悔い改めることを忘れないでいたいと思います。さて、今日はその続きです。

<12節〜18節 迫害とその理由>
以前の翻訳では「また」となっていましたが、話の内容が変わりますので、日本語の翻訳としては「さて」となりました。ここから5章の終わりまで、教会が迫害を受けている様子が描かれます。似たようなことは4章にも書かれてあって、こういったことが単発のことではなく、継続的に起こっていたことがわかります。しかも、それは教会側が善を行い、主イエスを信じる人が増え、そのことを妬んだ宗教指導者たちが権力にものを言わせて教会を取り締まるという構図が続いていました。長いので大まかになりますけれども、順を追って見ていきましょう。

12節「使徒たちの手により、多くのしるしと不思議が人々の間で行われた。」しるしと不思議というのは、福音の確かさを証する奇跡ということですね。イエスさまがなさっていたことです。それが弟子たちに引き継がれました。弟子たち、つまり教会は、イエスさまの働きを継承する存在なんです。13節に「ほかの人たちはだれもあえて彼らの仲間に加わろうとはしなかったが、民は彼らを尊敬していた」とあります。あえて仲間にならないけれども、教会に対して敬意を持ってくれていたということです。これは、教会が地の塩として、世の光としてきちんと機能していたということでしょうね。また、バルナバを奮い立たせたように、貧しいものが誰もいないというこの共同体の生き方が多くの人に感銘を与えていたということもあったでしょう。そして14節「主を信じる者たちはますます増え」ていったと。福音を伝えるには多くの方法があります。ペテロのようにことばで伝えたり、使徒たちのようにしるしと不思議を行ったり。また教会共同体がその生き方を通して伝えたように。私たちも、その時その時にかなったあり方で、主を証していきたいと思います。

15節以降、いやしの奇跡を求めて人々が殺到し、16節の最後、その人々はみないやされました。しかし、そうやって騒ぎが大きくなったことで、17節、宗教指導者たちが使徒たちを捕らえて留置場に入れるという出来事が起こりました。17節には「サドカイ派」がまた出て来ます。死者の復活を認めない人たちですね。使徒たちはキリストの復活を宣べ伝えていましたので、サドカイ派の怒りを買ったわけですね。福音とは「イエス・キリストが十字架で死んだ」というところで終わらず、「イエス・キリストは十字架で死んだけれども、よみがえった」ということが大切なんです。私たちも一緒に十字架で死んだ、しかし、私たちも一緒に復活のいのちを生きられる。赦されて、解放されて、復活のいのちを生きられる。それが福音なんですよね。その復活の証をすればするほど、迫害が起こるということでもあります。逆を言えば、迫害が起こるというのは、福音を伝えているということの証なんですね。

<19節〜 いのちのことばを伝えさせる主の奇跡>
19節「ところが、夜、主の使いが牢の戸を開け、彼らをつれ出し、・・・。」留置場に入れられた使徒たちを、主の使い、天の御使いが助けました。そしてこう言ったのです。20節「行って宮の中に立ち、人々にこのいのちのことばをすべて語りなさい。」この御使いのことばから二つのことを考えたいのですが、一つ目、まず神の助けとは困難がなくなることではなく、困難の只中でも使命に生きることへの助けだということです。神さまは困難の只中でも主イエスの福音を伝えるようにと力を与えてくださいます。4章の時点で彼らにはすでに分かっていたことです(4:29-30)。もちろん、そのためにこそ、困難を取り去ってくださったり、休みを与えてくださることもあるでしょう。聖書にはそういった例もたくさんあります(Ⅰ列王記17:3-4、19:4-8など)。何にせよ、私たちはイエスさまの福音を知らせるのです。痛んで立ち上がれない時もあります。うずくまって動けない時もあります。大丈夫、神さまは休みをくださいます。守ってくれます。そして十分休んで力を得たら、私たちはまた立ち上がることができるのです。

御使いのことばから考えたいことの二つ目は、私たちが伝えるのは「いのちのことば」だということです。壺を売りつけるだとか、何人に布教すれば認められるとか、そういうノルマとして扱われる知らせじゃない。私たちに生きる力を与え、慰め、励まし、行くべき道を示し続ける神のことばです。だから、自分自身がまずこれを味わいたいですね。神から離れた罪の状態を聖書は霊的な死と表現していますが(エペソ2:1)、私たちはキリストを信じていのちを与えられ、新しくされたんですよね(Ⅱコリント5:17)。このいのちは霊的ないのち、新しいいのちです。肉体の復活が約束されている、永遠のいのちです(ヨハネ3:16)。このいのちを与え、励ますみことばだということです。御使いは弟子たちに告げました。「立って宮の中に立ち、人々にこのいのちのことばをすべて語りなさい。」私たちも、いつもの場所で、立ってこのいのちのことばを語り続けます。このいのちのことばを証し、示し続けるのです。

<21節〜 証言・抵抗>
御使いのことばを聞いて、弟子たちは夜明けごろから宮に出かけ、朝一番で人々にいのちのことばを伝え始めました。宗教指導者たちは最高法院、サンヘドリンと呼ばれる議会を招集して弟子たちを裁判にかけようとしていましたが、彼らは御使いによって助け出されており、牢獄はもぬけの殻でした。代わりに、25節、弟子たちが宮の中で教えているという報告が入ります。そして改めて弟子たちは議会に連れて来られたのでした。大祭司は言いました。28節「あの名によって教えてはならないと厳しく命じておいたではないか。それなのに、何ということだ。おまえたちはエルサレム中に自分たちの教えを広めてしまった。そして、あの人の血の責任をわれわれに負わせようとしている。」これは4:18でペテロとヨハネをそのように脅していたのです。しかし、彼らはまったく脅しに屈していないどころか、ますますイエスの復活の福音を宣べ伝えていました。大祭司に対しても、こう答えています。29節「人に従うより、神に従うべきです。」

