高槻だより 2021

<2021年11月&12月>

今年も待降節(アドヴェント)の季節になりました。毎年繰り返されるものですが、心を新たにこの期間を味わいたいと思います。私たちが罪から解放され、新しく生きることができるために来られたお方の誕生を心から感謝いたします。

 

10/3から「集まっての礼拝」を再開し、エステル記の講解を始めましたが、12/5に終えることができました。神が不在と思えるような世の中に翻弄される神の民という、私たちとよく似た状況がそこにはありました。毎回、みことばと向き合いながら、私自身が一番恵まれている思いでした。聖書の励ましを少しでも分かち合うことができたなら感謝です。

 

なお、今年は宗教改革記念礼拝と召天者記念礼拝にも通常の連続講解を続けました。集まれる状況が続くのか不透明だったことや、親族の方をお招きするのは難しい状況だったこともあり、エステル記の講解をきちんと終わらせることを目指しました。記念礼拝のメッセージとしては昨年の配信メッセージを合わせてお配りし、祈る時を持ちました(前者は三回に分けて、後者は召天者名簿つき)。

 

11/28にはアドヴェント第一週ということで、2019年の冬以来二年ぶりの聖餐式を行いました。感染拡大が落ち着いているタイミングでこれを守られたことは、本当に感謝でした。私が鍵を忘れてしまったため、ロッカーに保管していた聖餐式用のカップは使うことができませんでしたが、使い捨ての紙コップを用いられたことは、衛生的にもよかったと思われます(忘れ物の言い訳にはなりませんが・・・)。パンについては、衛生面を考えて個装のクラッカーを用意してきました。拝餐のタイミングで袋を開け、拝餐皿の上で砕きました(もちろん手袋を着用)。

 

今はクリスマスに向けての準備をしています。ワークホテルは感染症対策のために貸し出しが停止されており、楽器が使えないいつもの会議室での、小さなクリスマス会になりますが、LEDろうそくでのキャンドルサービスを考えています。しばらく来られていない方々に手紙を書くなど、工夫を重ねてお祝いしたいと思います。音楽や食事もなかった世界で最初のクリスマスを思い起こしながら、簡素でも豊かな礼拝の日になればと願っています。

 

予想されていた通り、大変な2021年になりましたが、秋から冬にかけては集まることができて本当に感謝でした。これを書いている時点で、オミクロン株の感染力には不明なところも多く、冬本番の時期がどうなるか、インフルエンザの流行のことも気になります。どうぞ温かくしてお過ごしください。お一人お一人の健康が守られますように、お祈りしています。

<2021年10月>

10/3から「集まっての礼拝」を再開できました。いつまた集まれなくなるかとも思い、短期集中で読み切れるようにとエステル記を読み進めていますが、毎回驚きと発見の連続で、私自身が励まされています。今、これを読むようにという神さまの導きであったことを思います。

 

エステル記には「神」ということばが出てきません。場所はエルサレムから遠く離れたペルシャの都ですし、そこに出て来るユダヤ人たちは、神殿の再建に関わらなかった人々です。ある意味では「信仰者らしい」表現が出てこない書物です。しかし、これを読むと神さまが確かに生きて働かれること、私たちにご計画をお持ちで、用いてくださることがわかります。

 

私たちの生活も、神さまの臨在を感じるようなこととは程遠く、慌ただしく過ぎていくだけの毎日かもしれません。私たちの信仰も中途半端なものです。しかし、それでもここに主はおられます。そして、私たちを用いてくださるのです。そのことは世の中に大きなインパクトと共に神の国の証を示すことになります。

 

世の中を見渡せば、神さまが不在であるかのような心細さを覚えるときがあるかもしれません。コロナの新規感染者の数字は第二波収束期以来の少なさになっていますが、その理由は定かではないそうです。これからどうなっていくのでしょう。第六波が来るのでしょうか。インフルエンザの流行とは重なってしまうのでしょうか?神さまは何を考えておられるのだろうと不安になります。しかし、確かにここにも主はおられます。そして、私たち一人ひとりを守り、用いてくださるのです。安心してお委ねしつつ、与えられた一日一日を丁寧に過ごしていたいと思います。

<2021年8月 & 9月>

感染第五波の真っ只中にあって、あいかわらず集まることはできないでいます。変異株のデルタ株は水疱瘡と同等の感染力を持つとか。今までのように、石鹸をつけての手洗いやうがい、こまめな換気では対応しきれないように思われます。集会のメンバーのほとんどはワクチンの二回接種を終えましたが、ワクチンを接種しても抗体が作られないというケースも多くあるようです。三回目のブースター接種だとか、ワクチンの中に異物混入だとか、これからどうなっていくのだろうというニュースばかりです。

 

ヨセフの時代、エジプトに七年間の飢饉がありました。二年が経過した頃、ヨセフは家族と再会しましたが、「飢饉はあと五年は続く」のでした(創世記45:6)。聖書の特定の出来事を現代の事象にそのまま当てはめることには慎重であるべきですが、私たちが「なかなか終わりの見えない災害の中に置かれている」という点では重なる点が多いです。ヨセフの物語を思い出すと苦難に次ぐ苦難でしたが、「それでも、主は彼と共におられた」という表現が繰り返されていました。神さまにはご計画があり、すべてのことには意味があったのです(50:20)。

