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20240225(使徒20:1〜16)続く旅路
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テキスト版

【2/25】

使徒20:2〜16

「続く旅路」
 

一週、別の箇所を挟みましたけれども、使徒の働きに戻ります。と言っても、今日の箇所は「どこどこへ行った、誰々が一緒に行った」という内容が多いので、他の聖書箇所とも突き合わせながら確認していきたいと思います。

<マケドニア、そしてコリントへ>
エペソを出発したパウロのその後の足取りを、他の聖書箇所と突き合わせながら確認していくと、彼はエペソを出た後、まずトロアスに寄っています。5節にトロアスが出てきますが、これはコリントからの帰り道なので別の時です。エペソを出た後、つまり1節と2節の間でまずトロアスに寄り、そこでテトスと合流して、コリント教会の様子を聞きたいと思っていたようなのです(Ⅱコリント2:12)。コリントの教会のことを彼は非常に気にかけていました。人々がパウロ派だのペテロ派だのに分裂してしまっているというコリントの教会のために、パウロはすでに二度手紙を書いていました。先週も触れましたが、今は失われている一通目の手紙がまずあり、第一コリントとして残っている二通目があり、しかも、どうやら一度は、エペソからエーゲ海をわたって直接コリントを訪問しているようなんです(同2:1)。それから「涙の手紙」と呼ばれている三通目の手紙をすでに書き送っていました(この手紙も、すでに失われています)。パウロはこの三通目を届けたテトスとトロアスで合流するつもりだったのです。コリントの教会のことが気が気でなかったのですね。しかし、この時、トロアスではテトスと落ち合うことが出来ませんでした。トロアスでは「主が私のために門を開いておられた」、つまり伝道に大きな可能性を感じながらも、心に安らぎがなかったといいます(同2:12−13)。それほどにコリントの教会が心配でした。彼はそのままマケドニアに向かいます。マケドニアでようやくテトスに会うことが出来たパウロは、コリントの人々がパウロの「涙の手紙」を読んで悔い改めたことを知り、慰めと喜びに満たされました(同7:5−16)。

使徒の働き20章の2節に入りますが、マケドニアに着いたパウロは、教会を巡りながら彼らを励まして回ります。マケドニアの教会というのは、ピリピやテサロニケ、ベレアなど、第二次宣教旅行の時に生まれた教会ですね。信じようとしないユダヤ人からの迫害など、厳しい状況を通り抜けてきた人々です。むしろ、今もなお困難の中にあったでしょう。パウロは顔を合わせて、彼らを励まして回ったのでした。パウロというと福音を伝える宣教師のイメージが強いと思いますが、牧会者としてのパウロの姿を見ます。彼はガラテヤ、エペソ、マケドニア、アカイアと教会を励まして回ったのです。パウロは伝道と牧会の両方を大切にしていたのですね。

パウロはこのマケドニア滞在中に、コリントの教会へ四通目の手紙、つまり第二コリントを書いています。コリントの人々は「涙の手紙」を読んで悔い改めたという知らせは受けましたが、パウロに反対する人たちが、パウロは使徒ではないとまで言い始めているという報告もありました。パウロは厳しい言葉で、この問題に立ち向かう決意を表現しています(同10章〜13章)。

使徒の働き20章に戻りますが、2節、彼はとうとうギリシャにやってきました。マケドニアの更に先のアカイア、つまりコリントですね。第二コリントに書いていたように、問題を解決させる決意で彼は三たびコリントにやってきたのです。彼はここで三ヶ月を過ごしたとあります(3節)。じっくり人々と向き合い、キリストのからだが分裂していることについて、またパウロ自身が使徒であることについても、語り合い、祈り合ったはずです。もっとも、使徒の働きの著者であるルカはその辺りのことを省略しています。これは視点の違いです。パウロは諸教会を励まし、育てることも大切にしていた訳ですが、そしてルカもそうだったとは思うのですが、でもルカはこの使徒の働きを書くにあたっては、むしろ福音が広がっていくこと、パウロの旅が続いていくことに重点を置いていたということでしょう。著者による視点の違いが確かにありますが、両方読めば全体像がつかめるというのも聖書の面白いところだと思います。福音書なんかもそうですね。四つの福音書にはそれぞれの視点がありますが、全体としての調和があるわけです。そして、単に聖書はそういう仕組みになっているというだけではなくて、私たちの生き方、神さまへの従い方にも、それぞれの視点や立場があるということにも気付かされます。パウロもルカもそれぞれ大切な働きをしました。どちらもキリストのからだにとって必要な働きだったのです。

<エルサレムへの献金プロジェクト>
さて、もう一点、ルカがあまり詳しく書いていないパウロの行動があります。それはエルサレム教会への献金プロジェクトです(使徒24:17で触れるのみ)。当時、エルサレムの教会は経済的に厳しい状況にあり、パウロは諸教会を回って励ましながら、そのことのために献金も募っていました。第三次宣教旅行において、パウロはまずガラテヤの諸教会に献金を募っていて、その後、コリントの教会に対しても手紙でそのように書いています(Ⅰコリント16:1、3−4)。そしてマケドニアで記した第二コリントには、マケドニアの諸教会が経済的には厳しい状況であったけれども、喜んで献金に加わったということが記されています(Ⅱコリント8:1−5)。

献金というのは、ただの募金ではなくて、神さまへの献身として、信仰の応答として捧げるものです。捧げる額が多かろうが少なかろうが、自分自身を捧げる思いで、私自身を神さまの御用のためにお用いくださいという祈りとともに捧げるものですね。

また、特に今回のような「誰かのために捧げる献金」には、交わりという側面があります。困っている他の教会を助ける。教会同士の交わりという意味にもなるのです。例えば、私たちも「能登ヘルプ」を通じて被災地の教会のために献金を送りました。自分はそこには行けないけれども、神さまがこれを用いて、彼らの必要を満たしてくださるようにという祈りを込めた献金は、ただの募金ではなく、彼の地の兄弟姉妹との交わりの形なのです。他にも、ワールド・ビジョンを通して被災地の子どもたちのために献金したり、BFPを通してユダヤ人のため、またアラブ人クリスチャンのために献金をしました。私たちの礼拝献金は、関西集会の通常の必要のために用いられることはもちろん、このような対外的な献金の交わりのためにも用いられています。ぜひ、これらの献金先のために引き続きお祈りください。

パウロがエルサレム教会への献金を募って回ったのは、エルサレム教会と異邦人教会が一つであることをパウロが大切にしていたからだと思われます。エルサレム会議以降、異邦人のクリスチャンは旧約聖書の律法による規定、食物規定や祭儀の規定などを守らなくても良いとされました。ユダヤ人のようにならなければ救われないのではない。救いとは、ユダヤ人のようになるかどうかには依らないからです。一方で、エルサレムの教会に代表されるユダヤ人クリスチャンたちは、ユダヤ人として、旧約聖書の律法を大切にし続けました。それは彼らの生き方であり、文化だったからです。両者はそれでよいということはエルサレム会議で正式に認められたはずだったのですが、自分とは違う実践をしている人たちを簡単に裁いてしまうのが人の弱さですね。実際、コリントの教会にはパウロ派とペテロ派が存在しました。異邦人世界に福音が広がることを重視した人たちと、福音がもともとユダヤで生まれたことを重視する人たちに分裂してしまいました。どちらも大切なことなのですが、対立し、分裂するということが容易に起こるわけですね。パウロはそのことに心を痛め、異邦人教会の兄弟姉妹を、エルサレム教会への献金という交わりに招き、両者の橋渡しをしようとしたのです。

パウロは異邦人のための使徒として、ユダヤ以外の国々に出かけていって福音を宣べ伝えました。しかし、彼がエルサレム教会やユダヤ人のことをとても大切にしていたことは、「ローマ人への手紙」からも明らかです。彼は自分の同胞ユダヤ人の救いを心から願っていましたし(ローマ9:2−5)、異邦人はユダヤ人から聖書という霊的な贈り物を受けたのだから、物質的には彼らのことを支えるべきだと教えています(同15:26−27)。私たち現代のクリスチャンも、ユダヤ人のために祈ることが大切です。それは、イスラエル政府のやることをすべて無批判で受け入れるということではありません。アブラハムの子孫には、世界の祝福の基となるという使命があります(創世記22:18)。そしてパウロがロマ書で書いているように、その賜物と召命は変わらないんです(ローマ11:29)。彼らがその使命に生きることができるように祈り支えるということです。ハマスの残虐行為に対する報復という形であれ、戦争が続いていることは事実です。戦争ではない別のあり方、別の解決の方法があるとすれば、それはまさに世界の祝福のモデルになるでしょう。中東の問題は解決不可能と言われていますが、ここに解決が表されていくように祈りましょう。

<第三次宣教旅行の帰路>
使徒の働き20章に戻ります。3節、コリントで三ヶ月を過ごした後、彼はシリアに向けて船出しようとします。つまり、エルサレムの方面に船で直接向かおうとしたのです。しかし、パウロに反対するユダヤ人たちの陰謀があり、船旅は危険と判断したということでしょう、彼はまたマケドニアを通って帰ることにしました。しかし、パウロは七人の同行者を先に行かせます。この先発隊は船でエーゲ海を横断し、先にトロアスへ向かいました。ベレア人ソパテロ、テサロニケ人のアリスタルコとセクンド、デルベ人ガイオ、リステラ出身のテモテ、アジア人のティキコとトロフィモです。パウロが回った異邦人世界全域から集められた人たちで、異邦人教会の代表者と言える人たちでした。パウロは、彼らとともにエルサレム教会に献金を届けることを計画したのです。彼らのうちの何人かは、パウロの手紙にも名前が出てきます。パウロと苦難をともにした人々でした。

こういった人たちを先にトロアスに向かわせたのは、コリントに来る前、トロアスで伝道の可能性を感じていたことがあったからかもしれません。パウロはエルサレムへの旅路を急いでいましたが、その前に少しでもトロアスに福音の種を蒔きたかったのかもしれません。彼自身は陸路で、マケドニアを経由してトロアスを目指しました。

この時、ここでパウロが陸路を行ったおかげで、彼は医者ルカと再度合流することになります。使徒の働きの著者であるルカです。お気づきのように、5節で一人称の表現が「私たち」に変わっているんですね。つまり、第二次宣教旅行以来ずっとピリピに留まっていたルカが、ここからまたパウロに同行するのです。ルカはピリピの町に留まっていました(使徒16:10で「私たち」となりルカが同行したが、17:1では「彼ら」に戻り、ルカと別れたことがわかる)。彼は医者でした。おそらくピリピに、彼にしか出来ないことがあったのではないでしょうか。およそ六年にわたって、彼はピリピに滞在していたのです。しかし、またパウロがやってきた時に、彼の働きは次のステージに移ったのでした。ルカは再びパウロに同行することを決めました。彼らはピリピから船に乗り、エーゲ海をぐるりと回ってトロアスで先発隊と合流しました。そこで彼らは船を待ちつつ七日間トロアスに滞在し、人々に福音を宣べ伝えました。

<7節〜12節 ユテコ>
さて、7節から12節は少し話のトーンが変わり、トロアスの町で起こった奇跡について記されます。週の初めの日、つまり日曜日に、彼らはトロアスの人々と別れるに際してパンを裂くために集まりました。これは食事会をしたという意味ではなくて、聖餐式のことです。つまり礼拝でした。これが、週の初めの日に礼拝をしたという最初の記事になります。それまでは安息日、つまり土曜日に集まっていたのです。イエスさまが週の初めの日に復活され(ヨハネ20:1)、聖霊もペンテコステの日、つまり五旬節の日曜日に降られたことから(使徒2:1)、礼拝は日曜日に持たれるようになっていったことを、このような箇所からも読み取ることが出来ます。もっとも、ユダヤ式の一日の数え方は前日の夕方から始まるので、私たちの感覚ではこれは土曜日の夜ということになります。ユダヤ式だと、金曜の夕方から安息日、土曜の夕方から主の日ということになるわけですね。

聖餐式とは、イエスさまの死を思い出すための食事です(Ⅰコリント11:26)。聖餐式のたびに言っていますが、洗礼や聖餐などの聖礼典は「見えるみことば」と言われます。イエスさまの臨在をありありと目の当たりにできる食事です。私たちは年に三回行っていますが、毎月や、毎週行う教会もあります。回数は教会によってそれぞれですが、一回一回を大切に、これからも礼拝としてこれを守っていきたいと思います。

さて、パウロたちは翌日に出発する予定だったので、夜中まで語り合っていました。夕方から夜中まで、語り合っていたわけです。大勢の人が集まり、ろうそくでしょうか、ランプのようなものでしょうか、ともしびもたくさんついていたと。ちょっとした酸欠状態です。ユテコという青年が三階の窓のところに腰掛けていたのですが、パウロの話が長かったこともあって眠り込み、窓から落ちてしまったというのです。「抱き起こしてみると、もう死んでいた。」これはルカの医者としての見立てです。仮死状態ではない。確かに死んでしまったのです。しかし、パウロは降りていって彼を抱きかかえ、「心配することはない。まだいのちがあります。」と言いました。

死者をよみがえらせる奇跡は、使徒の働き9章でペテロが行っています(使徒9:36−43)。もちろん、イエスさまがなさっていたことであり、もとをただせば旧約聖書の預言者たち(エリヤやエリシャ)がなしていたことでもありました。先程、コリントの一部の人たちがパウロが使徒ではないと言っていたことに触れましたが、こういった奇跡はパウロの使徒性を証しすることにもなりました(Ⅱコリント12:12)。パウロはペテロと同じように、預言者たちと同じように、ユテコの上に身をかがめて、「心配することはない。まだいのちがあります。」と言い、そして、彼は生き返ったのでした。

ユテコが生き返ることは知っていたとでも言うかのように、パウロはそのまま屋上に上がって行き、またパンを裂きます。奇跡を目の当たりにして、その場で礼拝をささげるパウロの姿です。すべての栄光を主に帰すのです。そして、主のことばを語り続けるのでした。奇跡だ奇跡だと言って大騒ぎしない。これぞ本当の使徒ですね。

12節、「人々は生き返った青年を連れて帰り、ひとかたならず慰められた。」神さまの奇跡は、私たちに慰めを与えます。「ひとかたならず」と訳されたメトリオースというギリシャ語はここでしか使われていない単語です。神さまの奇跡、神さまの慰めは、私たち一人一人にとって、ユニークでかけがえのない、他とは比べられないものですね。私たちが今まで受けてきた神さまの奇跡は、私たちをひとかたならず慰め、励ましてきた、大切な証しです。

<13節〜16節>
翌日、彼らはいよいよ出発しました。13節からは少し駆け足で見ていきますが、先にルカたちがトロアスから船に乗り、アソスを目指します。パウロはトロアスからアソスを陸路で一人で行きました。一人になって祈る時間が私たちには必要です。パウロは今後のことを考えて、一人で祈りながら歩いていったのだと思われます。そして、アソスでルカたちと合流して船に乗りました。その後、一行はミティレネに着き、15節、そこから出発してキオスの沖へ、そして次の日にサモス、そしてその翌日にミレトスに着きました。小アジアのエーゲ海に面した部分を、島々の間を通りながら、北から南へ降りてきたわけですね。16節、エペソには寄らず、通り過ぎました。五旬節(ペンテコステ)の日にはエルサレムに着いていたいと思っていたからです。そう言えば、20:1でエペソを出発したのも五旬節の日を待ってからでした。彼は五旬節まではとエペソに留まっていたのです(Ⅰコリント16:8)。あれから一年が経っていたことになります。五旬節の日には世界各地からユダヤ人たちがエルサレムに集まってきましたので、その日にエルサレムに着いていれば、いろんな人たちに会うことができるという狙いもあったでしょう。また、異邦人教会からの献金を届けるということにおいて、両者は聖霊によって一つのからだであることを表現するには、ペンテコステほどふさわしい日はないと考えたのかもしれません。彼はあれほど熱意を持って留まっていたエペソに立ち寄ることはしませんでした。こだわりは捨てていく潔さとでも言いますか、次のこと、今のことを考えていくパウロでした。ただ、それでもエペソの人たちへの愛は変わりません。彼はミレトスにエペソ教会の長老たちを呼び寄せて、別れを告げます。その内容は次週に見ていくことといたしましょう。