これは、ここだけ切り取って「だから人に従う必要はない」という箇所ではありません。世の中の秩序、人の社会の指導者を敬うようにと聖書は教えています(ローマ13章など)。なぜなら、彼らも神が立てた権威だからです。しかし、その彼らが神を否定したり、神に仕え礼拝することを禁じるような時には抵抗すべきなんですね。第二次世界大戦中のドイツの教会が有名です(抵抗権)。また、現代日本社会では「信教の自由」が認められているわけですから。信教の自由と言うのは、私たちが何を信じようが自由だというよりも、国が信仰を強要してはならないという意味なんですよね。戦争中に日本の教会は国家神道を拝むように強制され、そこに抵抗し切ることができませんでした。その歴史を忘れてはならないですし、そのような場面でこそ「人に従うより、神に従うべきです。」と告白したいと思います。まさに、ペテロと使徒たちのこのことばは信仰ゆえの抵抗でした。

なお、32節には「私たちは証人です。また聖霊も証人です。」とあります。聖霊は私たちとともに、キリストの復活の証人となってくださるお方なんですね。私たちクリスチャンは、イエスさまの復活を証するのですけれども(使徒1:8)、聖霊が一緒にそのことをしてくださるんですね。聖霊は、私たちが神の子であることを証言してくださる方だとも書かれています(ローマ8:16)。私たちの信仰の何から何まで、一緒に伴なってくださるお方なんですね。一緒に証してくださる、一緒に証言してくださるお方なんですね。

<33節〜 相手の反応・与えられた助け>
大祭司をはじめとする宗教指導者たちは、怒り狂って使徒たちを殺そうとします。絶体絶命です。しかし、そこにも神の助けがありました。パリサイ派のガマリエルという律法学者が「放っておこう」と発言したのです。このガマリエルという人は特段、使徒たちへの思い入れがあったりだとか、イエスを信じていたというわけではありませんでしたが、ユダヤの律法学者として立派な人物でした。パリサイ派というのは律法学者のグループの一つです。律法を大切にするがあまり、細則をたくさん作ってそれを守らせるような指導をしており、偽善だ、本末転倒だとイエスさまから叱責されたのがパリサイ人、パリサイ派の律法学者たちでしたけれども、本来は律法を大切にする人たちです。そして、サドカイ派が祭司など支配者階級に多かったのに対して、パリサイ派は民衆の支持を得ていました。さらにガマリエル自身が「民全体に尊敬されている」人だったのが大きかったと思われます(34節)。民に人気のあるこの使徒たちをどう扱うか、下手に扱えば民衆の暴動が起こるということを恐れていた議員たちはこの人の忠告を受け入れました。そして40節、使徒たちをむちで打ち、イエスの名で語ってはならないと再度命じた上で釈放したのでした。

このガマリエルという人は、神さまがこの混乱の渦中に与えてくださった助けでした。彼自身はイエスを主と信じているわけではなかったのですが、彼の信仰、彼の考え方を用いて神さまは使徒たちを助けました。ちなみに、このガマリエルの弟子があのパウロになります。このガマリエルという人は、自分はそう思わなくても、多くの点で教会のために用いられた人だったと言えます。これと似たようなことが今日の私たちの周りにも起こるでしょう。神さまがつくられたこの世界で、神さまが支配しておられるこの世界で、私たちの助けは思いもよらないところから与えられます。感謝して、受け取っていきたいと思います。

<41節〜 宣べ伝えることをやめない>
釈放され、解放された使徒たちは、41節「イエスの御名のために辱められるに値する者とされたことを喜びながら」出て行きました。迫害というのは、この人たちならこの試練を通してもイエスの福音の証人になれるという神さまの願いからくるものです(ヘブル12:7)。そして、使徒たちはそのことを喜びました。今回もまた、4:29〜30のように祈ったことでしょう。「主よ。今、彼らの脅かしをご覧になって、しもべたちにあなたのみことばを大胆に語らせてください。」主にあってピンチはチャンスになります。何ものも、私たちが主を証することを止めることはできません。むしろ、止めが入るということは、邪魔が入るということは、福音が証されているということですね。

気をつけなければならないのは、神さまが試練として与えるものではなく、罪の結果でしかない困難もあるということです。使徒たちのようにイエスさまの復活を宣べ伝えていた上での周囲の不理解、困難だったとしても、しかし語る側に愛がなければ、いつまでも周囲の理解を得ることはできないでしょう。それは信仰ゆえの困難というよりは、自らが招いている現実ということになります。悔い改めが必要ですよね。逆に、こちらには落ち度はなかったけれども、あらゆるハラスメントのように、一方的に困難な状況に入れられてしまうこともあります。そのような時には、早急に距離を取る必要があるでしょう。その場に留まって語り続けることなんてできません。神さまの助けと守り、いやしが必要です。神さまが与えた試練なのか、自分の罪ゆえの現実なのか、人の罪の歪みに巻き込まれているのか、見極めが必要になります。

42節「そして毎日、宮や家々でイエスがキリストであると教え、宣べ伝えることをやめなかった。」宮というのは神殿のことで、これまで通り、彼らは神殿に出かけて行って人々に伝え続けました。そしてここで「家々」ということばも出て来ます。ペンテコステの出来事が起こったのは普通の家でしたし、何千人という人々が救われて主イエスを信じていたわけですから、すでに神殿だけでなく、家々で礼拝が持たれ、集会が持たれていたでしょう。初代教会においては家々で礼拝が持たれていたのです。このタイミングで「家々」と明記していることは、福音の広がりを感じさせます。一箇所にとどまってはいない、あちこちに広がっていく福音です。コロナ禍で私たちは集まることが困難になり、各自の自宅で「それぞれでの礼拝」をすることが多くなりました。今日もまた、場所が取れなかったという理由ですが、それぞれで礼拝しています。集まって礼拝することには、集まることならではの恵みがあります、しかし、それぞれで礼拝することの恵みも確かにあります。家ということになれば、日曜日の礼拝だけでなく、生活のすべてにおいて主があがめられ、主が証されていくわけです。初代教会の人々が、宮と家々で主イエスを証し続けたように、私たちも語り続けたい。宣べ伝え続けたい。証し続けたいと思います。教会を導かれる聖霊なる神が、そのように助けてくださいます。