 

感染症で命を落とす人々、疲れ切っている医療現場の方々、経済が回らなくなる中で生活に困る人々のことを思うと、何が神の計画だと言いたくなります。私たちには分からないのです。簡単に断言すべきではないですし、分からないままでいいのだと思います。

 

しかし、神さまの計画は最善であるということだけは、それだけは言えます。信じられるのはそこだけです。ヨセフの苦しみは、やがてそこに救い主が生まれる民が整えられていくために必要でした。私たちが今置かれているこの状況も、主が我らと共におられることが明らかになるために必要なのだと信じます。どうか、そのご計画を進めてくださいと祈ります。その中でどうか、私たちの命を、健康を、この国を、世界を守ってくださいと祈るのです。

 

聖霊の慰めと励ましが、皆さんの上に豊かにありますように。

<2021年7月>
 大阪府での新規感染者が連日300人を超え始めたことを受け、7/18からまた「それぞれでの礼拝」に切り替えました。入所先のホームで毎週日曜日にPCR検査がある関係から、礼拝を再開してからもずっと来られないでいた姉妹が7/18にはやっと来られると喜んでいた矢先でした。7/25にはもう集まれないだろうから、せめて18日にはと判断を粘りましたが、高齢の方々が県をまたいで集まる状態ではすでにないとの結論に至りました。せっかく集まれると思っていましたが、残念でした。

 しかし、その日のローズンゲンの聖書箇所に慰められました。それは黙示録1:17,18で、困難の最中にあって風前の灯のような教会の真ん中に、栄光に満ちたがおられるという力強い宣言でした。いかに集まれなくても、いかにバラバラのように見えても、神さまがいてくださる。私たちの真ん中に主イエスがおられる。だから大丈夫だと思えて感謝でした。

 世の中は混迷の中にあります。1日百万本と豪語されたワクチンは足りなくなり、オリンピックは直前まで関係者の辞任が続き、何を信頼したらいいのか、すべてが付け焼き刃に見えてしまいます。そのような政府とは、そのような私たちの裏返しであることを思うと、いたたまれなくなります。しかし、ここにも主がおられます。世の中批判だけに終わるのではなく、痛みを持ってとりなし祈り、自らが派遣された場所で精一杯の応答をしていきたいと願います。

 暑い日が続きます。どうぞ、ご自愛ください。
 

<2021年6月>
 梅雨の中休みが続いていますが、みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
 緊急事態宣言が6/20で解除され、6/27の礼拝は久しぶりにクロスパル高槻にて行うことになりました。今から楽しみにしています。
 ここ最近、ずっと「シャローム」について問われています。ステイホームの世の中になって、ますます「生活」が問われます。神さまが置かれたその場所で、丁寧に仕事をし(なすべきことをなし)、子どもを育て(自分以外の人のために時間と力を割き)、その所のシャロームのために祈っていくことを迫られています。
 お会いできることを楽しみにしています。ただ、決してご無理はなさらないでください。それぞれの場所で、神さまの時を待ちながら、上にあるものに目を留めつつ歩んでいきましょう(コロサイ3:1)。

 

<2021年5月>
 桜の季節、新緑の季節を経て、梅雨の足音が聞こえてきます。みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
 4/25に発令された緊急事態宣言が、5/11以降も五月いっぱいに延期されました。いつになったらまた集まって礼拝ができるのかと思いますが、今でしか味わえない神さまの恵みがあることを思います。東京の三浦牧師の証にもありましたが、たった一人の場所でも聖霊の豊かな扱いを受けることができます。今は、私たちはそれぞれが神さまと一対一の、二人きりの時間を多く過ごすことができる時期なのだと思います。
 5/23にはペンテコステを迎えます。聖霊が降られた日です。私たちはこの方と共に「インマヌエル」(神は私たちと共におられる)を体験しながら、主がまたお戻りになる日まで歩み続けることができます。私たちの信仰を励まし、内側に熱い炎を燃やしてくださるお方です。聖霊に満たされ続けていくことを、この時期改めて祈り求めていきましょう。
 聖霊は天地創造の際にもおられましたし、その以前から三位一体の神さまの交わりの中におられました。ペンテコステの日だけのことではなく、天地創造から新天新地に至る神の物語という壮大なスケールのお方です。つまり、神のご計画の中を生きる私たちの歩みは、この方に伴われてこそのものです。聖霊の満たしと祝福が、今週もお一人お一人の上に豊かにありますように。