パウロの第三次宣教旅行が終わろうとしています。長らくエペソに滞在し、コリント教会に手紙を書き、マケドニアを経由してコリントに着いて三ヶ月を過ごし、その後陸路でマケドニアを経由し、船でトロアスへ、そして今ミレトスへ。諸教会からの交わりとしての献金を届ける目的もありました。信仰者の人生は旅路です。私たちの歩みにも、ステージがあります。季節があります。本日の招きのことばで読んだ伝道者の書3:1「すべてのことには定まった時期があり、 天の下のすべての営みに時がある。」「時期」という言葉は、英語の聖書では「season」、季節となっています。いろいろな季節を経ながら旅を進めていくのです。その旅は、天の御国、新天新地を目指しての旅です。一つ一つ、丁寧に歩んでまいりましょう。神さまが導いてくださることに耳を傾けつつ、主の臨在の中を歩んでまいりましょう。(伝道者の書3:1)

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【2/18】

Ⅰコリント12:20〜27

「一つのからだとして」

今日はいつもの使徒の働きではなく、コリント人への手紙第一を開かせていただきます。使徒の働きの講解はもちろん最後まで続けますけれども、この後の箇所をどう区切っていくか、少し悩んでいるということと、今日は音楽室での礼拝なので、賛美を多めにして、いつもと少し違う箇所から語れるタイミングということもあって、思い切って一度別の箇所を挟むことにしました。それでももちろん、使徒の働きの流れに合わせたいので、パウロがエペソ滞在中に書いた第一コリントを選ばせていただきました。

<コリント人への手紙>
コリントというのは、パウロが第二次宣教旅行のときにアテネの次に訪れた町です(使徒18:1〜18)。ギリシャのアカイア地方にあります。その後、パウロは第三次宣教旅行でエペソにやって来て、そこで三年間滞在するのですが(使徒20:31)、この三年のエペソ滞在の間に、パウロはエーゲ海を挟んだ向こう側に位置するコリントの教会に手紙を書いていたのです。かつて第二次宣教旅行の時に訪れていたコリントの教会に向けて。しかも、これは実は二通目の手紙でした(Ⅰコリント5:9〜11)。一通目の手紙は失われています。そして、コリント人への手紙の「第一」と「第二」の間にも実はもう一通手紙があったようなんです(Ⅱコリント2:4)。少なくともパウロはコリントの教会に向けて四通の手紙を書いており、そのうちの一通目と三通目は失われているけれども、二通目と四通目が残っている。それらが「第一コリント」、「第二コリント」という形で聖書に残されているということになります。失われている手紙があるというのは残念な気もしますが、聖霊なる神がそれでよしとされたということです。

今日開くのは「第一コリント」で、パウロがコリント教会に向けてエペソで書いた二通目の手紙になります。いろいろなことが書かれている膨大な内容の手紙ですので、そのすべてを取り扱うことは出来ませんが、パウロがこの手紙を書くことにした大きな理由の一つである、分裂問題についてまずは見ていきたいと思います。その上で今日の箇所にも入っていきます。

<1:10〜13>
まず1章10節から始めます。10節〜13節「10 さて、兄弟たち、私たちの主イエス・キリストの名によって、あなたがたにお願いします。どうか皆が語ることを一つにして、仲間割れせず、同じ心、同じ考えで一致してください。 11 私の兄弟たち。実は、あなたがたの間に争いがあると、クロエの家の者から知らされました。 12 あなたがたはそれぞれ、『私はパウロにつく』『私はアポロに』『私はケファに』『私はキリストに』と言っているとのことです。 13 キリストが分割されたのですか。パウロがあなたがたのために十字架につけられたのですか。あなたがたはパウロの名によってバプテスマを受けたのですか。」コリント教会は多くの問題を抱えていましたが、パウロはまずこの分裂問題を取り上げるのです。アポロというのは、使徒の働きにも出てきましたが、雄弁で大胆にキリストのことを話せたというあのアポロです。彼は聖霊のことを知らず、つまりイエスさまに向けて悔い改めるということを知らずにいたわけですが、エペソでプリスキラとアキラ夫妻から福音を正確に聞いて理解し、聖霊を受け、さらにイエスさまのことを力強く語るようになりました。その後彼はエペソからアカイア、つまりコリントに行っています(使徒18:27〜28)。アポロはコリントでも大胆に、力強く語ってコリントの教会の人々を大いに助けたのですが、アポロがエペソに帰ってから、コリントの教会では、人々が「パウロ派」「アポロ派」などというように分裂したというのです。パウロ、アポロ、そしてケファというのはペテロのことです、それぞれ当時の教会に与えられていたリーダーたちですね。現代でも、あっちの牧師がいい、こっちの牧師がいいと分裂し合うことは残念ながらよくある話しです。そしてここには第四極として「キリストにつく」という人たちもいて、一見、彼らが一番まともに思えるのですが、これらの4つはみな並列で書かれています。みな、同じように自分の正しさを主張しているだけなのです。いかに「私たちはキリストにつく」などと言ったとしても、結局自分たちも分裂・分派の一つになってしまっているということですね。コリントの教会がこのような状態になっていることを知らされて、エペソにいるパウロは、再び筆をとってこの手紙を書いたというわけです。

13節「キリストが分割されたのですか。」とパウロは語りかけます。教会はキリストのからだです。しかし、その教会がこのように分裂しているとはどういうことですか。「パウロがあなたがたのために十字架につけられたのですか。あなたがたはパウロの名によってバプテスマを受けたのですか。」そうじゃないでしょう。みな、同じ主イエスの十字架によって救われ、主イエスの御名によってバプテスマを受けた者たち同士なのではなかったのですか。パウロはそうやってコリントの人たちに語りかけます。

分割と言えば、今年のみことばにある「思い煩い」とは「分ける、バラバラにする」という意味のメリムナということばでしたよね。心が一つのものに向けられていない、集中されていない状態です。まさにコリントの教会はバラバラになっていた。教会の中に分裂があった。まさに思い煩う教会になってしまっていたと言えるでしょう。

<考え方は賜物であって、人それぞれ>
ただ、当然のことながら、教会は人の集まりです。考え方が違う時だってあるし、むしろ考え方が全く同じであることなんてないわけです。各々は、自分の考え方を大切にしていいのです。同時に、お互いの違いを認め合い、受け入れ合っていくことが大切です。パウロは「同じ考えで一致してください。」と言いますけれども、それはお互いの違いを踏まえて語り合い、納得し合った上で、落とし所を見つける、一致点を見つけるということです。何も、クリスチャンならこう考えるべきとか、このような考え方はしてはいけないとかいうように、考え方を強制して有無を言わさずに一致させなさいということではありません。私たちは違う人同士、違う人格同士なのですから、考え方が違います。それはお互いに大切な視点を持っているということです。

例えば、パウロ派の人たちは、福音が異邦人世界に広がっていくことを重要視する人たちだったのでしょう。これは大切な視点です。イエスさまはユダヤ人だけの救い主ではなく、世界の救い主、世界の王なる方ですから。一方で、ペテロ派の人たちは、イエスさまがユダヤ人であることを重要視していたのでしょう。これも大切な視点です。つまり、旧約聖書からの連続をしっかりと意識するということですから。イエスさまがユダヤ人であることを忘れてしまうなら、旧約聖書を無視することにもなりかねないですね。でも、旧約も新約も合わせて神のことばであるわけです。またアポロ派の人たちは、アポロが得意とした弁論術を重要視していたのでしょう。これも大切な視点です。弁論術・演説は当時の世界ではとても大切なもので、人に何かを伝えるためには必要不可欠なものでした。福音を人々に伝えるためにはどうしたらいいかという、具体的な側面を考えていた人たちだったと思われます。キリスト派という人たちも、イエスさまの名前を出しつつ分派の一つになってしまっていたわけですが、人間の誰かではなくイエスさまにという視点を持てていたということは大事です。このように、それぞれに大切なことを考えていたと思うのです。

この、それぞれの視点を持ち寄って、語り合って、祈り合って、具体的な歩みを決めていくということが大切です。思い煩いはイエスさまにお委ねする。その都度イエスさまへの祈りとして投げていくことが大切だと、今年のみことばで教えられています(Ⅰペテロ5:7)。互いにイエスさまに祈りながら、語り合う中で、お互いに相手の立場の意味を知り合っていけたら、そしてそこから出発して教会の歩みを定めていけたら、なんと幸いなことでしょうか。それこそが、パウロが1章10節で言っている「どうか皆が語ることを一つにして、仲間割れせず、同じ心、同じ考えで一致してください。」ということの意味だと思うのです。

<12:12〜19>
そして12章に入りましょう。12章から、パウロは賜物についての話をしていくのですが、それこそ、まさにそれぞれの異なった賜物を用い合ってキリストのからだ、つまり教会を建てあげていくようにという話の流れになっています。異なった考え同士の人たちが、同じ心で一致していくようにという話の流れが、賜物の話にも続いていきます。異なったもの同士が、一致していくというテーマです。

12章12節「ちょうど、からだが一つでも、多くの部分があり、からだの部分が多くても、一つのからだであるように、キリストもそれと同様です。」パウロはからだのたとえでキリストについて、むしろキリストのからだである教会について説明していきます。一つのからだに多くの部分があり、そして多くの部分があっても一つのからだであるように、教会もまたそうなのだということですね。

からだに属するそれぞれの部分に役割があるように、私たち一人一人には役割があります。そしてそれはからだのために必要な役割です。不必要な役割というのはないんです。12章からパウロは賜物、奉仕の役割について話していて、それぞれ与えられている賜物は違うけれども、4節、私たちそれぞれに賜物を与える方は同じ御霊だということ、5節、奉仕はいろいろあるけれども、仕える相手は同じ主だということ、6節、働きには色々あるが、同じ神がすべての人の中で、すべての働きをなさるのだと語っていきます。一見別々な働き方、一見バラバラな考え方があるけれども、同じ主が与えてくださる賜物なのだということです。それぞれに分割されていたとしても、それぞれに賜物を与えてくださったのは同じ神さまです。その分割を思い煩いとするか、それとも異なった賜物同士で仕え合う機会とするかが問われます。私たちは違う存在同士です。違う存在同士。それを思い煩いの温床とするか、それともお互いに仕え合う機会とするかということですね。

15節や16節からは「私はからだに属さない」と言って教会から距離を置く人たちもいた様子がわかります。私は関係ないとする態度ですね。一線をおいて、外から批判する態度です。それもまた一つの分裂になってしまっています。しかし、パウロは言います。それでからだに属さなくなるわけではないのです。イエスさまに救われた人は、みなキリストのからだなのですから。賜物を用いて、キリストのからだを建て上げていくことに、すべての人が招かれています。

<12:20〜22>
そして、先ほどお読みした20節、21節「しかし実際、部分は多くあり、からだは一つなのです。目が手に向かって『あなたはいらない』と言うことはできないし、頭が足に向かって『あなたがたはいらない』と言うこともできません。」

賜物、役割に優劣はないのです。目が手に向かって「あなたは要らない」と言うことはできないし、逆に、手が自分は要らないと思う必要もない。ここ、大事なポイントです。人に向けてあなたは要らないと言うだけでなくて、自分のことを要らないと思う必要もないんです。目も、手も、頭も足も、からだにはすべて必要だからです。

奉仕とか賜物とかいう話になると、自分には何も出来ないと否定的な考え方になってしまうことがあるかもしれませんが、そんなことはありません。doingとbeingの違いでよく説明されますが、私たちが何かをすること(doing)には価値がありますが、私たちが存在すること(being)にはもっと大きな価値があるんです。何も出来ないからと言わないでください。あなたがそこにいてくださることが、この小さな群れにとってどれほど大きな励ましになっているか。また、このメッセージを録音で聴いてくださったり、郵送した原稿を読んでくださっている方々もいます。普段はまったく礼拝には来られなくても、離れていても、同じ主を見上げて、同じ主のことばに養われている方が「いる」ということ自体が、どれほど大きな慰めになっているか。奉仕とは、賜物とは、何ができるかじゃない。そこにいてくださることが何より大きな奉仕です。

同時に、doingの価値もまた忘れてはいけないですね。礼拝とは捧げるものですから、役割が必要になってきます。会場の椅子を整えてくださったり、週報を配ってくださったり、またプロジェクターの操作や会計の係など具体的な役割が必要で、みなさんそのことをよくやってくださっていることを本当に感謝しています。また、先程のbeingの話と重なってきますが、何より大きな奉仕は、礼拝のために出かけて「来る」ということ。朝早くから電車に乗って、ここに来るという行為、礼拝を捧げるという行為その事自体にどれだけ大きな価値があることか。礼拝者として集まってくださる、そのこと自体が、この小さな群れにとってどれほど大きな励ましになっていることか。心から、そう思います。このキリストのからだ、小さいながらにこのキリストのからだにとって、そのことがどれほど大きな励ましになっていることでしょうか。

そして、普段はまったく礼拝には来られなくても、場所は離れていても、そこで「祈っておられる」、そこで「主を礼拝しておられる」ということが(これも礼拝のdoingです)、これが私たちにとってどれほど大きな慰めになっていることでしょう。22節「それどころか、からだの中でほかより弱く見える部分が、かえってなくてはならないのです。」とあるとおりです。

<12:23〜27>
23節〜25節は、たとえ見栄えがほかより劣っていると思うような部分があったとしても、そこには神さまがもっと別の素晴らしいものを与えていてくださり、からだ全体がお互いのために配慮しあえるようにしてくださったということが書かれています。

23節は以前の翻訳だと「尊ぶ」とあったと思いますが、「見栄えをよくするもので覆います」と翻訳が改められました。ある方の解説で、体の部分の中で見栄えのない部分が見栄えをよくする部分で覆われるとはどういうことかというと、例えば、脳や頭蓋骨などの内臓と、顔として外に出ている皮膚や目などの外側の部分だという説明がされていました。大前提として、賜物に優劣はありません。それぞれの部分に優劣はありません。でも脳や頭蓋骨は、ずっと見てはいられない部分ですよね。その意味では見栄えはない。でもそれが皮膚や目などの顔で覆われる。どの部分も必要。どの部分も必要不可欠なんですが、「弱い」部分も確かにある。でもそれを覆う、守る、別の部分がある。体ってそうやって出来ているんですね。

24節の後半にも翻訳の改訂がありました。以前の訳だと「しかし神は」となっていたと思いますが、この「しかし」は削除されました。文章の通りがよくなったと思います。神さまはそのようにして体を組み合わせてくださいました。それは、25節「それは、からだの中に分裂がなく、各部分が互いのために、同じように配慮し合うためです。」この配慮するということばが実は「メリムナ」の動詞形なんですね。同じメリムナでも、心をバラバラにしていくなら思い煩いとなります。しかし、たとえバラバラな違う者同士であっても一つのからだの出来事にしていくなら、そこには思い煩いではなく、お互いへの配慮が生まれるということです。お互いの違いは分裂や分割ではなく、互いに仕え合うための機会、チャンスになるのです。お互いの違い、役割の違い、考え方の違い、賜物の違い、それは、分裂や分割が生まれる場所ではなく、隣人愛をもって互いに仕え合うための場所になるのです。