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【11/6】

創世記23:1〜20

「証としての葬り」

(召天者記念礼拝)

本日、みなさんと共に召天者記念礼拝を開催できることを感謝いたします。昨年はコロナで開催できず、一昨年もメッセージメールの配信という形だったので、三年ぶりの開催になります。ご一緒に、先に天に帰られた信仰の先輩方を偲びつつ、聖書が記す慰めと希望を再確認して参りましょう。

<召天とは>
はじめに、「召天」ということばをご説明いたします。読んで字の如く、天に召される、天から呼ばれるということですね。地上での命を終えて、天におられるキリストのもとに召されることを「召天」と表現しています。

聖書によれば、イエス・キリストは私たちの罪の代わりに十字架について死なれた後、三日目に復活され、その後天に上っていかれました。今、キリストは天におられます。天で父なる神(天地の創造主)の右に座しておられます。主として、キリストとして、世界のために祈り、治めておられます。天に昇られたイエスさまは、また私たちのところに戻ってこられることも、聖書で約束されています。それまでの間、私たちはこの地上で生きていかなければならないわけですが、キリストが天に戻られたことで、代わりに聖霊が私たちのところに送られました。私たちはこの聖霊によって信仰を続けていくことができます。聖霊によって、私たちは主イエスと日々を共に送ることができる。この地上での旅路を続けることができるのです。

地上の旅路を終えた後、私たちは天に召され(召天)、キリストのもとで休みます。これが天国です。召天者名簿には、関西集会にゆかりのある方々の名前を載せていますが、洗礼の有無に関わらず、イエスを主と告白したこれらの人々は今、天でイエスさまの御もとにあると私は信じています。

さて、聖書が語る死後のいのちとは、死んで天国に行って終わるものではありません。イエス・キリストが肉体をもって復活されたように、私たちもやがて復活する。この天と地が新しくされた時、神の国が完成し、キリストがまた戻ってこられる時に、私たちは復活するのです。死後のいのちの一般的なイメージとして、たましいだけになって天国で永遠に過ごすというイメージがありますが、そうじゃない。天国の後、栄光の肉体を与えられて私たちは復活するんです。

だから、聖書の教えは「この地上のことは意味がない」「あの世で楽しく過ごせればいい」という考え方とは無縁です。私たちは物質の世界、この世界も大切にします。ここがまったく新しくされるというのですから。今、私たちが苦労しながら、痛みを覚えながら、生活しているこの世界は大切です。いつまでもこのままなのではなく、やがてこの天と地は新しくされる、その場所として、この地上は大切なんです。だから、私たち一人ひとりの今の生活には意味があります。この地上のいのちには、私たち一人ひとりの人生には意味がある。ここにお名前のあるお一人お一人の人生もまた、かけがえのない、意義深い人生でありました。

彼らは、そのいのちを全うされたのです。生き抜いた。決して、残念だったんじゃない。立派に生き抜いたお一人お一人です。身体の病で亡くなられた方、心の病で亡くなられた方、若くして亡くなられた方、みな、尊い一生を、大切な人生を全うされ、生き抜いて、そして天に召されていきました。

私たちは今、静かにそのことを思い起こします。彼らの残してくれた信仰の歩み、その姿を思い起こして、励まされます。そして、やがては自分もまたこの地上でのいのちを終える存在であることを思い出し、心に刻みつつ、襟元を正され、背筋を伸ばして、今日を歩んで参りましょう。地上の人生を歩み抜いてまいりましょう。

その上で、今日は創世記からサラという女性を取り上げ、その人生と死について、また夫アブラハムが彼女を葬った場面をご一緒に見ていきたいと思います。

<サラの一生>
創世記23章1節に「サラの一生、サラが生きた年数は百二十七年であった。」とあります。サラとはどのような人物だったのでしょうか。サラの名前が初めに出てくるのは創世記11:29〜31です。当時の名前はサライと言いました。後に明らかになりますけれども、アブラハム、当時のアブラムとは異母兄弟でありました。幼馴染でもあったことでしょう。それがアブラムと結婚することになりました。しかし11:30、サライは不妊の女であったとあります。現代ならいざ知らず、当時サライはどれほど苦しんだことでしょう。しかしそんな中で、夫アブラムが父テラに関わる人々をみな連れて、カルデヤのウルを出発します。家父長制が強い時代、「テラは」と表現されましたが、神さまから示されて出発したのはアブラムでした(ヨシュア記24:2)。サラも夫の決断に従いました。夫から聞かされた神の約束(子どもが与えられて大いなる国民となること)に心を躍らせたことでしょう。ウルからハランに移動し、そこに腰をおろしてしまっていたアブラムに再度、神さまから声がかかったのが12:1です。そしてアブラムはまた移動することになりました。今度もまた、サラはついて行きました。

その後、ききんのためにエジプトに下ったときには、夫から「妻ではなく妹だと言ってくれ」と頼まれます。もともと異母兄弟ですから嘘ではありませんでしたが、いい気持ちはしなかったでしょう。しかし、ここでもサラは夫の言うことを受け入れています。その後の展開はご存知の通りですが、ここでは割愛します。

サラは自分の主張をせず、何でもアブラハムの言うことを聞き入れてきた、そういう人だったかというと、決してそうではありませんでした。いつまでたっても約束の子どもが与えられないことに待ちくたびれたか、女奴隷のハガルとの間に子どもを設けるように提案します(このやり方自体は当時よくあることでした)。しかし、いざハガルが妊娠すると嫉妬に狂い、アブラハムに言いつけて妊婦のハガルを荒野に追い出したのです。これと同じことをまた繰り返してもいます。