<2021年4月>
 イースター(復活祭)おめでとうございます!私たちの主がよみがえられたから、私たちには希望があります。死が死では終わらない、その先に復活が約束されていることを感謝します。それゆえに、私たちは「あの世への逃避」ではなく、「新しくされたここに復活する」希望のゆえに、今を大切に生きていきます。新型コロナウイルスのパンデミックは終息の兆しが見えませんけれども、主は今いきておられます。そして、この世界の痛みに、私たちの悲しみに寄り添い、共に呻き、共に完成の時を待ち望んでくださっています。ですから、私たちは希望を失わず、十字架の死と復活ほどに愛されていることを胸に、この地上の歩みを続けてまいりましょう。
 大阪府ではまん延防止等重点措置や医療緊急事態宣言が発令されました。4/7の時点で新規感染者数は878名と過去最多となっています。礼拝は引き続き「それぞれでの礼拝」です。必要以上に恐れることはありませんが、人混みを避けたり手洗いやうがいを徹底するなど、今一度丁寧な生活を心がけましょう。主が共に歩んでくださっていることを思い、落ち着いて、丁寧に暮らしていきたいと思います。主が共におられるのですから。
 身の回りでも感染の知らせが聞こえるようになって来ました。速やかな回復が与えられ、後遺症などからも守られるように、お互いのためにも祈っていきたいと思います。主が共におられるのですから。ハレルヤ。

​<2021年3月>

 3月14日には12人が集まり、共に礼拝を捧げることができました。アモス書より「礼拝者としての回復」と題してメッセージを取り次ぎました。神さまのことばはいつもタイムリーで驚かされます。午後は机を合わせることはせずに食事をとり、近況報告と祈りの時をもちました。手術をなさった方、家族が新型コロナウイルスに感染した方など、この間に様々なことがありましたが、神さまは私たちを守っていてくださいました。これからも、主は私たちを守り導いてくださると信じています。3月17日からは四日連続で「140人越え」となり、自分たちの体力・状況を踏まえて集まることは再び休止しましたが、それでも神さまの導きがあること、何らかの神さまからの語りかけがあることを信じ、霊の耳を開いていきたいと思わされています。
 状況はなかなか改善していきませんが、状況や環境に左右されない喜びが私たちには与えられていることを再確認させられます。感謝します。

​<2021年2月>

 いかがお過ごしでしょうか。だいぶ暖かい日が増えて来ました。春はすぐそこです。私たちの社会はさまざまに混乱していますが、「地の続くかぎり、種蒔きと刈り入れ、寒さと暑さ、夏と冬、昼と夜とは、やむことはない。」(創世記8:22)という箇所を思わされます。神さまの恵みは途切れることがありません。

 今月から、Youtube(ユーチューブ)による礼拝動画の配信を始めました(月に一度程度の予定)。音も良く聞こえ、賛美もあって集会のようだったと、よい感想をいただくことができました。礼拝の方法を増やせるならチャレンジし続けたいと思っています(メールや郵送による配信も続けます)。動画は DVDにしてお届けすることも可能ですので、お問い合わせください。機械に詳しいご家族やご友人と一緒に見られたらとも思います。

 また、スマートフォンのアプリLINE(ライン)でグループを作り、祈祷課題や近況報告などを投稿しあっています。現在、私を含めて6名の方が参加しています。これも全員が参加できるわけではないのですが、「みなさんにお知らせください」ということでメールや電話などで伝言してくだされば、すぐにここでシェアできますので、よい形でこれも用いていきたいと思います。

 2/17現在、大阪府の新規感染者数は大幅に減少し、100名を下回るような日も出て来ました。しかし国の緊急事態宣言が継続される3/7まで、すでにクロスパルの予約をキャンセルしていることもあり、3/7までこのまま「集まっての礼拝」は休会します。ぜひ3/14にはみなさんで集まることができるように、お祈りください。

​<2021年1月>

 新年、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。昨年は、新型コロナウイルスの感染拡大防止のために、一年の三分の二は集まっての礼拝ができないという、これは初めての経験でした。しかし、ピンチはチャンスでもあったと思います。教会も変わらなければならないところは大きく変わっていく、そのように導かれていることを思います。

 多くの教会ではインターネットを使った礼拝の中継がなされました。集まることの良さに替えられるものではないでしょうが、集まれないのなら可能な範囲で工夫していくべきでしょう。私たちはメールによるショートメッセージの配信に留まりましたが、今後は少しずつでも動画を配信できたらと願い、撮影や編集など実現可能な程度を探っています。またその動画を鑑賞して終わるのではなく、分かち合い、祈り合えるようなものにしたいと願っています。例えばYoutubeの動画を限定公開し、LINEのグループを作成することなどを考えています。操作が分からなければ、周りの人に聞いて一緒に礼拝に参加してもらうこともできます(これが良い伝道の時となっているという証もよく聞きます)。どうぞご意見をお聞かせください。

 今年の久遠教会のテーマ聖句に励まされています。「また、私の神は、キリスト・イエスの栄光のうちにあるご自分の豊かさにしたがって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。」(ピリピ4:19)私たちの集まりは小さいですし、コロナ禍にあってはなおさら「あれがない、これがない」と思ってしまうものかもしれません。しかし、神さまが備えていてくださることを信じ、期待し、自分たちにできることを模索し続けていきたいと思います。今年もよろしくお願いいたします。