26節、苦しみも喜びも、分かち合うことができます。案外、喜びを共有することって難しいかもしれないですね。でも、このような生き方へと、私たちは、教会は、招かれているのです。いや、教会とはそういうところなんです。キリストのからだとして。そして27節、私たちは一人一人がその部分部分なのだということです。

これが、パウロがエペソ滞在中にコリントの教会の人々に向けて書いた手紙です。キリストのからだを建て上げるということについて、深く掘り下げらています。

<キリストのからだを建て上げる>
キリストのからだというのは教会のことですけれども、一つ一つの地域教会がまずイメージされると思います。○○教会、xx教会というように。関西集会もその一つです。私たちはキリストのからだとしてのこの教会、自分たちが集っているこの教会を建て上げていきます。

同時に、教会には「聖なる公同の教会」という側面もある。使徒信条で告白している通りです。すべての教会が一つとされている。時代も、地域も、国も超えて、すべての教会がキリストのからだを形作っているという事実ですね。他の教会とも協力しながら歩んでいくことが大切です。今、祈らされていることがありますけれども、そのこともまた、広い意味でのキリストのからだの出来事なのだと受け止めつつ、さらに祈っていきましょう。そして、そのためにも、一つの集まりとしてのこの関西集会を愛し、お互いに仕えあっていくことを、ここにキリストのからだを建て上げていくということを、これからもみことばから、聖霊の導きから、教えられていこうではありませんか。(エペソ4:16)

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【2/11】

使徒19:23〜20:1

「導かれ続ける教会」


本日の聖書箇所は、アルテミス神殿の模型を売ってお金を儲けていたデメテリオという銀細工人が、パウロに反対して騒ぎを起こしたこと、エペソの町中が大混乱に陥ったこと、最終的には町の書記官が騒ぎを沈めたこと、その後パウロはエペソからマケドニアに向けて出発したという場面です。パウロは21節にあったように、エペソからマケドニア(これはピリピやテサロニケですね)、そしてアカイア(これはアテネやコリントがある地域です)へ向かうことを聖霊から示されていました。しかし、彼はすぐには出発しなかった。神さまの導きには時間がかかることがあります。後から振り返れば、パウロには、今日読んだ箇所のこのエペソの大混乱を見ておく必要があったということだと思われます。

<エペソの大混乱>
さて、今日の箇所から、何を読み取ることができるでしょうか。

キリストの福音は、偶像礼拝とバッティングするということでしょうか。もちろん、そういうことはあります。聖書が証しする神さまは、天地万物を造られたお方であり、人の手によって造られる必要のないお方です。私たちは金や銀で造られた像ではなく、私たちを造ってくださった神を礼拝します。でも、パウロたちは別にデメテリオの商売を邪魔したわけじゃないのです。偶像礼拝なんてけしからんと言って、彼らに挑戦したわけではない。日本の社会においても、ここにはお地蔵さんから仏像に至るまで、様々な像が溢れていますが、それらを「偶像礼拝だ」と言って破壊したりはしないし、神社やお寺に対して「偶像礼拝をやめなさい」などとは言いません。私たちは天地を造られたお方を信じています。それ以外の神を拝むことはしませんし、人の手で造られた像を拝むこともしない。もちろん聖書の神を証しし、紹介していきます。伝えていきますが、相手の信仰を否定したり、こちらの信仰を強制したり押し付けたりすることはしないのです。

今日の箇所で最初に因縁をつけてきたのはデメテリオの方です。こういうことは起こり得る。特に日本では起こりやすいと思います。あいつはクリスチャンとか言うけれど、私たちの神を拝まないなんてけしからん、ということが容易に起こる。日本は宗教に寛容なんて言われることがありますが、そんなことはないです。同調圧力、周りと同じようしろという圧力がとても大きい社会ですよね。エペソの町もそうだった。アルテミスこそ偉大な神。アルテミスこそ一番。それ以外を信じるなんてけしからんというわけです。そして町は混乱状態に陥りました。

私たちの側では相手に敬意を持って振る舞っていたとしても、相手の側からこのように騒がれることがある。しかも、32節はひどいですよね。これが何のための集まりなのか、何に対する抗議なのかすら分かっていない。神とか、信仰とか、生き方とか関係なく、ただその場のノリで騒いでいる人たちが大多数だったというのですから。これが、私たちの生きるこの世界の現実だということは、確かにあるでしょう。

<エペソ伝道の一区切り>
もう少し見ていきますが、29節、パウロの同行者であるガイオとアリスタルコが捕らえられ、劇場に連れて行かれてしまいました。当時、町にあった劇場というのは、演劇を見るだけでなく、演説を聞いたり集会をしたりする、公の集会所でした。大騒ぎを起こした人々は、ガイオとアリスタルコを捕らえて劇場になだれ込んでいきました。

アリスタルコは20章にも出てきますし、ガイオも無事だったと思います。しかし、騒ぎは相当大きくて危険でした。その中に、パウロは入っていこうとしました。パウロにとって、反対者が大勢いることは、福音が広がるチャンスという証だったのです。彼はエペソ滞在中にコリントの教会に手紙を書いていましたが、そこにこうあります。「しかし、五旬節まではエペソに滞在するつもりです。というのは、働きのための広い門が私のために開かれており、反対者も大ぜいいるからです。」(Ⅰコリント16:8-9)ああ、これが理由だったのですね。彼がなおエペソに滞在していたのは、大勢いる反対者の人たちに福音を語るチャンスがまだまだあるからだったのです。

もっとも、命の危険があったので、劇場に入ることはパウロの弟子たち、友人たちがさせませんでした。そして、町の書記官が人々をなだめ、集まりを解散させます。20章1節、騒ぎが収まると、パウロは弟子たちを呼び集めて励まし、別れを告げ、マケドニアに向けて出発します。こうしてパウロのエペソ伝道は終わったのでした。これは、ある意味不本意な終わり方でした。19章20節には「こうして、主のことばは力強く広まり、勢いを得ていった。」とあって、エペソ伝道は軌道に乗っていましたし、その上で、彼はなお、さらに宣教を進めようとしていたのです。デメテリオの起こした混乱は、むしろチャンスと捉えていたのです。しかし、ここでエペソ伝道の道は閉ざされました。彼がエペソで活動する時期は終わったのですね。一つの区切りがついたのでした。

前回の箇所で読んだように、パウロは聖霊に示されて進路を定めてからもなお、しばらくエペソにとどまっていたのですが(19:21-22)、それも含めて神さまの導きだったことがわかります。彼はまだまだ伝道するつもりでエペソにとどまっていたのですが、神さまはそこに一区切りをつけさせようとしておられたのですね。今日の箇所というのは、ここだけ切り取って偶像礼拝文化との戦いだとするよりも、そういう面も確かにあるかもしれませんけれども、むしろ、文脈としては御霊の示しによってパウロが歩みを続けていく様子です。エペソで伝道を続けたかったけれども、そこに一区切りをつけざるを得なかったという話ですね。それも含めて聖霊が導いていかれたという文脈になります。

<エペソ教会のその後>
エペソの教会はその後どうなっていったのか。マケドニアを経てアカイアまで行った第三次宣教旅行の帰り道、彼はもうエペソには立ち寄りませんでしたが、近くのミレトスという港町にエペソの教会の長老たちを呼んで別れを告げています。彼は自分がこれからキリストの福音のためにいのちを落とすことを予感していて、もう会うことはないだろうと言っています。その前に、どうしても伝えたいことがありました。使徒の働きの中でも特に感動的な、胸を打つ、パウロの訣別の説教です。20章の後半がそれに当たります。近々、ここを読むことになります。

その後、パウロはエペソの長老たちと別れてから、エルサレムに向かい、そこで捕らえられます。しかし、彼は裁判を希望してローマに向かうことになりました。願っていたとおり、彼はローマにまで行ったのです。そしてローマでは、番兵の見張り付き、いわゆる軟禁のような状態ではありましたが、自分で生活することが許されました。そこで彼はエペソの教会に向けて手紙を書くんですね。

エペソ人への手紙には大切なことがたくさん書かれてありますが、今日は4:11〜16を読みましょう。「11 こうして、キリストご自身が、ある人たちを使徒、ある人たちを預言者、ある人たちを伝道者、ある人たちを牧師また教師としてお立てになりました。 12 それは、聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるためです。 13 私たちはみな、神の御子に対する信仰と知識において一つとなり、一人の成熟した大人となって、キリストの満ち満ちた身丈にまで達するのです。 14 こうして、私たちはもはや子どもではなく、人の悪巧みや人を欺く悪賢い策略から出た、どんな教えの風にも、吹き回されたり、もてあそばれたりすることがなく、 15 むしろ、愛をもって真理を語り、あらゆる点において、かしらであるキリストに向かって成長するのです。 16 キリストによって、からだ全体は、あらゆる節々を支えとして組み合わされ、つなぎ合わされ、それぞれの部分がその分に応じて働くことにより成長して、愛のうちに建てられることになります。」

教会の成長のために大切なことが書かれています。教会に牧師などの教師が立てられているのは、その牧師がワンマンな指導者になって好き勝手にやっていいということではもちろんありません。12節にあるように、「聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるため」なんですね。奉仕をさせるというのも、ここだけ切り取ると嫌な感じがしますが、つまりは教会を建て上げていくということ。そのための働きへと人々を導き励ますのが牧師の役割だということですね。私は今回ここを読んで、襟元を正される思いがしました。13節、私たち教会は成長できるんです。イエスさまの身丈にまで成長できる。今いるここで終わりではない。今いるここが最終ではない。前進していくです。節目を迎えようが、一区切りがつこうが、成長していくんです。15節後半、キリストに向かって成長できるんです。16節は有名ですよね。招きのことばでもお読みしました。キリストによって成長するのはからだ全体です。キリストのからだと呼ばれる教会が、全体として成長するんです。誰か一人だけ成長するんじゃない。みなでイエスさまに向けて成長していけるんですよ。

エペソの教会はパウロが去ることによって一つの区切りを迎えましたが、そこで歩みが止まったということではない。いよいよ、ますます成長していくようにというパウロからの愛の手紙なんですね。そして、これはそのまま私たちにも当てはまります。私たちはここで歩みを止めるのではなく、成長していけるんです。

 

キリストのからだ全体は、つまり私たち一人一人は、「それぞれがその分に応じて働くことで成長」します。働くというのは義務とか強制ということではなくて、教会を建て上げる働きだということを言いましたが、それはつまり、喜びを持ってささげる礼拝のことですね。私たち一人一人が喜びを持って礼拝を捧げることが成長の鍵です。奉仕の働きというのは、教会の運営のために必要な具体的な役割のことですが、それも神への礼拝という土台の上に乗っかっているものですから、一番大切なのは礼拝なんです。私たちは、喜びを持って捧げる礼拝を続けることで成長できる。年齢やお身体のこともあって礼拝の集まりに参加できないとしても、互いのために祈り合う交わりを保ちながら、一緒に神さまに向けて成長していくことは出来ます。場所は離れていても、共に心を合わせて礼拝の生活を続けていくことが出来ます。そうやって私たちは成長していくことができる。ここからまた、進んでいくことができる。そうやってキリストのからだは、「愛のうちに建てられ」ていくのです。キリストの愛を、私たちの愛ではなく、キリストの愛を体現する、表現する集まりへと成長していくのです。

エペソの教会は成長を続けました。パウロのエペソ伝道(紀元53年〜55年)から、さらに40年ほど経って書かれた「ヨハネの黙示録」にエペソの教会が出てきます(2:1-7)。イエスさまが小アジアの諸教会に手紙を書いてくださる様子をヨハネは見たわけですが、そこにエペソの教会宛の手紙もありました。エペソの教会がどれほど苦労したか、主にあって忍耐したか、そしてそのことをイエスさまは分かってくださっているという、そういうイエスさまからの手紙でした。もっとも、神さまへのはじめの愛から離れてしまったとも書かれるわけですが、だからこそ、わたしの方に向き直ってほしいというイエスさまからの招きです。エペソの教会は、特別に愛された教会に成長したと言えます。

ちなみに、イエスさまから母マリアの世話を頼まれた使徒ヨハネが、マリアと共にエペソで暮らしたようですね。エペソの教会の兄弟姉妹たちとも交わりがあったことでしょう。その後、エペソの教会では、キリスト教の歴史の上でも大切な教会会議が開かれたりもしていきます。そういう大事な場所になっていきます。

先ほども言いましたが、エペソの教会はパウロが去ることによって一つの区切りを迎えました。しかし、そこで教会の歴史が終わったわけではありません。その後も彼らは教会としての歩みを続けたのです。そして、主にある成長を遂げていきました。

<教会の歩み>
さて、教会としての歩みを続ける中で、時として大きな区切りや節目が与えられることがあるというのは、私たちも同じです。

私たち関西集会も、菅姉の開いた高槻集会であったり、三浦眞照先生の中之島集会や奈良集会という形で礼拝を続けてきた時期があり、それらが合同で礼拝するようになって、その後もさまざまな歩みをしながらここまで導かれてきました。礼拝場所も、菅姉の自宅ではなくクロスパルの会議室を借りるようになり、また多くの方々を天に送り、2017年には私を牧師として迎えてくださいました。一つ一つに神さまの導きがあった。神さまの臨在の中でここまで守られてきました。そして、ここからさらに、まだまだ歴史は続いていくのです。

これからどのように歩んでいくのか。道が開かれていくことを祈っているところです。主の臨在のなかで導いてくださいと、引き続き祈ってまいりましょう。

パウロにとってはエペソ伝道の道が閉ざされたということであったり、エペソの兄弟姉妹たちにとってはパウロが去ってしまったということでしたが、それでも、パウロも、エペソの教会も歩みを続けたのです。聖霊に導かれながら、御霊の示しによりながら、歩みを続けました。私たちも、歩みを続けましょう。聖霊は私たち一人一人を、キリストの身丈にまで成長させてくださいます。共にキリストのからだを体現していきましょう。神の愛のうちに教会を、キリストのからだを建て上げていこうではありませんか。(エペソ4:16)

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【2/4】

使徒19:21〜22

「御霊に示されて進む」


このひと月、礼拝では東京の久遠教会のメッセージを聞かせていただいてきましたけれども、今週から通常通り、使徒の働きの連続講解に戻ります。この間に、私たちには祈って導きを待たなければならない課題ができました。そして、今日、この箇所から自分たちの礼拝を続けていけることに神さまの導きを感じています。第三次宣教旅行に出かけているパウロが、今後の見通しを御霊、聖霊の示しによって決めていったという場面です。

今日の箇所に入る前に、久しぶりですし、そもそもパウロが今どういうところにいたかということを少し振り返ってみますけれども、18章23節から第三次宣教旅行が始まります。いつものように、彼はガラテヤ地方からはじめて諸教会を励まして回りました。信仰には励ましが必要ですね。

24節からは、アポロという人物について。聖書の知識が豊富で、イエスさまのことについて情熱的に語る人だったけれども、イエスさまに向けて悔い改めるということを知らなかった。知識として知っているだけで、自分の救い主だとは信じていなかったのでしょうね。だから、聖霊が内に住んでいなかったのです。しかし、イエスさまを救い主として信じる人の内には聖霊が住んでくださいます。逆を言えば、聖霊によらなければ、イエスを主と告白することはできないのです(Ⅰコリント12:3)。むしろ、聖霊は主イエスを信じ受け入れた者の心の中に、必ず住んでいてくださるのだということです。