神さまの約束を最後まで信じ抜いた、ブレない信仰者だったわけでもない。夫のところに三人の不思議な旅人が訪ねてきて「来年の今頃赤ん坊が生まれる」と伝えて来た時にも、それはずっと信じて来た神さまの約束がいよいよ実現するという宣言だったわけですが、「老ぼれてしまった私に、何の楽しみがあろう」とサラは笑いました。もはや、神の約束を信じられずに笑い飛ばしてしまった。サラは決して、徹頭徹尾ブレない信仰者だったわけではない。

しかし、それでも、サラは夫とともに神さまのことばを信じ直して応答しました。そして、本当に子どもが生まれる奇跡を体験したのです。九十歳で子どもを産むとは、誰が予想したでしょう。主のことばに不可能はないということを知らされることになりました。

聖書はサラを信仰者の手本の一人としています。激動の人生、まさに山あり、谷ありの人生で、神さまに信頼した時も、神さまへの信頼を忘れた時もありました。しかし、それでもサラは神さまと共に歩み続けた人でした(ヘブル11:11、Ⅰペテロ3:6)。私たちも、人生上向きの時もあれば、どん底の時もありますが、サラのようにその人生を全うしたいと願います。

それにしても、聖書に出てくる女性の中で、亡くなった時の年齢まで記されているのはサラだけ。特別扱いです。創世記の文脈の中で、アブラハムのストーリーの中で、サラの存在がどれほど大切であったか。23章に戻りますが、2節、サラはキルヤテ・アルバ、すなわちヘブロンの地で亡くなったようです。「アブラハムは来て」とありますから、間に合わなかった。死に目には会えなかったことが伺えます。アブラハムは嘆き、泣きました。

<悲しみについて>
ここで「悲しみ」について、考えたいのですけれども、伝道者の書に次のようなみことばがあります。「祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。そこには、すべての人の終わりがあり、生きている者がそれを心に留めるようになるからだ。」(伝道者7:2)悲しみというと、普段私たちはそこからネガティブな、暗いイメージを読み取るのですが、悲しみも大切なんですね。後にイエス様も言われました。「悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるから。」(マタイ5:4)

特に今日は喪中の悲しみについて、愛する人を亡くした悲しみについてでありますけれども、若松英輔という方がいて、悲しみについてよく本を書かれています。カトリックのクリスチャンの方ですけれども、この方はガンで奥さんを亡くしていますが、「愛するとは何であるか」、おぼろげながらに感じられるようになったのは妻の没後だと言います。同じように妻を亡くされた男性、その方は津波のためにでしたけれども、その方への手紙という形で収録された文章があるので、抜粋して紹介しますと、「こんなことをいうと誤解されるかもしれません。でも、あなたならきっと、お分かりいただけると思うのです。先立つことは、人間が行い得るもっとも貴い行いではないでしょうか。残った人は、愛する者の死を経ることで、愛するとは何かを真に知るのではないでしょうか。たしかに、残された者は悲しみを背負わなくてはなりません。しかし悲しむとき、相手が生きているときには感じることのできなかった深い情愛が生まれます。・・・それは、真心のことでもあります。自分のなかにこれほどまでに人を思うことができるのかと感じられるほど強い、確かな感情が湧きあがります。」(『君の悲しみが美しいから僕は手紙を書いた』p.21)

悲しむからこそ愛が分かるというのです。古い日本語では、「愛しい」も「美しい」も「悲しい」と読むそうですね。どれも同じ言葉だったわけです。悲しみを通してでしか分からない美しい感情がある。悲しみを通してでしか分からない愛があるということだと思います。

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3:16)

愛する者の死で痛む心を、神さまは分かってくださいます。十字架にかかられたイエス様の愛について、私たちはよく思いをいたしますが、ひとり子を失わなければならなかった父なる神の悲しみもまた、忘れてはいけないのです。

<サラの埋葬、その墓地>
創世記23章に戻りますけれども、アブラハムはサラの埋葬のために動き出します。3節、この「立ち上がるということばですが、これは後に旧約聖書がギリシャ語に訳された時に「復活」と同じ単語が使われました。立ち上がることとは、復活すること。イエス様を信じる者は復活できる。やがての復活だけでなく、いつも、何度でも、立ち上がることが出来ます。伝道者の書に「泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。」とありますが(伝道者3:4)、立ち上がるのにも時があるのでしょうね。

4節でアブラハムは、サラを葬るための洞穴を、正式な手続きを経て購入しようとしています。ここで彼は自分のことを寄留者と言っています。神さまから約束された地に来た、そしてここで子孫が増えていくその約束は、イサクの誕生によって確かなものであることがハッキリした。しかし、ここに国として、国民として増えていくのはまだまだ先の話です。神さまの約束は確かであり確実だけれども、その実現にはまだ時間がかかるのです。

私たちも、神の国の「すでに」と「いまだ」の間で生きています。イエス様が来られたことで神の国が広がり出した。その意味では神の国はすでに来ている。しかし、最終的に神の国が来るのは、完成するのは、イエス様の再臨の時です。だから私たちはすでに神の国の民とされていますけれども、この地に足をつけて、「ここで」生きていくのです。すでに神の国は始まっていますけれども、それでもなお「御国を来たらせたまえ」と祈りながら、ここで主の再臨を待つのです。アブラハムも「すでにといまだ」の狭間にいたと言えます。彼は約束の地に居ながら、しかし自分の土地を持たない寄留者でした。

「これらの人たちはみな、信仰の人として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるか遠くにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり、寄留者であることを告白していました。」(ヘブル11:13)

創世記23章に戻ります。5節から16節は割愛しますが、アブラハムがサラを葬るために、注意深く行動した様子が描かれています。そして17節、18節、これにて誰も文句が言えないほどにしっかりと、きっちりと、この土地はアブラハムのものとなりました。そこが大事です。

このようにして、初めて、自他共にわかる形で、アブラハムは土地を手にし、そこに愛する妻を葬りました(19節、20節)。マクペラの洞穴は、ここが神の民の土地となるという約束の実現に向けた小さな一歩となりました。ここは、後にアブラハムも、息子イサク夫妻も、その子ヤコブ、またヨセフも、代々族長たちが葬られていく大切な場所となっていきます。