そして19章8節以降は、パウロはユダヤ人の会堂で語ることを断念し、ティラノの講堂で毎日福音を語り始めたという記事です。会堂で語ることの道が閉ざされ、途方に暮れたと思いますが、そのことで逆に大きく福音宣教が前進したわけです。19章10節「これが二年続いたので、アジアに住む人々はみな、ユダヤ人もギリシア人も主のことばを聞いた。」神さまのなさることは不思議です。道が閉ざされたと思ったら、そのことで大きく物事が前進していく。そして11節、12節、パウロを通して聖霊が力強く働かれました。しかも、パウロの前掛け、つまり天幕づくりをしていた彼の普段着ですよね、それが用いられたというのです。ここはずっと一貫して聖霊について語られている箇所ですけれども、主イエスを信じる者たちの内に住まわれる聖霊は、このように私たちの普段の生活を通して働いてくださるお方だということです。

聖霊について記された後は、悪霊についても書かれてあります。この世界には悪魔、サタンが存在しますし、その手下である悪霊が存在します。そして、15節前半にあるように、私たちクリスチャンは悪霊から認識されています。イエスを信じる者だと認識されている。しかし、恐れる必要はありません。悪魔は私たちのことを脅かしてきます。神さまのことばを疑わせます。「悪魔が、吼えたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています。」とみことばにもあるように(Ⅰペテロ5:8)、サタンは確かに存在している。しかし、私たちの主は、イエスさまはサタンに勝利されたお方です(ローマ8:37)。十字架の死と復活は、サタンへの完全な勝利の証です。サタンの攻撃を感じることはあるでしょう、でもその時に、そのことばかり考えないで、むしろイエスさまのみことば、イエスさまへの信頼で心を満たしていきましょう。悪魔は脅かすことしかできませんから、無視していけばいいのです。先程の第一ペテロには「堅く信仰に立って、この悪魔に対抗しなさい。」ともあります(5:9)。悪魔への対抗の仕方、悪魔との戦い方とは、心の中をイエスさまへの信頼で満たすことです。「堅く信仰に立つ」とはそういうことですね。そのために、みことばを読み、神を賛美し、祈るという礼拝が大切になってきます。また、悪霊の働きが顕著に現れていると思われても、かえってそこでキリストの福音は大きな力をもって輝きます。エペソの町では、このことを通してイエスさまを信じる人が多く起こされ、魔術を行っていた人たちが、その書物を「もう必要ない」として焼き捨てるということにもなっていったのです。イエス・キリストの福音は、悪霊の働きをものともせずに人々の生き方を変えさせる力を持つ、そういう良い知らせです。

いかがでしょうか。使徒の働きの世界に戻って来れましたか?それでは続きを見ていきましょう。

<21節 御霊に示されて>
19章21節、パウロは御霊、聖霊に示されて進路を決めました。以前にも似たようなことがありましたね。パウロは行くべき道を聖霊の導きによって決めていったのです。今、パウロは小アジアの先端にあるエペソにいますが、マケドニアとアカイア、つまりエーゲ海をぐるっと回るようにしてピリピやコリントの諸教会を巡ってからエルサレムに向かうというコースでした。そして、その後でローマにも行くことも決めています。これまでも、パウロは聖霊の導きによって進んできた、ここまで来たはずです。しかし、ここへ来て、彼は改めて聖霊の導き、聖霊の示しを必要としたのです。むしろ、聖霊ご自身が改めてパウロに道を示されたのでした。

先日も触れましたが、私たちは神さまの導きをどのように知ることができるのでしょうか。聖霊の導きはどのようにして分かるのでしょう。聖書には具体的な事柄についての指示は書いてありません。答えが載っていて、それに従えばいいのだったら楽なんですけど、神さまは私たちがそのように歩むことは望んでおられないですね。

私たちは神のことばによって励まされつつ、平安を与えられつつ、歩むんです。よく話すことですが、「ことば」を表すヘブル語はダーバールです。これには出来事という意味もある。神さまが聖書記者たちを用いて与えてくださったこの聖書という神のことばと、そして神さまが造られたこの世界の出来事。この両輪が大切ですね。聖書のことは「特別啓示」と言います。そして世界の出来事は「一般啓示」です。クリスチャンにとって聖書が大切であることは言うまでもないことですが、私たちはこの世界から切り離された存在ではなく、この世界の中に生きる者です。だから、一般啓示も大事です。むしろ、聖書のことばは、神が造られたこの世界の中に響いているんです。そのことを見つけていくという感覚です。聖書に記された神のことばで、この世界を生きるんです。この両輪で、直接的にはやはり聖書なんですけど、でもこの両輪でみことばによる平安をいただいたなら、あとは決断していけばいいのです。そうやって私たちは導かれていきます。

<導かれてきた証し>
短く私の証をさせていただきたいのですが、2001年、大学三年の夏、私は卒業後の進路に悩んでいました。学校の先生になりたかったのですが、聖書に「収穫は多いが、働き手が少ない。働き手を送ってくださるように祈りなさい。」というみことばがずっと心の中にはあって、牧師になるべきなのではないかという思いもずっとあったわけです。悩み果てて、平安を求めて聖書を開きました。当時、私は毎年夏になると、富士山の山小屋で住み込みアルバイトをしていたのですが、その日の朝も、日の出を見ながらディボーションの時を持ったのです。心が騒いで仕方がないから、平安がほしい、平安をくださいと祈りました。ローズンゲンのその日のみことばは詩篇103:11でした。「天が地上はるかに高いように、御恵みは主を恐れる者の上に大きい。」目の前には、果てしなく広がる雲海。どこまでも高い空。そして、太陽がゆっくりと上ってくるところでした。みことばの通り。この広い世界を造られた方がおられる。そして、この天の高さと同じような恵みをもって、平安をもって私を導いてくださる。素直にそう思えました。そしてもう一箇所は第一ペテロ1:2だったのです。「恵みと平安が、あなたがたにますます豊かに与えられますように。」まさに平安があるようにという、どんぴしゃりのみことばでした。第一ペテロの手紙は小アジアの各地に散って寄留している信仰者たちへ向けて書かれています。1:1にはその宛先が書かれてありました。私は、このような人々のために仕える、教会に仕えるのだとすんなり受け取ることができました。大学卒業後にすぐに道は開かれずに、もう少し時間がかかりましたけれども、2005年に神学校に入学、2008年に卒業、そして久遠キリスト教会の伝道師として、2017年からは関西集会の牧師として、ここまでの歩みが守られきました。

私が進路に悩んだ時、聖書には「牧師になりなさい。」とか「いついつにどこどこの神学校に入りなさい。」と書いてあったわけじゃないです。でも、聖書のみことばを通して、そして神さまが造られた世界の大きさを目の当たりにして、ずっと繰り返されてきた日の出という出来事を通して、私は神さまが共にいてくださるということを確信したのです。そうであれば、もう大丈夫。平安のうちに、決めていけばいい。決断していけばいい。その後もそうやって歩んできました。

パウロも、聖書のみことば(当時はまだ旧約聖書しかないわけですが)、聖書のみことばと、そしてこの世界の出来事を通して、聖霊の導きを実感したのだと思います。これまでも使徒の働きにはいろいろなケースがあって、夢で示されたりとか、聖霊が行手を遮ってそちらに行くことをお許しにならなかったということもありました。聖霊は超自然的な方法で語りかけてこられることもありますが、基本的には、神さまは聖書のみことばと、そして神が造られたこの世界の出来事や状況を通して、ご自身が共におられることをありありと見せてくださる。そのことによって私たちは出発することができる。これが導かれ方、ですね。

<主の臨在のしるし>
イスラエルの民もそうでした。イスラエルの民はエジプトを出て荒野を旅したわけですけれども、彼らの行く道は神さまが示してくださったのです。出エジプト記40:34〜38「34 そのとき、雲が会見の天幕をおおい、主の栄光が幕屋に満ちた。 35 モーセは会見の天幕に入ることができなかった。雲がその上にとどまり、主の栄光が幕屋に満ちていたからである。 36 イスラエルの子らは、旅路にある間、いつも雲が幕屋から上ったときに旅立った。 37 雲が上らないと、上る日まで旅立たなかった。 38 旅路にある間、イスラエルの全家の前には、昼は主の雲が幕屋の上に、夜は雲の中に火があった。」

会見の天幕というのは、十戒の板を収めていた移動式のテントです。旅を続けるイスラエルの民にとっての礼拝の場所でした。そこに主の栄光が満ちた。栄光とはヘブル語で「カボド」と言って、重いという意味、重たさを表すことばです。今、「重い」というとネガティブなニュアンスが感じられるかもしれません。重い話、とか。でも神さまの重い栄光と言った時の重さはネガティブな意味ではなくて、重厚な、ということですね。私たちなんかつぶされてしまうような、圧倒されるような神さまのすばらしさ、神さまの栄光ですね。聖書で神の栄光は雲としても描かれます。煙のような、霧のような、目の前が見えなくなるような、雲ですね。それは神さまの臨在のしるしでした。神さまがここにおられるということのしるしとして、神の栄光が雲のように満ちるということがあったのです。

先ほど、賛美の曲で「昼は雲の柱で、夜は火の柱で」と歌いましたが、イスラエルの民は雲の柱、火の柱について旅をして行きました。でも雲の柱、火の柱って、ただの方向指示器じゃないんです。これについて行けばいいという、ただの目印じゃない。それは臨在の証だった。神さまが共におられるということのしるしなのでした。私たちは、ただ適当に「あっちがいいかな、こっちがいいかな」と決めていくのではなく、神さまが共におられることの平安をいただきながら決めていく。主が共におられることを確かめながら、主の臨在の中を進んでいくんです。

私たち関西集会もまた、主の臨在の中を歩んでいきたい。主が共にいてくださることの平安のうちに進んでいきたい。そう願っています。

私たちのために、まさに幕屋を張るようにして、私たちの只中に来てくださった方がおられます。招きのことばでも読みました、ヨハネ1:14「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。」ことばとはイエスさまご自身のことです。そして、ここの「住む」ということばは、「天幕を張る」という意味なんです。イエスさまは、究極的な神の臨在のしるしとして、私たちの間に、私たちの只中に来てくださったお方です。私たちには今、会見の天幕はありませんけれども、私たちはイエスさまを心にお迎えしています。主は言われます、「わたしはいつも、あなたがたと共にいる。」と。主は私たちと共にいてくださっているんです。あとは、私たちがそのことに、主の臨在に気がつくかどうかです。

忘れないでください。主は、私たちと共におられます。

<神の「ことば」を聴こう>
だから、みなさん、ますます聖書のみことばを読もうではありませんか。ディボーションをしている方は、それを大切にしてください。なかなか時間が取れないという方もおられるでしょう。まずは礼拝で語られたみことば、礼拝で開かれた聖書のことばを繰り返し味わってください。そして、祈りと賛美を捧げる個人の礼拝の時を持ちたいと思います。そうやって聖書のみことばを味わいながら、身の回りをよく見回してみましょう。ダーバールとは、紙に書かれたことばのことだけじゃない。神さまは、あらゆる出来事を通して私たちに語りかけていてくださいます。そのうちに、聖書のことばが、身の回りの出来事の中でつながってきます。響き合ってきます。両輪が響き合ってくる。そう感じたことは、日記のように書き留めておくといいです。そうやって神さまの平安をいただいていきましょう。主が共にいてくださることの平安を、何にも変え難いこの平安を確認していきましょう。さらにさらにいただいていきましょう。

<22節 時間をかけながら>
さて、使徒の働きに戻りますが、パウロは御霊の示しによって道を決めつつも、すぐには動きませんでした。自分の同伴者たちを先に行かせつつ、自分はまだ、なおエペソに留まっていたのです。その理由はわかりません。エペソで彼は大きな働きをしていましたから、急にそれを誰かに委ねるということができなかったのかもしれません。彼自身が進む道はまだ開かれなかった。先ほど、私もすぐに神学校に進む道は開かれなかったと言いましたが、その二年間の会社勤めの経験は私に必要でした。二年だけじゃ会社のことも業界のことも何もわからなかったですし、勤め人としての経験なんて微々たるものですが、私には必要な期間だったのだと思います。この直後にエペソでは大きな出来事が起こっていきますけれども、パウロにとって、そのことを見ておくことが必要だったのでしょう。神さまの導きには時間がかかる。時間をかけて丁寧に進む神さまの導きがあるということも、覚えておく必要があるでしょう。

私たちもまた、丁寧に神さまの導きを見定めつつ、時間をかけて歩んでいきましょう。神さまの臨在の中で、主の平安をいただきながら、この地上の旅路を歩んでまいりましょう。(ヨハネ1:14)

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【12/31】(録音はありません)

Ⅰコリント3:16他

「あなたがたは神の宮」

20231231「あなたがたは神の宮」
2023年の終わりに、聖書のメッセージをお届けできることを感謝します。アドヴェント、クリスマスと経て来ましたが、主の再臨を待ち望みつつ、「神の国のすでにといまだ」を生きる道のりは続いていきます。新しい年も、主を待ち望み続けてまいりましょう。

<赦された者として生きる>
「神の国のすでにといまだを生きる」とは、別の言い方をすれば「罪赦された者として生きる」ということです。ザカリヤが預言したように、イエスさまは私たちに罪の赦しによる救いを与えてくださるお方です(ルカ1:77)。私たちは依然として罪に苦しむのですけれども、すでに赦された者として生きることができる。聖なる者として、祭司として生きることができる。「10の扉」で学んだように、私たちはイエスさまの十字架の血潮できよめられた祭司です(レビ8:22-24)。最も聖から離れたところにいた者を、神さまは聖めてくださいます(同14:25)。

第一ヨハネ1:7にはこうあります。「もし私たちが、神が光の中におられるように、光の中を歩んでいるなら、互いに交わりを持ち、御子イエスの血がすべての罪から私たちをきよめてくださいます。」こういう表現を見ると、「光の中を歩めていないから私はだめだ」というように読んでしまうのが私たちの悪い癖だと思いますが、光は来たのです。イエスさまの光で死の陰の地が照らされているのです。だからこれは条件ではなく「光が来たのだから」という意味であり、「光が来たのだから、イエスさまの血はすべての罪から私たちをきよめてくださる」ということです。また、ギリシア語の現在形には進行形の意味が含まれます。イエスさまの血は私たちをきよめ続けてくださっているのですね。

<互いに交わりを持つ>
「互いに交わりを持ち」とあるのも、同様に、「光の中を歩めているのなら、互いに交わりを持つはずです」ということではなく、光が来たのだから、私たちは互いに交わりを保つのですということです。教会の存在理由は、私たちが光の中を歩めているのかどうかではなく、光であるイエスさまがすでに来られたのだからということです。教会とはそういうところなんです。私たちは、依然として罪の現実に悩まされますけれども、それでも罪赦された者として、罪を解決された者としての生き方を祈り合い、励まし合い続けていくのです。

<神の国の広がり>
なお、罪の赦しとは、私たちの心の問題、内面の問題だけではありません。私たちが聖められ、聖霊の実を実らせていくことは、神の国の広がりと関係があります(ガラテヤ5:21-23)。私たちが聖められ、御霊の実を実らせていくところに神の国が広がっていくんです。この世界がまた一つ、神さまの願っておられる形に回復していくのです。私たちが赦され聖められていくことを通して、神さまはこの世界を新しくしようとしておられます。

教会とは、そのような生き方を励まし合うところです。誤解を恐れずに言えば、教会とは「聖書の教えを学ぶところ」というよりも、聖霊の実を実らせる「生き方」を励まし合うところと言えます。神の国が広がる場所です。

<あなたがは神の宮>
今年、久遠キリスト教会に与えられたみことばは、「あなたがたは、自分が神の宮であり、神の御霊が自分のうちに住んでおられることを知らないのですか。」(第一コリント3:16)でした。これは文脈上、個人個人のことではなくて教会という交わりに向けられたことばです(6:19は個人個人に向けての表現です)。コリントの教会は大きな混乱の中にありましたけれども、それでもそこには主がおられる。神の宮なのだということです。「宮」と訳された「ナオス」ということばは聖所や至聖所のことを指します。教会とは、神さまが臨在される場所なのだということです。神さまは、最も聖から離れたところにいた者を聖めてくださいます(ヘブル4:16)。それは、私たち関西集会という集まりについてもそうなのです。なんと驚くべきことか。

私たち一人一人の歩みに痛みがあり、傷があるように、関西集会の歩みにも困難があります。しかし、主はここまで私たちを守ってくださいました。新しい年も、主の導きに期待していきましょう!
 