<寄留者としての歩みにおける葬り>
最後に「寄留者としての歩みにおける葬り」について考えたいのですが、アブラハムは生きている間、どこまでも寄留者であり、神さまの約束を受けたにしてはたったこれだけの土地しか手にすることはありませんでした。「これらの人たちはみな、信仰の人として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるか遠くにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり、寄留者であることを告白していました。そのように言っている人たちは、自分の故郷を求めていることを明らかにしています。もし彼らが思っていたのが、出て来た故郷だったなら、帰る機会はあったでしょう。しかし実際には、彼らが憧れていたのは、もっと良い故郷、すなわち天の故郷でした。ですから神は、彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。神が彼らのために都を用意されたのです。」(ヘブル11:13-16)ヘブル書11章は信仰者列伝。信仰の偉人たちについて記されているところです。私たちにはこのような信仰の先駆者がいる。聖書の人物の一人ひとりをそのように見つめ、彼らの後姿に倣っていきたいと思うのです。

そして、信仰の先駆者、信仰の先輩方を偲ぶと言えば、本日の召天者記念礼拝はまさにそのような機会です。アブラハムが寄留者としての歩みの中でサラを葬り、その場所が神さまの約束実現ための小さな、しかし確かな一歩となったように。私たちも地上では旅人、寄留者ですが、私たちが愛する者を葬るとき、そしてそのことで悲しむとき、そこに神の国がまた少し広がるのだということを覚えたいと思います。尊敬するある牧師が、ご両親のためにお墓を作られたそうなのですが、そこにこう刻まれたとか。「復活の日までここに眠る」。私たちが愛する者を葬るとき、その場所は神の国の証となるのです。

また、葬ることを通して、自分もまたいつか葬られる存在なのだということを思い出す、これも大切なことです。メメント・モリという言葉があります。「自分が死ぬ存在であることを忘れるな」という意味のラテン語で、教会の歴史の中でも大切にされてきた言葉です。人は必ず死にますが、今日の箇所から学ぶなら、自分の死を通しても、自分が埋葬される、そのことを通しても、そこに神の国が広がっていく、自分の死も神の国の証となる。これは本当に大きな慰めです。神の民は、教会は、そうやって希望をつないできたのです。これからもその希望をつないでいくのです。そしてやがて、いつの日か、イエス様が戻ってこられたときに、私たちは復活します。それまでは天国で、神さまのもとにありつつ、しかしかの日には復活します。そして新しい天と新しい地と表現される神の国の完成を目の当たりにすることになるのです。それまでの間、私たちはこれからも、葬りということを大切に、大切になしていきたいと強く思うのです。神の国の証として。

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【10/30】

2テモテ3:15b〜16

「人のことばを用いられた神」

​(宗教改革記念礼拝)

「聖書はあなたに知恵を与えて、キリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができます。聖書はすべて神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練のために有益です。 」

本日は、宗教改革記念礼拝です。初めに、宗教改革とは何かということについて大まかに振り返って、それから、いくつかある宗教改革の大きなポイントの中から「聖書のみ」ということについて触れてみたいと思います。

<宗教改革とは>
まず、宗教改革とは何かということについてですが、宗教改革といえばマルチン・ルターが有名です。ルターよりも早い段階で既存のカトリック教会に物言いをつける人たちはいましたし、ルターの後にも宗教改革の大きな流れを作った人たちがいますので、宗教改革者はルターだけではないのですが、シンプルに今日はルターに注目します。ドイツ人のマルチン・ルターがヴィッテンベルク城教会の扉に「95ケ条の論題」を貼り出し、当時のカトリック教会に討論を呼びかけたのが1517年10月31日でした。今から505年前になります。ルター自身カトリックの修道士でしたが、彼は聖書を原語で読み直して、当時の教会が教えていることと聖書が本来語っていることが違ってきていることを95ものポイントにまとめて貼り出したわけですね。たとえば、当時の教会では、「悔い改め」とは神さまに立ち返ることというよりも、「告解」という儀式をすることだと理解されていました。その儀式に参加しさえすればいいのだと。でも、そうじゃない、私たちの主が悔い改めよと言われたのは、全生活を通して悔い改めることを言われたのだ。向きを変え、神に立ち返ることを悔い改めと言うのだということにルターは気がついたんですね。

また、ルターは神さまのことを「裁くお方」として、恐怖の対象として理解していました。当時の教会ではそう教えられていたわけです。しかし、聖書に記された「神の義」とは、罪人をさばくためのものではなく、罪人を救うためのものだと彼は文脈から理解(再発見)したのです(ローマ1:17)。

このような違いが生じていた理由の一つとして、当時、人々は聖書を読めなかったということがあります。そもそも「本」というものがなかったし、聖書は「ウルガタ訳」と言って難しいラテン語で書かれたものしかなかったのです。一般の司祭たちですら聖書を原語で読むことが許されていない状態でした。

そこでルターは聖書を民衆の言葉であるドイツ語に翻訳しました。ローマ3:28に「行いではなく信仰によって救われる」という箇所がありますが、ここに彼は「のみ」という単語を補足して「信仰のみによって」と強調したことは有名です。時代はグーテンベルクの印刷機が登場した頃です。こうして、民衆が母国語で読める聖書というものが瞬く間に広まっていくことになります。ルターはカトリックとは別の新しい教派を作ろうとしたわけではありませんでしたが、既存のカトリック教会に抵抗したということで、「プロテスタント」(抵抗)と呼ばれる教会が生まれます。これは結果として政治も巻き込む大きな歴史のうねりとなっていきました。

さて、カトリック教会の内部でも改革がなされます。プロテスタントの宗教改革と同様で、カトリックの改革も以前から少しずつ始まってはいたようですが、プロテスタント教会の登場というのが決定打になったのでしょうね。カトリック教会として直すべきところは直し、正すべきところは正していくことが目指される中でイエズス会という修道会が設立されました。このイエズス会の設立メンバーの一人が、あのフランシスコ・ザビエルです。彼がカトリックの宣教師として日本にキリスト教を伝えにきたのは1549年です。プロテスタントの宣教師はアメリカ経由で日本にやってくることになります。江戸時代末期、1859年となっています。その後、たくさんの宣教師がやってくることになります。