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【12/24】クリスマス礼拝

ルカの福音書2章1節〜20節

「信じ、待ち、お迎えするクリスマス」

<1〜3節 時代設定>
ルカの福音書2章を開きましょう。1節にこうあります。「そのころ、全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストゥスから出た。」アウグストゥスとは、ローマ帝国の初代皇帝オクタヴィアヌスのことです。在位は紀元前24年から紀元後14年まで。ちょうどイエスさま誕生の頃の皇帝が彼でした。世界を支配し、後に Pax Romana「ローマの平和」と呼ばれる黄金時代を築いた人物です。

このアウグストゥスの時代に税金を集めるための住民登録があって、ヨセフはマリアを連れて生まれ故郷のベツレヘムに戻ってきた、というのがこの場面です。ローマ帝国の人口調査は人々を出生地に戻らせて登録したようで、実際にエジプトでそのような碑文も見つかっているそうです。

実際の、私たちのこの世界の歴史の中に、この世界で紡がれる日々の中に、人々の生活の中に、イエスさまは来てくださったのだということを改めて覚えたいと思います。こういう歴史的出来事があった、これこれのこういう時に、人々が旅をしなければならない社会の動きがあった、人々の生活があった、そのような只中にイエスさまが来られたんだということです。私たちの日々の生活の中に、私たちの社会の動きの中に、私たちが紡ぐ歴史の中に、主は来てくださったのです。

<4〜5節 居場所がなかったマリア>
4節、ヨセフとマリアが住んでいたのはガリラヤのナザレという町でした(ルカ1:26)。イスラエル北部、ガリラヤ湖のそばにあります。ヨセフはダビデの町ベツレヘムの出身だったので、人口調査の登録のために、そのナザレから故郷に帰ることになったわけです。ベツレヘムというのはエルサレムの近くにある町です。ダビデ王の出身地でした。彼はその血筋だったのです。もっとも、今はしがない大工の一人で、しかもベツレヘムを離れて生活していたわけですけれども。

5節、「いいなずけの妻」とはどういうことかというと、ユダヤの結婚式には二段階が踏まれ、最初に婚約式のような位置付けの段階があります。まだ一緒に住むことはできませんが、法的には夫婦とみなされる正式な結婚です。そしてその後、二度目の式を経て一緒に住むようになります。ヨセフとマリアは初めの婚約を経ていて正式な夫婦だったものの(だからこそ住民登録を二人でするわけです)、でも最終的な結婚式はまだだった。それで「いいなずけの妻」なのです。問題は、いいなずけの妻がみごもっていたということです。

ルカの福音書1章、またマタイの福音書1章に明らかですが、ヨセフのいいなずけだったマリアは、ヨセフと一緒になる前に、ヨセフの知らないところで妊娠しました。これはあってはならないことで、ヨセフは離縁を考えるほどに悩んだわけですが、その妊娠は聖霊によるもので、お腹の子は神の子、約束された救い主なのでした。ヨセフはそのことを夢で天使に教えられましたが、周囲の人は知りません。正式な結婚の手順を踏まずに妊娠した、しかもそれがヨセフの子ではなさそうだともなれば、マリアは石打の刑にされてしまいます。まだ十代だっただろうと言われるマリアは、家族とひっそりと生活していたでしょう。大きくなるお腹を隠しながら。ヨセフも全面的に協力していたと思います。しかし、それでもとうとうナザレには彼女の居場所がなくなってしまったのではないでしょうか。マリアだけでなくヨセフもですね、二人にはナザレに居場所がなくなってしまったのだと思います。

<信じて踏み出す>
しかし、マリアがヨセフの住民登録に同行したことの理由は、それだけではなかったと思うのです。当時、旅というのは危険なもので、車もなければ、道路が整っているわけでもありません。日中は暑く、夜は凍えるように寒い荒野の気候です。野獣や強盗に襲われる危険もありました。ナザレからベツレヘムまでは直線距離で100km、道のりではおそらく150km以上あります(高槻市から和歌山県白浜市までが直線で130kmです)。本当なら、妊婦が旅をできるような道のりではなかったはずなのです。

マリアがヨセフに同行し、二人でベツレヘムに向かったのは、彼らの信仰がそうさせていたと思われます。二人は、マリアのお腹の子は救い主であることを信じていましたから、自分たちはナザレからベツレヘムに移動しなければならないことに、どこかの時点で気がついたのだと思います。救い主はベツレヘムで生まれると、預言者ミカによって預言されていたからです(ミカ5:2)。

マリアの信仰は、天使による受胎告知を受け入れた時によく表されていますし、ヨセフに関しては、夢で天使のお告げを受けてマリアを受け入れたことにその信仰がよくあらわされています。加えて、見落としてはならないのは、彼らは、これが神さまのご計画だというのなら、自分たちはベツレヘムへ行かなければならないし、いかに危険な旅であっても必ず神さまはこの旅を成功させてくださると信じて行動したということです。身重のマリアは丁寧に慎重に生活していたはずです。しかし、その落ち着いた生活を打ち捨てて、彼らは旅に出たのです。恐らくはロバに乗って、ゆっくり、ゆっくりと進む旅です。神さまへの信頼がなせるわざです。

このことは、私たちへも大きな信仰の教訓を与えます。信仰とは神さまの御心に参画すること。神さまのご計画に参加することです。神さまが与えてくださるからとすべて受け身で終わらせてしまうのではなく、神さまからみことばを与えられ、ご計画を示されたのなら、信頼してそこに踏み出していくのです。ザカリヤとエリサベツもそうでした。受け身でただ待つのではなく、かと言って自分の熱心だけでやみくもに動くのでもなく、神さまのことばに励まされ、神さまのことばに押し出されるようにして、自分のなすべきことをしていく。それが信仰ですね。

<6〜7節 居場所がなかったヨセフ>
そして、苦労してようやくベツレヘムにたどり着きましたが、そこでも彼らには居場所がありませんでした。ベツレヘムにはヨセフの親戚がいたはずです。もしかしたら実家があったのかもしれない。しかし、そこにすら泊まることはできませんでした。7節に「宿屋」と訳されていることばは、他の箇所では「客間」と訳されています(22:11)。当時の家には、人をもてなすための客間がありました。しかし、故郷の町で、親戚の家の客間に入ることすらできない。もちろん、住民登録のために帰ってきた人たちでごった返していたという事情はあったでしょう。しかし、ナザレからやってきたこの二人について、いろんな噂があっただろうことを考えると、彼らが泊めてもらえなかった理由はそれだけではなかったのではないでしょうか。親族の中でも居場所がなかったヨセフであり、マリアなのでした。

神さまの導きを信じて旅立った人たちというと、アブラハムとサラのことを思い出します。アブラハムにとっては、神さまの御声を聞いて、妻に説明して、みなで移ってきたのに、約束の子どもが与えられない。せっかく妻が決断してついて来てくれたのに、いつまでも実が実らないという焦りがあったと思います。サラにしてみれば、多くのものを手放して、せっかくついて来たのにという思いがあったと思うのです。しかし、とうとう時が至って神さまのご計画が実現した時、その実現のためには彼らがカナンの地に来ていることが必要だったのでした。それがわかったのはその時になってからです。

神さまの導きに従うということは、簡単なことではありません。ヨセフも、恐らく親戚の客間を頼りにしていたのにそこに入れない、しかも妻は月が満ちて今にも子どもが生まれそうという状況で、相当焦っていたはずです。マリアはどうだったでしょう。神さまの約束を信じて、ベツレヘムで生まれるという預言の成就を信じてここまで来たものの、これではどうなってしまうのか。きっと不安だったはずなんです。初めての出産がどれほど不安なことか。

神さまの導きに従う時に、私たちは不安や焦りを感じます。それで当然です。しかし、神さまは自動的に機械のようにして物事を進めたりはなさいません。私たちを用いてくださる。私たちを用いてご計画を進められる。不安や焦りを覚え、迷ったりつまずいたりする私たちを用いて、神の国の福音を広げてくださるのです。

<仕方がなく、ではなく>
そして、とうとう赤ん坊が生まれました。思い描いていたようなあり方ではなく、家畜小屋という汚い場所での出産でした。聖書の本文には「飼い葉桶」とあるのみで、馬小屋とはありません。後々、馬小屋というイメージがつきましたが、馬は兵隊が乗るもので一般的に飼われていた動物ではなかったということと、何よりここがベツレヘムだったということから、イエスさまが生まれたのは羊が飼われている場所だっただろうと言われます。当時、羊は洞穴で飼われていました。彼らは結局町の外にしか、安全な出産場所を確保できなかったのです。新生児のベッドは飼い葉桶、羊の餌箱です。産着は亜麻布でした。郊外の洞穴というのは、死者を亜麻布で包む作業がされた場所でもあったようです。そのための布があったのだろうと思われます。

彼らからしてみたら、神さまのことばの通りに救い主が生まれたわけですから、もっときちんとしたかったのではないでしょうか。もう少しましなところで、と思ったと思います。しかし、イエスさまはまことにふさわしいあり方でお生まれになったのでした。

約束された救い主であり、王の王なのですから、王の都エルサレムで生まれるのが一番良いように思えます。しかし、羊飼いの町ベツレヘムでお生まれになりました。この方は私たちの「良い羊飼い」だからです(ヨハネ10:11)。また、羊の洞穴でお生まれになりました。この方は私たちの罪のためにささげられる犠牲としての「神の子羊」だからです(ヨハネ1:29)。生まれた時には亜麻布で包まれました。この方は、世の罪として十字架で死なれるお方だったからです(ヨハネ19:40)。マリアとヨセフからしたら、仕方がなくということだったかもしれません。しかし、これはまことにふさわしい救い主の誕生の仕方なのでした。

神のみことばに従う時、思い描いたものとは違う現実に直面することがあります。こんなはずではなかったと思うこともあるでしょう。あるんです。でも、そんな時に、彼らの姿を思い出したいと思います。そして、たとえ思っていたのとは違ったとしても、神さまのみことばが、その約束が実現していることに目を開かせていただこうではありませんか。たとえ自分が思っていたのとは違ったとしても、神さまの約束が実現しているなら、それを見落としてはなりません。「どうぞ、あなたとおことば通りこの身になりますように」と告白したマリアのように、神のことばの実現を体験させていただきましょう(ルカ1:38)。

<信じて待つアドヴェント>
今年のアドヴェントはヘブル書から始めて、信じて待つことの大切さについて聖書のみことばに耳を傾けてきました。神の国のすでにといまだの狭間で、私たちは「御国が来ますように」と祈ります。再臨のイエスさまが来られることを待ち望みます。ザカリヤとエリサベツが、神のことばの実現を待ち望んだように、マリアとヨセフが神のことばとして来られる方の誕生を待ち望んだように、私たちも主を待つのです。信仰とは信頼です。待つべき時には待つのです。ただそれは指をくわえて待つという待ち方ではなくて、自分たちがすべきことをしながら待つのです。神さまのことばに励まされながら、主の約束を思い出し、そのことばに押し出されながら、自分たちのすべきことをしながら待つ。神さまのみわざに参加しながら待つのです。

彼らが待ち望んだイエスさまは来られました。旧約の信仰の先達たちが待ち望んだ救い主は来られました。みことばの約束のとおりです。神の約束のことばの実現として、まさに、神のことばそのものとして主は来てくださった。みことばが、文字通り私たちのところに来てくださったのです。イエスさまは神のことばです。そして、イエスさまは死の陰の地を照らすまことの光です。光が照らすのは私たちだけではありません。死の陰の地全体を照らし、温め、人々を導くのです。

この方がすでに来られて、神の国がこの地に始まっていることを私たちは知っています。しかし、いまだそれは完成していません。イエスさまが再び来られるその日を待ち望みつつ、神の国の完成を祈り待ち望みつつ、私たちはここで、すでにといまだの間で生きるのです。私たちの周りには、困難が山積みです。神さまがおられるならなぜ?と思えることばかりです。しかし、ヘブル書で読んだ通り、「信仰は、望んでいることを保証し、目に見えないものを確信させ」ます(ヘブル11:1)。私たちは、すでに神の国のものとして、神の国の民として生きることができる。神の国の前味を味わいながら生きることができます。

そのようにして、私たちはイエスさまの再臨を待つのです。それは叶う保証のない望みではありません。イエスさまは来られたじゃないですか。クリスマスはそのことを祝う日ではないですか。この方が私たちの罪の赦しのために来られたことが確かなように、救いを完成するためにまた来てくださることは確かなことです。私たちは信仰によってそのことを確信しています。だから、希望を捨てないでください。神さまの愛と聖さへの憧れを捨てないでください。神さまの御心を行うことをあきらめないでください。聖霊が私たち一人ひとりを通して働いてくださり、痛み苦しむこの世界に、私たちの身の回りに、なんと私たちを通して、私たちを用いて神の国が広がっていくのです。神さまのみわざのために、用いていただこうではありませんか。私たち一人一人。そのようにして、主を待とうではありませんか。

<神のことばを迎える>
それにしても、ヨセフとマリアが神のことばをお迎えした、そのことを今日はやはり思うのです。彼らが神さまの御心を信じて従ったように、思い描いた様子とは違ってもあきらめずに神のことばをお迎えしたように、私たちも、改めて神のことばをお迎えしたいと思います。身の回りに必要なものはないかもしれない。待ちに待って、やっと実現したと思ったら、あれもこれも不足しているという状況かもしれないですね。でも、羊の洞穴があるじゃないですか。亜麻布があるじゃないですか。むしろ、それらの方がイエスさまをお迎えするのにふさわしかったわけです。ヨセフとマリアも、洞窟とか亜麻布しかない状況だったからこそ、救い主を一番相応しくお迎えすることができました。私たちも、何も持たないこの心で、神のことばをお迎えしたいと思います。私たちの足りないこの心、私たちの不足しているこの心をこそ、主は用いてくださいます。何も持たないこの心だからこそ、神のことばで満たしたい。何もないけれども、神さまの希望の約束で私たちの心を満たしたいのです。今日、改めてイエスさまを、神のことばをお迎えしましょう。クリスマス、心からおめでとうございます。(ルカ1:45)

 

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【12/17】アドヴェント第三週

ルカの福音書1章57節〜80節

「沈黙とその終わり」

アドヴェントの第3週を迎えています。今日は引き続きザカリヤとエリサベツについて、ルカの福音書1章57節以降から見ていきます。彼らが経験した沈黙、そして待ち望むということについて考えていきましょう。

まずは前回のところを振り返りますが、祭司のザカリヤは天使からお告げを受けました。それは高齢の自分たちに子どもが生まれるということ、そしてその子が救い主の道備えをするという内容でした。ザカリヤは、子どもが生まれるということ以上に、その生まれた子が救い主の道備えをするということに反応しています。それこそが彼の真の願いだったのですね。しかし、「仮に子どもが生まれたとしても、その子が大きくなる頃にはもう自分は生きてはいまい。その子が主の道備えをするなどということは信じることは出来ません。」これが彼の答えでした。その結果、彼は口が利けなくなり、耳も閉ざされました。自分のことばを話せず、人のことばも聞けない中でそれは、沈黙の中で神のことばを信頼していくための訓練でした。神のことばは、時が来れば必ず実現します。そのことを信頼し、信じ続けることができるか。私たちにも問われていることです。