歴史について、今日はこれ以上触れられませんけれども、人間の歴史なので、光の部分もあれば影の部分もあります。プロテスタントの宗教改革者たちが、それぞれ自分の信じる内容を絶対視しすぎて、お互いに争いになっていったこととか。またその後プロテスタントもカトリックも世界宣教に大きく出かけていくことになるわけですが、伝えにいったその先の人々の文化を尊重しなかった、つまり福音を伝えに行ったつもりで、結局文化の押し付けにしかなっていなかったということもありました。今の時代の私たちはこういう反省点も踏まえて、自分たちを改革していかなければなりません。変え続けていかなければならない。宗教改革というのは、「あの時代にこういうことがあった」「私たちプロテスタント教会は宗教改革をした」と歴史上の出来事を振り返って終わるだけではいけないものです。宗教改革者たちが好んだフレーズにこのようなものがあります。「みことばによって改革された教会は、改革され続けなければならない。」まさにそのとおりで、私たちも自分のあり方を見つめて、直すべきところは直し続けていかなければなりません。それこそが、私たちプロテスタント教会のモットーなのです。

私たち関西集会は、その一員である私たち一人一人は、どのように自分を改革するよう導かれていくのでしょう。そんなことを共に語り合っていきたいと思います。

<聖書の霊感>
さて、宗教改革のポイントの一つは「聖書のみ」ということでした。たとえばカトリック教会には教皇という一番トップの人がいるわけですよね。聖書と同時に、教皇の権威が認められている。聖書が何を語っているかということと、教皇がどう言ったかが同列になってしまう。しかし、そうじゃないだろう、我々にとって最終的な権威は「聖書のみ」だというプロテストだったわけです。

しかし、「聖書のみ」と言った時に気をつけなければならないことがあります。聖書は文書ですから、私たちには文字を「読んで」、こういう意味だなと「解釈する」ということがどうしても必要です。私たちはものを読むときに、どうしてもそれを解釈して理解しています。ものを読むとはそういうことです。しかも時代も言語も、文化も違うわけですから、翻訳も必要です。だから、「聖書のみ」ということの意味は、聖書だけを読んでいればいいとか、聖書に印刷された文字が大切なのではないということですね。

聖書は神のことばです。神のことばですが、人が書いた人のことばでもあります。天から完成形が降ってきたのではなく、あの時代に生きた普通の人間である聖書記者たちの普通のことばが用いられ、記されました。聖書の霊感と言います。何かが乗り移って手が勝手に動いて字を書かせたとか、そういうことではなくて、マタイならマタイ、ルカならルカの文章の書き方の癖であったり、特徴が用いられました。それらを聖霊なる神が用いて、書かせたわけです。そうまでして、神さまが人のことばという手段を取られたのは、人にそれを理解して欲しいからです。聖書が人の文字で書かれているということ自体が、神さまが私たちに、あなたに、理解してほしいと願っておられる証なんです。

<聖書の翻訳>
人の言葉で書くということは、時代や地域の制約があるということですから、旧約聖書はヘブル語(一部アラム語)で書かれ、新約聖書はギリシャ語で書かれました。私たちが読むためには翻訳が必要です。

ヘブル語やギリシャ語で書かれた聖書は、ローマの時代にラテン語に翻訳されましたが、その後ラテン語は話し言葉ではなくなってしまい、民衆は聖書を直接読むことができなくなってしまったわけですね。そんな中で、ラテン語から英語に翻訳されたり、ルターが直接ヘブル語やギリシャ語からドイツ語に翻訳したりと、翻訳聖書が出てきました。宗教改革者たちによる「母国語で読める聖書」はどんどん印刷され、瞬く間に広められていったのです。日本語の翻訳聖書の歴史もその先につながっています。私たちが今、母国語で聖書を読めるのは、このような聖書翻訳者たちがいたからです。感謝しつつ、神のことばを読んでいきたいと思います。(参考までに、週報の裏ページに主な翻訳聖書の歴史を載せておきました。)

翻訳聖書には当然、翻訳者の解釈が反映されています。そのことを踏まえて、人の解釈を絶対視せず、複数の翻訳聖書を読み比べていくと、みことばの理解がぐっと深まります。そしてまた自分の解釈、自分の読み取り方を絶対視しないことが大切です。聖書は礼拝共同体で読み継がれてきました(コロサイ4:16)。一人で読むと同時に、複数人で読むこともまた大切です。自分はこう読んでこう理解したけれども、別の読み取り方をする人がいるかもしれません。お互いの読み方に触れることで、また自分の読みが深まっていきます。信仰書や説教集を読んでみるのもよいと思います。

<あなたも聖書翻訳者>
さて、最後に「あなたも聖書翻訳者だ」ということに触れたいと思います。バビロン捕囚から帰ってきたイスラエルの民に、エズラが神の律法を読み聞かせた際、ヘブル語がわからない人が多くなっていました。そこで、ヘブル語で朗読された聖書の内容をアラム語に通訳する人たちがいたのです(ネヘミヤ記8章)。それを聞いて民は泣いたとあります。聞いてわかる言葉に翻訳された神のことばに心を刺されて、悔い改めたり、捕囚から解放されたことへの喜びを噛み締めたりしたのですね。神のことばに触れられたわけですが、そのためには、聖書が聞いて理解できることばに翻訳される必要があったのです。

神のことばは、翻訳や解釈を必要とする人のことばで表されました。神さまがこのような周りくどい方法を取られたのは、神である方が人としてこの地に来られたことと同じです(ピリピ2:6-8)。聖書が証する神は、とことんまで私たちの側に寄り添ってくださるお方なのです。繰り返しになりますが、それは神さまが、私たちに、あなたに、理解してほしいと願っておられる証なんです。だから、人のことばを使われました。だから、人として来られたお方です。