このようにして、ザカリヤとエリサベツは神のことばが実現することを待ち始めます。それは子どもの誕生だけでなく、救い主の誕生も待つことも意味していました。エリサベツの妊娠は、二人が神のことばを信頼したことの証です。「信頼して待つ」ということは信仰において大切な態度ですが、それは何もしないで待つという受け身の姿勢ではなく、神さまを信頼して、自分にできることをしながら待つという積極的な姿勢です。がむしゃらに自分の勢いで進めるのではなく、神さまのことばに押し出されるようにして、神さまのことばに支えられながらのことです。ザカリヤのように、エリサベツのように、神のことばに押し出されながら、そのみわざのあらわれを積極的に待つということを改めて始めていきたいと思います。

<57節 沈黙の終わり>
間にマリアの訪問の記事を挟み、ザカリヤとエリサベツの話は57節に飛びます。月が満ちて、エリサベツは男の子を産みました。待ち望んだ日です。しかし、ザカリヤの口は閉ざされたままです。沈黙はまだ続いています。子どもが生まれた喜びと忙しさの陰で、まだなのか?いつまでなのか?と思ったでしょう。確かに子どもが生まれた。そして救い主も親類のマリアから生まれることが分かった(これは直前の箇所でマリアが訪ねてきたシーンがあります)。それならば、いよいよこの口が開かれるのではないか。その時は今か。今か。それでも、ザカリヤの口と耳は閉ざされたままでした。神さまの約束、神さまのことばの実現は一度に成就するのではなく、段階を経て実現していくという面があるのですね。まさに「すでにといまだ」ですね。神さまへの信頼が問われます。

子どもが生まれた後も、彼らは待ち続けます。そして八日目、ユダヤ人の男の子として割礼が施され、名前がつけられる日になりました。割礼というのは、ユダヤ人の民族的な印として、生まれたばかりの男の子の包皮を切り取るわけですね。そこで名前がつけられることが一般的でした。当時、幼子に名前をつけるときには、一族の誰かの名前に因むということがよくなされていたようです。祭司の一族は家系を途絶えさせないことを大切にしていたということもありますから、人々は父親の名に因んで、この子もザカリヤと名付けようとしました。当然そうなるだろうと思ったわけです。

しかし、母エリサベツは「名はヨハネとしなければなりません。」と言いました。ヨハネとは「主(ヤハウェ)の恵み」という意味です。かつて、ザカリヤが天使から言われていた名前です。エリサベツは、この一連の出来事がすべて神によることを理解していましたし、ザカリヤの口がいまだに開かれない今も、神さまのみわざに信頼し続けていたのです。

人々は「あなたの親族には、そのような名の人はいない」として、ザカリヤにどうするつもりなのかを確認します。身振りで尋ねていますから、やはりザカリヤは口だけでなく、耳も聞こえなくなっていたのです。ザカリヤは書き板を持って来させて、その子の名はヨハネと書きました。そしてその時、ザカリヤの沈黙の期間が終わったのでした。口が開いたザカリヤは、神を褒め称え始めました。

開口一番、まず神を褒め称える。私たちもそうありたいと願います。

近所に住む人たちはみな恐れを抱き、これらのことの一部始終がユダヤの山地全体に語り伝えられていきました。ザカリヤの沈黙とその終わりは、神のことばが確かに実現することの証でした。「何によって知ることができるでしょうか。」と証拠を求めたザカリヤに対して与えられたしるし、それこそがこの沈黙であり、そしてその沈黙が終わるこの日だったのです。それはザカリヤ夫妻に対してだけでなく、広く人々に伝えられていくことになりました。人々が集まる祝いの割礼の日、八日目の日に、人々の目の前で口が開かれたということにも意味がありました。これはザカリヤの家庭だけでなく、公に人々に伝えられていくべき喜びの知らせだったのです。神さまからの訓練として与えられた沈黙とその終わり、この一連の出来事は、ザカリヤの個人的な信仰の体験にとどまらず、時が至って神の計画がいよいよ動き出すという公の証なのでした。

<待ち望むアドヴェント>
沈黙の終わる日を待ち続けたザカリヤの姿勢は、そのままクリスマスを待ち続けるアドヴェントと重なります。クリスマスとは、神の沈黙が終わった証とも言えるからです。旧約聖書の最後、マラキの預言が語られてから400年間、預言者は現れず、神さまの約束がどうなっているのか、神さまはなんと言っておられるのか、人々は知る術を持ちませんでした。神の沈黙です。しかし、それを破ったのがクリスマスの出来事だったのです。イエスさまはまさに、神のことばそのものとして来られたお方だからです(ヨハネ1:1-5)。ザカリヤの沈黙とその終わりは、神さまの沈黙とその終わりを象徴する形にもなっているのです。信じられなかったザカリヤの不信仰、それゆえの沈黙すらも、神さまのみわざを象徴するために用いられたとは、なんと驚くべきことでしょう。神さまは、私たちの不信仰をも用いてくださる。信じられなかったザカリヤが、神さまの訓練期間に入ったことは、決して不証なことではありません。決して恥ずかしいことではありません。私たちも同じです。神さまからのお取り扱いは、安心して受け取っていけばいいのです。その私たちの姿が、神さまのみわざを表すことになるからです。

私たちも、今一度、神さまのみことばの実現を待ち望む心を新たにしていただきましょう。私たちは、救い主が、神のことばがすでに来られたことを知っているわけですが、アドヴェントは「待つ」ということの訓練の時です。待つという信仰の大切な実践の時、訓練の時なのです。すでに主が来られていることを知っているわけですが、毎年この期間が与えられている私たちは、信仰において待つということを訓練させられるのです。今、神のみわざを待っているということがあるでしょうか。今も待つことを訓練されているという方がおられるでしょうか。それは沈黙を課されるような、もしくは神が沈黙しておられるように思えてしまうような、そんな日々かもしれません。しかし、神のことばはすでに来られたことを思い出しましょう。私たちにはすでに希望が与えられていることを思い出しましょう。ここにも「すでにといまだ」があります。イエスさまはすでに来られた。神のことばはすでに来られたけれども、私たちはいまだ試練の中にある。困難の中にある。訓練の中にあります。ザカリヤに倣って、エリサベツに倣って、その只中で神さまを信頼していきましょう。信頼し直していこうではありませんか。そういえば、ザカリヤとは「神は覚えておられる」という意味、そしてエリサベツとは「神の契約、神の約束」という意味の名前でした。神さまは私たちへのみことばを覚えておられます。神さまは、私たちに語りかけてくださったことを一つ一つ覚えておられます。そのことを忘れないで、私たちも彼らの後を追う者として、彼らの背中を追う者として、主への信頼を新たにしていこうではありませんか。彼らの訓練の先にクリスマスの出来事が実現していったように、私たちが経験する日々の先にも、きっと神さまのご計画があります。

<67節〜 ザカリヤの預言>
最後に、ザカリヤが聖霊に満たされて預言した内容を見ていきます。彼は預言者ではなく祭司だったわけですが、聖霊の賜物として、預言の賜物が与えられたということですね。彼はまず神をほめたたえます。「ほむべきかな、イスラエルの神、主。」神さまをほめたたえる、神さまへの祝福を祈るこの預言のことばは「ベネディクトゥス」と呼ばれます。祝福するというと、神が人を祝福してくださるというイメージですが、私たちの側から神さまを祝福することもできる。それを賛美というわけです。ザカリヤは神さまをほめたたえて祝福した。賛美したのです。ほむべきかな、と。

ザカリヤの賛美は、救い主到来の感謝から始まります。そのことへの感謝であり賛美、祝福であったわけです。「子どもが与えられてよかった」ということよりも、もっと大きなスケールで彼は一連の出来事を理解していました。いよいよ救い主が生まれるのです。69節にある「救いの角」とは、救いの力強さをあらわします。「ダビデの家」とは、約束されていた通りにダビデの家系に救い主が生まれることを指します。エリサベツを訪ねてきた親類のマリア、彼女はダビデの家系です。また、その夫となる人もダビデの家系でした。預言のとおりに、救い主は正当なイスラエルの王としてお生まれになるのです。71節「この救いは、私たちの敵からの、私たちを憎むすべての者の手からの救いである。」これはローマ帝国などの支配者からの救いというよりも、罪からの救いを意味します。神さまが願っておられるようには生きられない私たち。神さまが造られたこの世界を、人々との関係を、また自分自身との関係も壊していくことしかできない私たちの現実を、聖書は罪と表現します。神さまの御心から「的外れ」という意味です。私たちは神のかたちに似せて造られたと創世記は語りますが、罪の力は、その生き方、神さまの心を自分の心として生きる生き方をさせませいとするのです。それが罪の力です。しかし神さまは、その罪から私たちを救い出してくださる。77節に「罪の赦しによる救い」とあります。救いとは、罪が赦されることです。74節、そして、私たちは恐れなく主に仕えるようになる。赦された人は、赦されて終わりではなくて、神さまが願っておられるように生き始めるんです。それが救いです。神さまが願っておられるようにこの世界を管理し始める。人々との関係を修復し始める。壊すのではなく、癒し、生かす働きを始めていくのです。そのことは、アブラハムに約束されていました。「わたしは、あなたの子孫を地のちりのように増やす。もし人が、地のちりを数えることができるなら、あなたの子孫も数えることができる。」(創世記13:16)「『さあ、天を見上げなさい。星を数えられるなら数えなさい。』さらに言われた。『あなたの子孫は、このようになる。』」(同15:5)これはアブラハムの子孫が地のちりのように、そして空の星のように増えるという約束ですが、そのことを受けてイエスさまはこうもおっしゃった。「あなたがたは地の塩です。・・・あなたがたは世の光です。」(マタイ5:13, 14)地の塩というのは岩塩ですから、地のちりと重なっている。世の光というのは、空の星と重なっています。イエスさまは、かつて主がアブラハムに言われたことに重ねておられる。私たちは地の塩として、世の光としてこの世界に仕えます。主は私達のことを、ここに神さまの愛を伝えるための地の塩として、世の光として見ておられる。それは、アブラハムへの約束の成就だったんです。だから、ザカリヤは言いました。72節から「主は私たちの父祖たちにあわれみを施し、/ご自分の聖なる契約を覚えておられた。/73 私たちの父アブラハムに誓われた誓いを。/74 主は私たちを敵の手から救い出し、/恐れなく主に仕えるようにしてくださる。/75 私たちのすべての日々において、/主の御前で、敬虔に、 正しく。」主は、私たちのすべての日々において、主の御前で、敬虔に、正しく生きるように私たちを救い出し、導き、育ててくださっています。

ザカリヤには、そのような方がもう間もなく来られるということが分かりました。自分の子はそのための働きをするということも。76節以降、彼は息子のヨハネに語りかけます。「76 幼子よ、あなたこそ/いと高き方の預言者と呼ばれる。/主の御前を先立って行き、その道を備え、 77 罪の赦しによる救いについて、/神の民に、知識を与えるからである。 78 これは私たちの神の深いあわれみによる。/そのあわれみにより、/曙の光が、いと高き所から私たちに訪れ、 79 暗闇と死の陰に住んでいた者たちを照らし、/私たちの足を平和の道に導く。」

救い主が来られることは(預言の通りにヨハネがその道備えをすることも含めて、この一連の出来事は)、私たちの神の深いあわれみによるのだ。私たちは神のあわれみによって生かされる。神が私たちを気遣ってくださり、私たちに恵みを注いでくださる。神の救いとはそのようなものなのだ。私たちが自分の努力で得るものではない。神のあわれみ、神の恵みなんだということです。

曙の光、朝の光が私たちに訪れ、暗闇と死の陰に住んでいた者たちを照らす。これはイザヤ書8章22節ですね。「彼が地を見ると、見よ、苦難と暗闇、苦悩の闇、暗黒、追放された者。」しかし、9章1節、「苦しみのあったところに闇がなくなる。」と。「闇の中を歩んでいた民は/大きな光を見る。/死の陰の地に住んでいた者たちの上に/光が輝く。」と。

私たちの身の回りには暗闇があります。世界規模のニュースでは戦争の知らせが後を絶ちませんし、私たちの周りの地域社会や人間関係にだって、あらゆるところに痛みがあり、苦しみがあるじゃないですか。しかし、私たちを照らすまことの光が来たのです(ヨハネ1:9)。曙の光が私たちを照らしているのです。私たちがそのことを忘れていることがあるとするなら、そんなにもったいないことはありません。思い出しましょう。まことの光が来られたことを。あなたを照らし、温め、導く光が来られたことを。そして、そのことを先に知らされているならば、私たちは、これからどのようにその光を分かち合っていくことができるでしょう。私たち自身がまずしっかりとこの光を味わい、受け止め、照らされて、そうやって人々のところに出ていこうではありませんか。

イエスさまは神のことばとして、神の沈黙の終わりとして来られたお方です。そして暗闇を照らすまことの光として、世に来られたお方です。私のために。あなたのために。そして、あの人、この人のために主は来られました。クリスマスのこの時期を感謝しつつ、味わい、受け取りながら過ごしたいと思います。(詩篇27:14)

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【12/10】アドヴェント第二週

ルカの福音書1章5節〜25節

「主のことばの実現を待つ」

アドヴェントの第二週の礼拝です。今日はルカの福音書1章前半から、ザカリヤとエリサベツのことについて見ていきます。

<5節〜9節 ザカリヤという人>
5節〜6節「ユダヤの王ヘロデの時代に、アビヤの組の者でザカリヤという名の祭司がいた。彼の妻はアロンの子孫で、名をエリサベツといった。二人とも神の前に正しい人で、主のすべての命令と掟を落度なく行っていた。」

先週、旧約聖書の信仰の先達たちが救い主を待ち望んでいたことをヘブル書から確認しましたけれども、バビロン捕囚の後、神殿が再建され、城壁が再建され、時代は移っていきました。その間に、バビロン帝国はペルシャに滅ぼされ、ペルシャの次にはギリシア、シリア、そしてローマ帝国の時代になっていきます。旧約最後の預言者マラキの活動から400年が経ちました。預言者を通しての神の語りかけがなくなった時代を経て、神さまのご計画が動き出そうとしていました。

ユダヤの国をヘロデ王、ヘロデ大王とも呼ばれる人ですが、このヘロデが治めていた時代のことです。ヘロデ大王の治世は紀元前37年から紀元前4年とされています。紀元前と呼ばれる時代が終わり、紀元後、つまり西暦0年に近づいていく、そういう時代のことでした。ユダヤにザカリヤという名の祭司がいました。祭司というのは神殿での礼拝を司る人です。モーセの兄アロンが最初の祭司で、祭司は代々その子孫が担ってきました。ザカリヤは祭司ですから、アロンの子孫。そしてその妻エリサベツもアロンの家系、祭司の家系の人でした。心を合わせて神を礼拝し続けてきた二人でした。やがて救い主が来られる、メシアが来られることを待ち望みながら、礼拝を続けてきたのです。7節、彼らには子どもがいませんでした。祭司は特に家系を重んじるそうです。バビロン捕囚の期間も守り抜いた祭司の家系、アロンから続く祭司の家系を途切れさせないことは、私たちが想像するよりも重要なことだったのです。子どもがいないということが、ザカリヤとエリサベツにとってどれほどの痛みだったか。しかし、それでも彼らは落ち度なく神を礼拝し続けてきたのです。何十年も、神を信頼して、神さまは良いお方だということを信じて、仕えてきたのです。ザカリヤという名前は「神は覚えておられる」という意味です。そしてエリサベツとは「神の契約、神の約束」という意味でした。まさにその名の通り、彼らは神さまの約束実現を待ち続ける人たちだったのです。神さまは約束通りに救い主を送ってくださる、その約束を覚えておられると信じ続けていた人でした。たとえ、預言者があらわれず、神からの直接のことばが聞かれない時代にあっても、彼は、彼らは、主への信頼を諦めないでいたのです。

8節〜9節「さてザカリヤは、自分の組が当番で、神の前で祭司の務めをしていたとき、祭司職の慣習によってくじを引いたところ、主の神殿に入って香をたくことになった。 」当時、イスラエルの地には一万八千から二万人もの祭司がいたそうです。アロンの子孫のレビ人たちはダビデ王によって24の氏族に組み分けされ、神殿での日々の奉仕が割り当てられていました(第一歴代誌23、24章)。各組年に二回、各一週間ずつ、神殿での日々の礼拝を担当したそうです。ザカリヤが属するアビヤの組は四月中旬〜五月中旬と、十月中旬から十一月中旬の二回だったといいます(もしくは六月と十二月という資料もあり)。

全焼のいけにえを捧げる役、穀物の捧げものを捧げる役、祭壇の火を守る役などがあり、一番栄誉とされたのが香をたく役目でした。それは、ダビデ王がレビ人たちを組分けしたときに「(祭司たちが)とこしえまでも主の前に香をたき、主に仕え、主の御名によって、とこしえまでも祝福するため」と言っていたからかもしれません(第一歴代誌23:13)。午前と午後、全焼のいけにえが捧げ終わる時に香をたくのです。午前と午後に一人ずつ、務めは年に二週間ですから年に28名です。これがくじによって決められました。一万八千から二万人の祭司が24組に均等に分けられたなら各組の祭司は750人から830人、氏族ごとに増減はあったでしょうから千人ほどいたかもしれません、どちらにせよ、くじでこの役割が当たる確率はとても低い。およそ三十年に一度あるかないかの確率で回ってくる役割だったことになります。しかも、これを経験できるのは一度きりだったとか。ザカリヤにとって、これは生涯で最初で最後の特別な礼拝の場だったのです。

今日の礼拝は、生涯で最後の礼拝かもしれない。そのような思いで礼拝に臨む。神のことばを聞き、神に賛美を捧げ、祈る。同じキリストのからだとされている兄弟姉妹たちと心を合わせて神をたたえる。ザカリヤのような特別感というのは特殊なケースですが、それでも、今日私たちがここに集まって礼拝を捧げている、今日のこの礼拝は、後にも先にもない、一度きりの礼拝であることを覚えます。ザカリヤのように、真面目に神を信じて仕えてきたお一人お一人です。子どもがいないザカリヤがそのことの痛みに耐えながら、しかし神を信頼して歩んできたように、今日ここに集っているお一人お一人も、家の中に、自分自身に大きな傷を抱え、痛みを抱えて、しかし、それでも今日ここで礼拝を捧げておられるお一人お一人に、神さまからの慰めと励まし、導きが豊かにありますように。アーメン。

10節「彼が香をたく間、外では大勢の民がみな祈っていた。」祭司にお任せではありません。エルサレムの神殿に集まる人々は、みなが祈っていました。一丸となって祈る。みなで懸命に祈る。教会もまたそのようなところですね。

<11節〜20節 ザカリヤの真の願い>
ザカリヤは香をたき始めます。香の芳しい煙は祈りの象徴です。煙が天に向けて立ち上っていく様子は、祈りが神に向かっていく様を表していました。ザカリヤはおそらく何度もリハーサルをした手順に則って、その役割を始めました。するとその時、11節、主の使いが彼に現れ、祭壇の右に立ったのです。12節、これを見たザカリヤは取り乱し、恐怖に襲われました。旧約聖書には、神の臨在に触れていのちを落とした人の記事がいくつもあります。香をたく壇は、神殿の最深部、至高の聖所である至聖所の幕の目の前にあります。聖なる神の臨在の一番目の前という場所で、彼は神の御使いを見たのです。自分は打たれる、打たれたと思って不思議はなく、むしろその方が当然という状況です。彼は取り乱し、恐怖に襲われました。

しかし御使いは言いました。13節〜14節「恐れることはありません、ザカリヤ。あなたの願いが聞き入れられたのです。あなたの妻エリサベツは、あなたに男の子を産みます。その名をヨハネとつけなさい。 14 その子はあなたにとって、あふれるばかりの喜びとなり、多くの人もその誕生を喜びます。」ザカリヤの願いは聞き入れられた。二人に子どもが与えられるというのです。

しかし、注意深く読むと、ザカリヤの願いは実は、単に子どもが与えられるということだけではありませんでした。子どもが生まれたらそれでいいのではなかったのです。彼はメシアが、救い主が来ることを望んでいました。そして自分の子がその道備えをすることを望んでいたのです。それこそが、ザカリヤの真の願いだった。子どもが欲しいという切実な思いの奥底で、彼の霊が望んでいたこと。それはメシアが来るということ。そして自分の子がその道備えをするということだった。そこまで含んで、彼の真の願いだったのです。天使はそのことを言っています。だから、「あなたの願いが聞かれた」と言って、15節以降のようなことを言うのです。それこそがザカリヤの真の願いだったからです。以前、教会だよりでも紹介させていただきましたが、出版される前に原稿の段階で読む機会を与えられ、著者の方と今も親しい交わりを与えられているこちらの本にそのような視点でザカリヤの真の願いについて語られています。私も眼から鱗でした。生まれてくる子が聖霊に満たされ、多くの人を救い主に導く人となる。そして主のために、整えられた民を用意する。これがザカリヤの真の願い、霊的な願いだったのですね。15節から17節の表現は難しいのですが、酒を飲まないというのはナジル人と言って、神さまの働きのために聖別される人のことです。17節にあるエリヤの霊と力というのは、旧約最後の預言書であるマラキ書の最後の預言に関係しています。救い主が来る前に、エリヤの再来のような預言者が現れ、救い主のために道備えをするというのです(マラキ4:5-6)。ザカリヤは確かに救い主を待っていました。そして、子どもが与えられることも願っていた。それは祭司の家系を継がせて自分が安心したいということよりも、その子には救い主に仕える存在になってほしい。それが彼の真の願いだったのです。

私たちは、心に多くの願望を抱きます。ああなってほしい、こうなってほしいと様々な願いを持ちます。それは当然のことですし、変なことではない。ただ、それらの奥底で光っている、真の願いがある。私たちも気がついていない、霊の願いがある。神さまは御使いをよこして、そのことを気づかせてくださるお方です。

18節、ザカリヤは御使いに言いました。「私はそのようなことを、何によって知ることができるでしょうか。この私は年寄りですし、妻ももう年をとっています。」ザカリヤが意味しているのは、歳をとっているのでもう子作りは無理ですということではなさそうです。子どもが生まれることに関してなら妻が妊娠すればわかるわけですから、「何によって知ることができるか」などとは聞きません。ここでザカリヤが聞いているのは「生まれてくる子が救い主のために働くということを、私はもう年齢的にも見ることはできないので信じられません」ということです。彼は自分の真の願いを自覚したのです。確かにそれが私の願いだ。しかし、その願いが聞かれたなどと、本当だろうか。本当に私には子どもが与えられて、その子は救い主の道備えをするのだろうか。それを信じることはできない。霊の願い、真の願いを自覚しても、それを信じることは難しいのですね。

19節〜20節、御使いは彼に答えました。「この私は神の前に立つガブリエルです。あなたに話をし、この良い知らせを伝えるために遣わされたのです。 20 見なさい。これらのことが起こる日まで、あなたは口がきけなくなり、話せなくなります。その時が来れば実現する私のことばを、あなたが信じなかったからです。」これは罰ではありません。「私のことば」とありますが、御使いは神のことばを届ける役割ですから、これは神のことばという意味です。その時が来れば実現する神のことばを信じるための期間に入りますということです。神のことばを信じなかったから罰が与えられたということよりも、ザカリヤは神のことばが実現することを信じるための訓練の期間に入ったのです。

ここにもまた「すでにといまだ」があります。神のことばは必ず実現するのです。神は約束を覚えておられ、それは必ず実現する。その意味ではすでに約束は確実なんです。でも、いまだ実現していない。このすでにといまだの狭間で、私たち信仰者は神の約束を信じて、神のことばを信じて歩むのです。その歩みは完璧で順風満帆な信仰の歩みではありません。神のことばを信じるための期間、訓練の期間に入れられることもある。ザカリヤは口が聞けなくなっただけでなく、62節によると耳も聞こえなくなっていたようです。自らのことばを話せず、他人のことばも聞けない中で、ただ神のことばを聞き取り、神のことばを信じていくことを教えられていったのです。神のことばを信じるために、余計なものは削ぎ落とされたザカリヤでした。

<21節〜24節 ザカリヤとエリサベツ>
21節〜22節「民はザカリヤを待っていたが、神殿で手間取っているので、不思議に思っていた。 22 やがて彼は出て来たが、彼らに話をすることができなかった。それで、彼が神殿で幻を見たことが分かった。ザカリヤは彼らに合図をするだけで、口がきけないままであった。」

ザカリヤは神殿から出て、人々に祝祷の祈りをするはずでした(民数記6:24-26)。しかし、彼は口がきけません。人々は何か不思議なことが起こったのだ、彼は神殿で幻を見たのだと知りましたが、詳細はわかりません。ザカリヤはその週の務めの期間を終えて、自分の家に帰りました。ザカリヤとエリサベツが住んでいたのはエイン・カレムといって、エルサレムの近くにある村だそうです。彼は失望して帰っていったのでしょうか。何も説明できないもどかしさと、神のことばを信頼できなかったことへの後悔は確かにあったと思います。しかし、神さまからの訓練期間に入っていること、つまり必ずこの先に神さまはよいものを用意していてくださることを確信し、彼は聖なる恐れに包まれながら、神さまの前にひれ伏す思いで帰っていったのではないでしょうか。

今、自分が神さまからの訓練期間にある。その時に抱く聖なる恐れ。これは何か分かる気がしますよね。

24節、その後、エリサベツは身ごもりました。ザカリヤとエリサベツ夫妻が愛し合った夜のことを思うと、感動して涙が出る思いです。それは全くの自発的な行為です。神さまから操られてのことじゃないです。神のことばは必ず実現する。私たちには子が与えられる。そして、救い主のためにお仕えする者となる。これは必ず実現する。そう信じていないと、確信していないとできないことです。高齢の二人にとって、簡単なことではありません。それでも、神の計画に参加していった。参画していったのですね。ザカリヤはことばで説明はできませんから、筆談でエリサベツに何があったかを事細かに説明し、同意を求めたのではないでしょうか。エリサベツもすぐには信じられなかったでしょう。今更・・・という思いがまさって当然です。妊娠しなかったら、妊娠したとしても、無事に安定期に入るかどうか。しかし、彼らは一つとなりました。神さまのことばを信じた。そして、自分たちの行動をそこに重ねたんです。信仰がないとできないことです。

24節にはエリサベツの素直な思いが綴られています。ここまで、ザカリヤの真の願いとか、すでにといまだというようなことを述べてきましたが、そうとは言っても、やっぱりエリサベツにとって、子がないことは「人々の間の私の恥」だったんですね。今の時代は多様な生き方が認められ、尊重される時代ですが、この時代を生きたエリサベツにとって、それがどれほど辛いことだったか。神さまは、私たちの素直な思いも聞き取ってくださる。優しいお方です。

<「すでにといまだ」を生きるアドヴェント>
私たちは今、クリスマスを待ち望むアドヴェントの期間を過ごしていますけれども、それは、主の再臨を待ち望む期間でもあります。私たちの真の願い、それはイエスさまにお会いすることです。様々な思いや願いは当然ありますけれども、私たちの霊が望んでいるのはイエスさまと相見えることなんです。私たちの願いの奥底で光っている、真の願いがある。私たちも気がついていない、霊の願いがある。それは、イエスさまにお会いすることじゃないですか。ザカリヤが、自らの真の願いを自覚させられたように、私たちも、イエスさまを待ち望む心を、イエスさまにお会いしたいという願いを、いよいよはっきりさせられていくのです。

神さまは御使いを遣わして、そのことを気づかせてくださるお方です。再臨を待ち望む心を、神さまが明らかにしてくださる。気づかせてくださる。その上で、ザカリヤが訓練期間に入ったように、私たちもすでにといまだの狭間を、神さまのことばを信じて歩むようにと導かれます。そうやって余計なものが削ぎ落とされていくのです。神さまのことばを聞き取るために、余計な物が取り去られていく。削ぎ落とされていく時があります。それは、神さまが、必ず実現するご自身のことばを、どうにかして私たちに信じてもらいたい、信頼してほしいという思いから、私たちに特別にそのような期間を与えてくださっているんですね。私たちもザカリヤと同じ。そして先週読んだ旧約の信仰の先輩たちと同じです。彼らは救い主を待ち望みつつ、「これらの人たちはみな、信仰の人として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるか遠くにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり、寄留者であることを告白していました。」(ヘブル11:13)私たちもこの地上を寄留者として、神の国のすでにといまだの狭間を歩みます。神のことばを信じながら、やがて必ず実現する神の国の完成を信仰によって確信しながら歩むのです。主は必ず来られます。主が再び来られるという神のことばは、必ず実現するのです。私たちはそのことを、信仰によってすでに得ているのです。

主よ、来てください。涙と痛みのこの世界を、この私を、助けてください。あなたの約束のことばが実現する様を見るまで、私は生きているでしょうか。どのようにそれを信じることができるでしょうか。しかし、主よ、御使いが言ったように、あなたのことばは必ず実現します。私たちのうちに住まわれる聖霊によって、そのことを確証する信仰を私たちのうちに新たにしてくださいますように。聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証です。感謝します。イエスさまのお名前によってお祈りいたします。アーメン

​(詩篇119:81)

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【12/3】アドヴェント第一週

ヘブル人への手紙11章1節〜2節、13節〜16節

​「救い主を待つ」

アドヴェントは「来る」「到来する」という意味のことばです。私たちは救い主が来られたこと、主イエスが来られたことをすでに知らされているわけですが、救い主の到来を待ち望んだ旧約の信仰の先達たちに心を合わせ、私たちもまたクリスマスの礼拝を待ち望むのです。同時に、私たちもまた救い主を待っていることを思い出します。クリスマスの礼拝を待ち望むだけでなくて、私たちもまた救い主そのものを、救い主ご自身を待ち望んでいます。それはキリストの再臨です。イエスさまが再び来られることを、私たちは待ち望んでいます。イエスさまが来られる、到来されることを、私たちは待ち望んでいるんですよね。アドヴェントはそのことを思い出し、キリストの到来を、キリストの来臨を待ち望む心を新たにする期間でもあります。

 