人のことばには、翻訳が必要です。現在も聖書翻訳を進める人々がいます。世界にある7000余りの言語のうち、聖書の一部分だけでも翻訳されているのは1500言語、聖書の翻訳が完成しているのは670言語といいます。ウィクリフ聖書翻訳協会は、文字のない言語に文字を作るところから始めて、聖書を翻訳し続けています。人のことばでご自身をあらわされた神さまのご意思をお助けする働きだと言えるでしょう。

そして、「理解できる言葉に翻訳する」働きとは、言語に長けた人だけが行えばいいというものではありません。そこには、例えば未信者の家族や友人に向けて、キリスト教用語を使わないで伝えるということも含まれるでしょう。愛、恵み、導き、感謝、できるだけこういった単語を使わないで説明するためには、それらのことばが自分の腑に落ちていなければなりませんし、むしろ、そのような説明を心の中で試していくときに、それらが腑に落ちていき、私たちの信仰も深まっていくのだと思います。言葉であらわさずに態度で示すということも含まれてくるでしょう。その意味で、私たちも聖書翻訳者です。あなたによる「語り」、あなたによる「通訳」を必要としている人たちがいるのです。

2テモテ3:15〜16にこうあります。「聖書はあなたに知恵を与えて、キリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができます。聖書はすべて神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練のために有益です。 」聖書は私たちに、イエスさまへの信仰を与え、救いを受けさせる神のことばです。他に救いを与えるものはありません。だから「聖書のみ」なんです。505回目の宗教改革記念のこの年に、改めてこのことを心に刻みましょう。

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【10/23】
使徒5:1〜11
「赦しと聖めと忘れない」

今日の箇所は一見、ひどすぎる刑罰の場面のように読めてしまいます。嘘をついたからと言って、何も命まで取らなくてもいいじゃないか。神さまは、人が悔い改めて生きることを望んでおられるんじゃないのかと思えるわけです。今朝の箇所をどのように理解したらいいのでしょうか。

<罪の赦し>
まず大前提ですけれども、「キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してない。」ローマ書に書いてある通りです(ローマ8:1)。イエスさまが私たちのためにいのちを捨てられたのだから、それを信じる私たちが罪に定められることはないし、ましてやそれを理由にして神から命をとられるなどということはありません。

とすれば、今回のアナニアとサッピラは罪ゆえに神から命を取られたのではなく、神の聖さの前にショック死してしまったと考えるのが妥当です。自分の罪の大きさに愕然としてしまった。悔い改めるということを思い出す間もなく、そのまま亡くなってしまったのだと思います。そういう悲しい出来事、残念な出来事でした。

預言者イザヤが神さまからの召命を受け取った場面を思い出します(イザヤ書6章)。彼は天の御使いが「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」と歌い交わす神さまの臨在を目の当たりにした時、「ああ、私はもうだめだ。」と完全に打ちのめされてしまいました。彼は自分の汚れを知っていましたから。しかし、そこで彼は御使いを通して神さまに触れられ、御声を聞き、応答していくことができたわけですが、アナニヤとサッピラはその点、可哀想だったとも言えます。自分の罪に打ちのめされると同時に、そのまま、あまりのショックに息が絶えてしまったのですから。

自分の罪に打ちのめされたことがありますか。

イスカリオテのユダのことも思い出します。彼も自分の罪に耐えきれなかった。

罪というのはそれほどのものです。聖い神の前に、私たちはなす術がないのです。

だからこそ、忘れてはなりません。私たちはイエスの血によって罪を赦され、きよめられ、聖なる者と「されています」。自分ではそう思えなくてもです。このことを忘れてはなりません。

これらのことを踏まえて、今朝の箇所を読んでいきたいと思います。

<5:1-6 聖霊の導きと真逆のこと>
1節は「ところが」で始まりますので、この話は直前のバルナバの話とセットです。教会が主イエスの復活を力強く宣べ伝えつつ、お互いに助け合って生活していた様子に感動したバルナバは、自分の畑を売った代金を献金しました。それらが用いられてますます神の国の福音が広がっていくために、教会の活動のためにささげられたのでした。神への感謝と信頼ゆえのことです。バルナバだけでなく、そのように捧げる人が多かったということだと思います。

ところが、です。アナニアとサッピラは自分たちも土地を売ったその代金を、一部を取り分けた上で「これが全部だ」として献金したのでした。そして、そのことをペテロに指摘されます。ペテロは聖霊の助けでそのことを見抜いていたようです。

アナニア夫妻の罪とは、全額を捧げなかったことではありません。全額を捧げても捧げなくても、そこは本人に任されている部分です。4節にあるように、それを売らないでいれば自分のものとなったのであり、売ってからも自由が利いたというのですから。彼らの罪とは、偽ったこと。全部ではないのに全部だと偽った、そのことでした。バルナバと自分を比べて、負けるものかと見栄を張ったのでしょう。自分を大きく見せようとして、彼らは嘘をつきました。

アナニアとサッピラの話は直前の箇所とセットだと言いましたが、ここには明らかな対比があります。バルナバは、神の福音が力強く証しされるこの共同体には貧しい人が一人もいない、そういうことのために献金しました。しかし、アナニアとサッピラは自分の評判のために献金した。何のための献金だったのかというところで、まず正反対なわけです。また、ペテロはアナニアに対して「サタンに心を奪われた」と表現しましたが(3節)、これは直訳すると「サタンに心を満たされる」となります。4:31では「一同が聖霊に満たされ」とありました。アナニアとサッピラは聖霊ではなくサタンに満たされてしまったわけです。また、少し飛びますけれども、9節にはアナニアとサッピラが「心を合わせた」とあります。これは4:32で「信じた人々が心と思いを一つにしていた」ことと対比になっています。これまで聖霊の導きによって教会が前進してきた様子を見てきましたが、罪とはそれと逆の、聖霊の導きとは真逆の方向に向かうことであることがわかります。罪という言葉には「的を外す」という意味がありますが、まさに聖霊の導きと真逆になってしまうのが罪であるわけですね。