詩篇には、主を待ち望む歌がたくさん残されています。招きのことばでお読みした詩篇39:7「主よ 今 私は何を待ち望みましょう。 私の望み それはあなたです。」これもまた、主を待ち望む信仰の歌ですね。私たちは心に願いを持ち、様々なことを待っていますけれども、私たちの心や願いの奥底で、私たちの霊が待ち望んでいるもの。私たちの霊が待ち続けていること。それはイエスさまと出会うこと。文字通り、主とお出会いして、相見えることですね。いろんな願い、いろんな思いはもちろんあります。でもそれらすべてを取っ払っても最後に残る私たちの願い、それはイエスさまと出会うことです。その時、私たちのすべての涙は拭い取られ、もはや死もなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもなくなります(黙示録21:4)。私たちは主と同じ姿に成長させられて、まったく新しくされた新天新地で、一人一人が王として主に仕えることになるなる(同22:5)。それは魂だけがあの世でというふわふわした内容ではなくて、私たちは身体をもって復活するんだ、これも聖書が語る力強い希望です。私たちはそのことを、待っている。待ち続けているのです。この世界には争いが絶えません。「すべての涙を拭いとってくださる」、しかし今は涙で溢れている世界です。今、この時も、大勢のいのちが失われている時代です。このような時代だからこそ、キリストが来られて、平和を打ち建ててくださるその日を待ち望む祈りを、心新たに祈っていきたいのです。

ヘブル書11章は、救い主が来られることを待ち続けた人たちの信仰の記録です。1節「信仰は、望んでいることを保証し、目に見えないものを確信させるものです。」信仰は、望んでいることを保証する。「保証する」とは不動産の証書のようなことです。この土地は誰それのものですという証しであり、証拠ですね。信仰とはそういうものだというのです。それがあれば、確実であるという保証です。望んでいることを、確かなものだと保証するというのです。たとえ、目の前の現実は難しいものだったとしても、私たちに与えられている希望、「目に見えない」希望は確かなものだと確信させるのです。それが信仰なんですね。

これは私たちの願いであったり、願望が保証されるという意味ではありません。先ほども言ったように、私たちの心の願望ではなく、私たちの霊の願い、私たちの存在の奥深いところで呻いている霊の願い、霊の望みを信仰は保証するのです。それはイエスさまとお出会いするという望みです。

2節「昔の人たちは、この信仰によって称賛されました。」賞賛されたということばは、直訳すると「証しを得た」となります。「証しされた」という翻訳もありました。昔の人たちは、この信仰によって賞賛されるに足るものだと証しされたということです。信仰者の姿が、周りの人に、「あの人の信じている信仰は本物だ。あの人が抱いている希望は本物だ。」と言わせたわけです。これは私たちの願いであり、憧れです。

13節に飛びます。「これらの人たちはみな、信仰の人として死にました。」11章でここまで述べられてきたのは、信仰の父と呼ばれるアブラハムをはじめ、遡ってノア、エノク、そしてアベルですね。神さまは創世記のはじめ、3章15節ですでに救い主の約束を与えてくださっていますから、これらの人々はみな救い主の約束が実現することを待ち望んだ人々です。しかし、彼らはその実現を目の当たりにすることはありませんでした。救い主が来られることを待ち望みつつ、救い主が来られることを信仰によって確信しつつ、死んでいったのです。「約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるか遠くにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり、寄留者であることを告白していました。 」約束の実現は目の当たりにしなかったけれども、それを手にすることはなかったけれども、しかし、彼らは約束の実現をはるか遠くに見て、喜び迎えたのです。信仰によってそれは確信され、保証されていますから、救い主を待ち望みつつ、すでに救い主とお会いしたかのように、救い主をお迎えしていたわけです。まさに、「神の国のすでにといまだ」と同じです。これは旧約の昔から続く、信仰の歩み方なんですね。まだお迎えしていない。まだお会いはしていない。しかし、信仰によってお迎えすることができる。信仰によってお会いすることができる。それが彼らの歩みでした。私たちも、再臨の主をまだお迎えしていません。しかし、すでにお迎えしたかのように生きることができる。神の国はまだ完成していません。しかし、すでに神の国の民として生きることができます。御国の前味を味わいながら、生きることができます。

13節後半に「寄留者」ということばが出てきます。先日、「10の扉」の本で学びましたが、私たちは神さまから相続を与えられています。聖書はそう表現する。私たちには相続者としての「資格」があります。しかし、同時に、相続者としての「資質」は育てていかなければならない。成長しなければならない。資格があるという意味では、「すでに」得ています。しかし、いまだ成長途中という意味では「いまだ」なんですよね。その「すでにといまだ」の間で、私たちは寄留者として生きます。私たちは、相続地を与えられつつも寄留者として生きたアブラハムと同じなんです。

寄留者の生き方は14節以降に記されます。「14  そのように言っている人たちは(つまり彼らは)、自分の故郷を求めていることを明らかにしています。 15  もし彼らが思っていたのが、出て来た故郷だったなら、帰る機会はあったでしょう。 16  しかし実際には、彼らが憧れていたのは、もっと良い故郷、すなわち天の故郷でした。ですから神は、彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。神が彼らのために都を用意されたのです。」私たちは寄留者です。しかし、ただの寄留者ではありません。神によって都を用意されている寄留者なのです。神が、私たちの神と呼ばれることを恥となさらない。喜んで私たちの神であってくださる。そういうお方に守られ、導かれつつ歩む、寄留者です。

この世界を見渡すと、まさに先週読んだように「苦難と暗闇、苦悩の闇、暗黒、追放された者」です。遠く海の向こうで、地球の反対側では今も戦争が続いていますし、私たち自身の足元を見ても、程度の差はあれ、やはり痛みがあり、歪みがあり、暗闇があるんです。すでに光を知っているのに、寄留者としての私たちの歩みはやはり、どこまで行っても苦難とは切り離せません。それでも。「しかし、苦しみのあったところに闇がなくなる」んです。「闇の中を歩んでいた民は 大きな光を見る」んです。いや、見たんです。「死の陰の地に住んでいた者たちの上に 光が輝」いたんですよ。ひとりのみどりごが、私たちのために生まれたからです(イザヤ9:1-6)。イエスさまが来られたからです。寄留者としての歩みがどれほど辛くても、「いまだ」成長途中の自分自身が、この世の中が、どれほど悩ましくても、私たちには「すでに」来られたキリストの光があります。「光は闇の中に輝いている。闇はこれに打ち勝たなかった。」(ヨハネ1:5)

だから、私たちは、地に足をつけて、落ち着いて日々の生活を送りながら、再臨の主イエスを待つことができます。まだお会いしてはいませんが、この方は必ず来られます。そして、最終的な平和を打ち立ててくださる。神の国を打ち建ててくださる。信じて、待とうではありませんか。私たちは力を失い、下を向いて、希望を忘れてしまう時があります。疲れてしまうのが私たちです。でも、だからこそ、聖霊が私たちのうちに来てくださったのでしょう?「聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証です。」(エペソ1:14)聖霊に満たされながら、安心して主のおいでになるその日を待ちましょう。丁寧に日々を暮らしましょう。今日なすべきことを、神さまが今日任せてくださっていることを、一つひとつなしていきましょう。そうやって、主を待つ心を育てていただこうではありませんか。(詩篇39:7)

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【11/26】

イザヤ8章22節〜9章7節

「光が来た喜び」

クリスマスを待ち望むアドヴェントは来週からになりますが、今日はせっかく音の工房での礼拝なので、クリスマスの讃美歌をたくさん歌いたいと思い、一足早いですが、クリスマスの関連箇所からメッセージをさせていただきます。「ひとりのみどりごが私たちのために生まれる」という有名な箇所を含む、イザヤ書8章22節〜9章7節を見ていきましょう。

まず8章22節です。「彼が地を見ると、見よ、苦難と暗闇、苦悩の闇、暗黒、追放された者。」私たちの周りにはどんな苦しみがあるでしょうか。「地を見ると」というのは、まず自分の足元。そして、広く社会全般のことでもあるでしょう。今日は詳しく見ることはできませんが、8章17節からの文脈で、この人は「私は主を待ち望む」と言っているのです。神さま、いつまでですか。まだ苦しまなければならないのですか。これはそのような苦難であり、闇なのです。詩篇13篇には次のような歌があります。「主よ いつまでですか。/あなたは私を永久にお忘れになるのですか。/いつまで 御顔を私からお隠しになるのですか。/いつまで 私は自分のたましいのうちで/思い悩まなければならないのでしょう。/私の心には 一日中 悲しみがあります。/いつまで 敵が私の上におごり高ぶるのですか。」(13:1-3)解決を待ち望みながら、苦難の只中でじっとしていなければならないことは辛いことです。イザヤの預言も同じです。自分だけでなく、見渡す限りの闇だというのです。

しかし、9章1節です。「しかし、苦しみのあったところに闇がなくなる。/先にはゼブルンの地と/ナフタリの地は辱めを受けたが、/後には海沿いの道、ヨルダンの川向こう、/異邦の民のガリラヤは栄誉を受ける。」ここで言われている地域は、北イスラエル王国のあったところです。アッシリア帝国に滅ぼされるという辱めを受けました。しかし、後には栄誉を受けると。ガリラヤを中心としたこの地方は、後に多くの異邦人が住む地域となったので、「異邦の民のガリラヤ」と表現されています。礼拝の中心地であるエルサレムからは遠く離れた、異邦人の多い地域として、イエスさまの時代にも人々から見下される地域でした。しかし、イエスさまがどこで宣教を開始されたか。イエスさまが教え始められたのは、まさにこのガリラヤだったのです。イエスさまは闇の中に来られた光でした。光は周りを照らし、温め、導きます。イエスさまはまさに、暗闇の中の光として来られたのです。2節にあるとおりです。「闇の中を歩んでいた民は/大きな光を見る。/死の陰の地に住んでいた者たちの上に/光が輝く。」

3節「あなたはその国民を増やし、/その喜びを増し加えられる。/彼らは、刈り入れ時に喜ぶように、/分捕り物を分けるときに楽しむように、/あなたの御前で喜ぶ。」あなたというのは「御前」ともあるようにこれは神さまのことですね。私たちは、滅ぼされて民がいなくなってしまった北イスラエルに重ねられていますが、「神さまがその国民を増やす」と。私たちの痛みは、私たちの苦しみは、恥は、苦難は、癒されるということです。私たちを照らす光が来たので、私たちは喜ぶのです。穀物の収穫の時のように。またこの時代は戦がごく普通のことでしたから、分捕り物という表現も出てきます。大事なことは、光が来たので、私たちは主の御前で喜ぶということです。

4節、「あなたが、彼が負うくびきと/肩の杖、彼を追い立てる者のむちを、/ミディアンの日になされたように/打ち砕かれるからだ。」喜ぶ理由が語られます。神さまはギデオンとたった三百人の部下を用いて、十二万以上のミディアン人を追い払われたという話が士師記に載っています(士師記6章〜7章)。つまり、奇跡としての勝利です。本来ならどう逆立ちしたって勝てっこない戦いでした。しかし、神さまが介入してくださったから勝てたのです。私たちの苦難が解決されるのも、まるでその時のようだというのです。本来なら、どう頑張ったって解決しっこないのです。でも、神さまが介入してくださるなら、私たちは喜ぶことができる。喜ぶことができる。イエスさまの到来は、そういう出来事なんだということです。

5節、「まことに、戦場で履いたすべての履き物、血にまみれた衣服は焼かれて、火の餌食となる。」今、イスラエルとハマスの戦争が四日間の停戦に入りましたけれども、過去の経緯を振り返るならば、すぐにこの停戦の合意は破られる可能性があります。悲しいことに、人が作り出す平和は脆いです。しかし、神さまは、「キリストの平和」を与えてくださる。しかもそれを、私たち人の手に託してくださる。このような時代だからこそ、私たちはキリストの平和を託された者としての生き方を改めて点検しなければなりません。世界の平和のために大きなことはできませんけれども、そのためにする小さなことを諦めたくないですし、まずは自分の身の回りから、神さまの平和を一つ一つ証ししていきたいと思います。その動機は「喜び」です。光が来られたから喜んだという、2節、3節以降の喜びは、4節、5節、6節に続いていく喜びなんです。ここには「〜だからだ」という接続詞があるのです。英語で言う「because」ですね。私たちは喜ぶのです。神さまがミディアンの日のような奇跡を起こしてくださるからです。私たちは喜ぶのです。争いは終わるからです。

そして6節です。私たちは喜ぶのです。ひとりのみどりごが私たちのために生まれたからです!「ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。/ひとりの男の子が私たちに与えられる。/主権はその肩にあり、/その名は『不思議な助言者、力ある神、/永遠の父、平和の君』と呼ばれる。」

みどりごというのは、万葉集に載っているような古い日本語ですね。生まれたばかりの赤ん坊のことです。美しい響きの、きれいなことば、よい翻訳だと思います。イエス・キリストは私たちのためにお生まれになりました。神が人として、私たちのところに来てくださったのです。聖書の証しする神は、高いところから下界を見下ろして指図してくる神ではありません。人として、自ら私たちのところに来てくださったお方です。

この世界の破れを繕うために。この世界の痛みに手を当ててくださるために、主は来られました。そして、その働きを私たちに託してくださった。私たちは主と共にこの世界の破れを繕い、この世界の痛みに手を当てます。世界の暗闇にこの光を届けるのです。

また、6節には「主権」ということばがあります。これは英語では「government」、つまり政府と訳されることばです。世の中の国は、権力者たちは、自らの利益と立場を守るために権力を振るいます。しかし、この方は、私たちのためにいのちを捨てる王です。私たちはこの方の愛を生きるのです。しかも、この方はよみがえられました。私たちは今も、この方と共に生きるのです。

「不思議な助言者という表現」は英語の聖書ではワンダフルカウンセラーとなっていますね。私たちの話を聞き、私たちの心に溜まったいろんなものを吐き出させて、そして生きる力を、希望を与えてくださるお方です。そして、平和の君と。今こそ、キリストの平和がこの世界を覆うように祈りたいと思います。主の祈りで「御国が来ますように」と祈るように、神の国が、その平和がこの地に実現していくように、なおなお祈っていかなければなりません。

イスラエルとハマスの戦争について、先日、力不足ながらも、ユダヤ人の歴史、また主の再臨のためにユダヤ人に託されていることなどを整理してお話ししましたが、きちんと説明しきれたとは思えませんし、そもそも私自身も理解し切って説明しているわけではないので、今もなお勉強中です。調べ、情報を集め、考えをまとめている最中です。ですので、またまとめてきました。聖書に書かれていることの捉え方、また現実のイスラエルとハマスの戦争についてどう考えるのか、またこの時代特有の難しさなどについて書いていますので、どうぞお取りいただいて、じっくり読んでいただければ感謝です。そして、また感想を聞かせてくださり、教えていただければ感謝です。思いは一つです。キリストの平和がこの地になりますように。御国が来ますように。このことだけなんです。

7節、「その主権は増し加わり、その平和は限りなく、/ダビデの王座に就いて、その王国を治め、/さばきと正義によってこれを堅く立て、/これを支える。今よりとこしえまで。/万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。」イエスさまが来られたことで、神の国はこの地に始まりました。神の国はすでに来ています。しかし、いまだ完成はしていません。主が再び来られるその日まで、私たちは神の国のすでにといまだの狭間で、やはり苦しい思いをいたします。しかし、光は来ているのです。最終的な解決、最終的な勝利は確実なのです。神の国はいまよりとこしえまで、堅く立ちます。万軍の主の熱心がこれを成し遂げます。人の工夫や工作ではなくて、主の、万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。だから必ずそれはなるんです。ゆだね、期待し、信じようではありませんか。あなたの問題を、この世界の問題を、痛みを、すべて解決してくださる方がおられます。その方は再び来られます。いつも話すことですが、アドヴェントには、主の再臨を待つ意味もあります。クリスマスを待ちながら、私たちは主の再臨を待つのです。聖霊なる神が、私たちの信じて待つ心を励まし続けてくださいますように。主が共にいてくださいますから、すでに私たちは御国の完成の前味を味わうことができます。どんな困難の中にあっても、どんな痛みの中を通っていたとしても、私たちから、この光をが与えられた喜びを取り去るものはありません。今年のクリスマスも、この喜びを改めて味わい直すことができますように。

 

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