ここで悔い改めることができたなら、どんなによかったでしょう。罪を指摘されて、彼は息が絶えてしまいました。繰り返しますけれども、これは罪の罰として命を取られたというよりは、彼自身のショックによるものでした。そして、彼は葬られた。「これを聞いたすべての人たちに、大きな恐れが生じた」というのは、これは罪というものへの恐れであり、また、本来なら罪人はその前に立つことさえできない神の聖さへの恐れでもあったでしょう。

<罪の赦し、聖化の歩み>
私たちもアナニアと同様の罪を持っています。イエスさまの十字架で罪を赦されたとはいえ、神の国のすでにといまだの狭間にあって、いまだに罪の残骸に翻弄されてしまうのです。アナニアと同じ過ちを犯さない保証はない。だから、罪を指摘されたときに、それはみことばを通して神さまから示されるのであったり、教会の兄弟姉妹が勇気を持って指摘してくれることでもあるでしょう、そんな時に、その場で悔い改めることが大切なんですね。

私たちも、またアナニアたちも、イエスさまを信じて救いを受け取ったのであり、その救い自体は揺るぎません。しかし、この地上を生きる者として、引き続き私たちは罪を犯すのです。救いは揺るがない。しかし、罪を犯してしまう。それでも、イエスさまの十字架は何度でもその罪を覆います。痛んでしまったあなたを覆います。何度でもです。ヨハネはクリスチャンたちに向けて、すでにイエス・キリストを信じて罪を赦された者たちに向けてこう書き送っています。「もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます。」(Ⅰヨハネ1:9)すでに罪赦された者たちに対して、罪を告白して赦してもらうようにと言っているわけですね。

キリストの福音とは、イエスさまの十字架を信じて罪が赦されて終わるものではありません。私たちはイエスさまの血によって聖なるものとされ、そしてその後も、今も聖なるものとされ続けていく。「聖化」と言います。それはまったく罪を犯さなくなるということではなくて、イエスさまと歩み続けること。徐々に、徐々に、一歩一歩ですが、きよめられ続けていく。イエスさまに似た者へと変えられ続けていく。それが聖化です。私たちは自分がきよめられたなどと思えないものですが、私たちのうちにイエスさまが住んでくださっているのだ、もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのだ、そうやってこの地上を歩んでいくのだということを忘れることがありませんように。

だから、自分の罪に愕然としたなら、目を背けないで、安心して悔い改めてください。神さまの前にその罪を告白して、十字架による罪の赦しを「再確認」してください。神さまは、私たちが悔い改めて生きることを望んでおられます。「わたしは、だれが死ぬのも喜ばない──神である主のことば──。だから立ち返って、生きよ。」(エゼキエル18:32)これが神さまの思いです。安心して自分の罪と対面してください。悔い改めには勇気が必要です。人に対するものであれば、謝罪も必要でしょう。聖霊がなる神が導いてくださいます。

<5:7-11 このままでは>
さて、三時間ほどしたのちにアナニアの妻サッピラがやってきました。ちなみに、アナニアというのは「主は与えたもう」、サッピラというのは「美しい」という意味の名前だそうです。何だか、名前とは正反対の出来事になってしまったわけですが。それともかく、ペテロはアナニアに対してはいきなり罪を指摘したのですが、彼がショック死してしまったので、サッピラに対しては悔い改められるように配慮した言い方をしています。しかし、それも無駄なことでした。サッピラも悔い改めませんでした。

それに対するペテロの言い方がまた厳しすぎるように思えます。9節「なぜあなたがたは、心を合わせて主の御霊を試みたのか」、これは分かります。その通りです。しかし後半はどういう意味でしょう。「見なさい。あなたの夫を葬った人たちの足が戸口まで来ている。彼らがあなたを運び出すことになる。」というのです。ペテロがアナニアに対して死の宣告をしたのではないのと同様に、サッピラに対してもそんなことはしないはずです。おそらくここは、「【このままでは、】彼らがあなたを【も】運び出すことになってしまう」、というニュアンスだと思います。悔い改めない人の命を取るという脅しではなく、ペテロはサッピラのことを心配して、このままでは、あなたの夫の時と同じになってしまうということでしょうね。そして、ペテロの心配の通りになった。サッピラも自分の罪に気が付いたのでしょう、しかし悔い改めることをせずに、彼女もまた命を落としてしまいました。

<私たちは>
この話は、直前の初代教会の生活の話と続きになっていると言いました。バルナバをはじめとして、彼らは聖霊に満たされ、心を合わせて福音のために、貧しい人たちのために捧げていました。そのような良いお手本と、反対に残念なお手本がアナニアとサッピラでした。彼らはサタンに心を奪われ、心を合わせ結託して、自分の見栄のために捧げ物をし、一部なのに「これが全部だ」と言って嘘を貫いたのでした。そして、十字架による罪の赦しと聖めを思い出すことなく、悔い改めの機会を逃してしまった。

私たちも彼らと同じ罪の性質を持っています。聖霊に満たされることを求めていくのではなく、サタンに心を奪われていく。サタンというのは、見てすぐそれとわかるような格好をしているわけではありません。サタンとは思わないような格好で来るんです。創世記では蛇の格好をしてきました。また、人の欲につけこんできます。荒野で四十日の断食明けのイエスさまのところにやってきた悪魔は、「この石をパンに変えてみろ」と食欲をつついてきたわけです。私たちはすぐに足を掬われてしまいます。

だからこそ、聖霊に満たされることを祈り求めていかなければなりません。サタンに心を奪われるのではなく、サタンの声で心が満たされてしまうのではなく、神のことばで、聖霊で心を満たされていたいと切に願います。聖霊に満たされていれば罪を犯さないのではありません。聖霊に満たされていれば、罪を悔い改めることができるのだと思います。何度でも悔い改めながら、イエスさまと共に歩む聖化の道を歩み続けていきたいと思います。罪を犯した時に、そのまま知らないふりをするのではなく、悔い改めるものでありたいと、切に願います。

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